オウミの町
それから、特に戦闘もなく馬車は進んだ。
シドラは、ハイセの読む本に興味を持ったのかチラチラと見てくる。なのでハイセは魔界で手に入れた本を何冊か出し、シドラの前に置いた。
シドラはページをペラペラめくるが、首を傾げる。
「……読めないのか?」
「えと……すみません。文字、あんまりわからなくて」
「……こっち来い」
シドラはハイセの隣へ。
ハイセは、アイテムボックスからノートとインキぺンを出し、文字を書く。
「魔界の文字は少し複雑だ。ノブナガの影響か知らんが……『エイ語』と『ニホン語』を混ぜたような読み方が多い。文字の形も似ているが、崩れているのがほとんどだ」
綺麗な字で、ハイセはノートに単語を書く。
「基本的な文字だ。これに当てはめて読んでみろ」
「……こ、ん、に、ち、は?」
「正解だ。基本的な読み方を理解すれば、文章も大体わかる。文章を読んでわからない単語があっても、文章の意味を理解すれば読み方もわかる。それでもわからない場合は、俺に聞け」
「はい……ありがとうございます」
シドラは、ニコニコしながらハイセの書いた文字、そして本を手に読み始めた。
それから、自分の読書を再開……一時間が経過した。
シドラは一度も質問に来ない。チラッと見ると、瞬きすらせずに本の文字を追っていた。
「……わからないところ、あるか?」
「いえ、大丈夫です。ハイセさんの言った通り、なんとなくわかりました」
「……そうか」
後で知ることになる。シドラは俗に言う『天才』と呼ばれる少女だった。
◇◇◇◇◇◇
それから馬車は走り続け……見えてきた。
「ハイセ!! なんか見えて来たぞー!!」
空を飛んでいたエアリアが馬車の屋根に着地。窓から顔を見せて言う。
ハイセは本を閉じ、ぐーすか寝ているヒジリをまたいで御者席に座るサーシャの元へ。
サーシャは、ウノー、サノーの手綱を握り、ハイセに言う。
「あれがオウミか……」
「ああ。ヒデヨシの元へ向かう中継地点だ。ロウェルギア曰く、ヒデヨシの元へ物資を届ける中継地点みたいなモンらしいな」
「観光地でもあるそうだが……」
「……物資の補給はしないといけないな」
「遊ぶのか―?」
と、馬車の屋根からエアリアが顔を覗かせる。
「遊ぶわけじゃない。まあ……任されたこともある。町の観光くらいは」
ハイセが馬車の中を見ると、読書に没頭しているシドラがいた。
ルクシャナに任された以上、自分たちの目的だけを優先するわけにはいかない。
それに、ハイセには考えていたこともある。
「シドラが落ち着ける場所が見つかるといいが……」
「確かにそうだな。だがハイセ、お前が引き取ることは考えていないのか?」
「……無理だ。シムーンやイーサンは見た目こそ人間と同じだから引き取れたが、あの子はツノもあるし、魔族の特徴が出過ぎている。それに、いきなり人間界に連れて行くわけにもいかないだろ」
「……確かにな」
サーシャは、オウミの町を見て言う。
「あの町で、あの子が落ち着いて暮らせるような場所があればいいがな」
「……ああ」
馬車は、間もなくオウミの町へ到着する。
◇◇◇◇◇◇
オウミの町は、大きな川が町と外を分断するように流れており、大きな橋を渡らないと入れないようになっていた。
馬車をアイテムボックスに収納し、ハイセたちは大きなアーチ状の橋を渡る。
「すっごく広い橋ねー」
ヒジリがキョロキョロしながら言う。
サーシャも周囲が気になるのか、キョロキョロしながら言う。
「やはり、少し目立つようだ……視線を感じる」
「放っておけ。別に、悪いことしてるわけじゃない」
「……まあ、そうだが」
「なー、あたい飛んでいいか?」
「駄目だ。妙な動きをするな。歩いて行け」
「はーい」
シドラは、珍しいのかヒジリやサーシャ以上にキョロキョロし、流れる大きな川を見て目をキラキラさせていた。
「きれい……」
「気になるのか? よし、一緒に見ようか」
サーシャに手を引かれ、橋の手すりから流れる川をのぞき込む。
流れは早く、横幅もかなり広い。水面に大きな影が見えることから、かなり大きな魚が泳いでいるようだ。サーシャは言う。
「すごいな……中央平原にまで繋がっていそうだ」
「……かもな」
「ね、あの魚捕まえて食べたら美味しいかな。大きいし食べ応えあるわねー……うーん、肉もいいけどたまには魚もいいわね」
「あたいなら、視認できれば翼を生やして浮かせるぞ!!」
「おいやめろ。目立つなよ」
エアリア、ヒジリ……何かやらかすならこの二人。
ハイセは、サーシャに「変なことしないようお前も見ておけ」と小声で言うと、それを聞いたヒジリがムスッとする。
「子供じゃないっての。まったく、大人しくすればいいんでしょ!!」
「ぜひそうしてくれ……ん?」
再び歩き始めると、橋の中央に誰か立っていた。
サーシャが怪訝そうな顔で言う。
「……なんだ、あれは?」
巨大な男だった。
身長二メートル以上、筋骨隆々で、背中には槍や剣など武器を大量に背負っている。そして鎧を着こんでいるが、下半身は剥き出し、ゲタというアズマで見た履物を履いている。
スキンヘッドに一本ツノの生えた魔族が、腕組みをして橋の中央に立っていた。
どう見ても不審者。ハイセは全員に言う。
「無視しろ。避けて進むぞ」
当然の選択だった。
だが、妙な魔族の近くを通りかかった時、男の視線がハイセたちに向いた。
「待っていたでごわす!! 魔王を懐柔し、恐怖させ、従えし人間どもよ!!」
あまりの声量にハイセたちは驚いた。
驚くが……三大魔王のことを喋って男を無視するわけにもいかなくなった。
ハイセは言う。
「……なんだ、お前」
ハイセが睨むと、男は背負っていた槍を抜き、ドンと橋に突き立てる。
「我が名はベンケイ!! ヒデヨシ様の家臣にして右腕!! お前たちの目的はわかっている。我が主に会いたいのならば、我と戦えぃい!!」
物凄い声の大きさのせいで、橋を渡っていた魔族が「なんだなんだ」と立ち止まったり、そのまま見物したりと、一気に注目された。
ハイセは頭を抱えため息を吐く。
「戦え? つまり……お前を倒せば、ヒデヨシに会えるのか? それは好都合だ」
「いや、それはない」
「は?」
「これは我輩の独断よ。魔王を倒し、三つのクレストを手に入れたと聞けば、ヒデヨシ様の最終認証が必要になるのは至極当然。貴様らに、ヒデヨシ様を合わせるわけにはいかん!!」
ドン!! と、刺さっていた槍を抜き、再び橋に刺す。
正直、かなり馬鹿っぽそうな魔族とハイセは思った。
すると、ヒジリが前に出る。
「ふふん、ヒデヨシとかはともかく、戦うってならアタシが相手するわ。一対一でいい?」
「フン。全員でも構わんぞ」
「決めた。アタシやる。ハイセたち、邪魔しないでね!!」
ヒジリが構えを取る。
ハイセは少し考えて言う。
「戦ってもヒデヨシに会えるわけじゃないなら無視一択だ。こいつが本当に側近かどうかも怪しい……でもまあ、倒して知ってることを話してもらうのはありか。おいヒジリ、殺すなよ」
「ええ。ってかわかんない? コイツ、かなり強い」
「死にそうになったら手ぇ貸してやる」
ハイセたちは少し距離を取る。
エアリアは、少しだけ浮きながら言う。
「なーハイセ、あいつら戦ったら、この橋ぶっ壊れないか?」
「お前にしちゃいいところに目を付けるな。その時は、俺ら全員を浮かしてくれ」
「ふん、任せておけ!!」
「ハイセ……本当に、ヒジリ一人で大丈夫なのか?」
「最悪の場合は手を出すさ。お前もそう考えてるだろ?」
「……ああ、まあな」
「……あの」
「シドラ。サーシャから離れるなよ」
「は、はい」
こうして、町に入る直前に、よくわからないベンケイとの戦いが始まるのだった。





