目指すは第一区画
メルビレドがいなくなり、ハイセの手には黄金のフリーパスカードが一枚。
プレセア、クレア、エクリプス、ルクシャナはハイセの手にあるカードを見る。ハイセはカードを弄び、それを胸ポケットに入れた。
「作戦は全ておじゃん。真正面から乗り込むしかない。しかも、幹部級のヤツがいきなり現れて、俺が銃を使えることをロウェルギアに報告か……」
「師匠。これっていいことなんですか、悪いことなんですか?」
「わからん。先が読めん……罠である可能性はゼロじゃない、が」
「……でも、さっきの魔族の態度、演技には見えなかったわ」
プレセアが言うと、エクリプスも頷く。
「そうね。少なくとも、ハイセが『ジュウ』を使えることは知らなかったようね」
「ああ。インダストリーが俺たちの存在をバラしたのは確定的だがな」
そして、ルクシャナが言う。
「ねえ、喋ってないで行こうよ。向かうは、メガラニカの第一区画にある、ロウェルギアのいる魔王城でしょ?」
「ルクシャナ。案内はできるか?」
「無理。地形とかサッパリだし。とりあえず、工場とかない城下町で情報集めるしかないんじゃない? 入口に門兵くらいいるでしょ」
「……そうだな。よし、行くぞ」
「はああ、観光とかやっぱり無理ですねー」
クレアが、ハイセの腕にしがみついて残念そうに言うのだった。
◇◇◇◇◇◇
正門に到着した。
巨大な壁、そして重そうな門の前に、不思議な『筒』を持った魔族がいる。
剣や槍ではない。だが、ハイセと長い付き合いであるプレセアは気付いた。
「……ねえ、あの魔族の持っている棒、あなたの武器に似てない?」
「……ライフルに近いな。性能はわからんが、銃なのかもな」
適当に言い、ハイセは黄金のカードを門兵に見せる。
「こいつで通れるか?」
「確認する……なっ、貴様、これをどこで……いや、貴様、魔族か!?」
ガチャっと、魔族は筒をハイセに向けた。
ハイセは気付く……間違いなく、その筒は『銃口』だった。
だが、形状を見ても弾丸を補充するカートリッジ部分がない、引金もない、穴が開いているだけの筒である……が、銃口を向ける以上、何かが発射されるのは明白だ。
すると、ルクシャナが言う。
「メルビレドからもらったフリーパスよ。というかアンタら……このアタシが誰か知らないの?」
「……知らん」
「へえ。このレムリア王国闘技場の前チャンピオン、今代の『炎神』保持者であるルクシャナを知らないなんてね」
ルクシャナの髪が赤く燃えると、門兵はギョッとした。
「お、オーバースキル……!? まさか」
「それ以上、ガタガタ言うようなら、ここでアンタら消し炭にしてメルビレドを呼ぼうか? アンタらが無礼なことしたから焼き尽くしたってだけで、許されると思うけどね」
「わ、わかった。このフリーパスは本来、メルビレド様が持つカードだ。誰かに渡すなど考えられないから、疑ってしまった……謝罪する」
「あっそ。じゃ、通るわ。それと……街の地図、ある?」
ルクシャナは、守衛から街の地図をもらう。
そして、正門を抜け、地図をハイセに渡した。
「はい、地図」
「……お前、すごいな」
「そう? ふふ、全チャンピオンって肩書も使えるわ」
それだけじゃない。ただ喧嘩を売るのではなく、理性を残した状態で喧嘩を売った。
ヒジリだったら、本気で殴っていたかもしれない。だがルクシャナは決して殴ることはなく、情報を引き出すための『脅し』部分が多かった。
強くもあり頭も回る……ルクシャナを連れて来て正解だったとハイセは思った。
ハイセは地図を見る。
「すぐに来いとは言われなかった。まずは宿を取って、メガラニカについて調べるか」
「師匠師匠、あれ見てください。でっかい煙突です!!」
クレアが腕をグイグイ引いて指差した方向には、確かに煙突があった。
プレセアは言う。
「……ここ、煙臭いわね。それに、自然が全くない……精霊も少ないわ」
煙突の煙のせいか、空は薄曇りだった。
それに、周囲には鉄や煉瓦の建物ばかりで、自然なものは僅かな花壇に咲く花くらい。どこを見渡しても人工物ばかりだし、道行く人は皆、笑顔とは程遠い疲れ切った顔や、無表情の人が多かった。
ハイセは地図を見る。
「ここは第六区画。メガラニカの商業区画だな……よし、ここで宿を取って、情報を集めるか」
「師匠、お腹すきました」
「あとにしろ。とりあえず、宿を取るぞ」
第六区のメインストリートを歩くが、そこに活気はない。
無表情な人たちばかり、店はあるが店頭に立ち客引きする人もいなければ、井戸端会議をする奥方立ち、遊ぶ子供たちなどもいない。
レンガ造りの建物にベッドマークの看板があったので宿屋だとわかり、さっそく入る。
受付にいたのは、三十代ほどの女性だった。
「いらっしゃい……珍しいね、外からかい?」
「ああ。三部屋頼む」
「はいよ。部屋は二階だよ」
鍵を三本受け取り、念のため一週間ぶんの料金を支払う。
ハイセは、女性に聞いてみた。
「この町の見所はあるか?」
「そんなもんはないよ。ここは工業の町……あたしらやこの通りで店を出している人たちも、ある意味では工業で働いているようなもんさ。外から来る人たちをもてなすためだけに仕事しているようなモンさね」
「……ここは、町全体が工業に関わってるんだな」
「そりゃそうさ。ここ六区は、生活に必要なモンを買うだけの場所さ……お客さん、悪いことは言わない。ノブナガ教の連中に目ぇ付けられる前に、さっさと出た方がいいよ」
ノブナガ教。
それを聞き、ハイセの目がピクリと反応した。
「ノブナガ教って?」
「……あんた、よく見ると魔族じゃないね。なんの種族だい?」
「おばちゃん。ノブナガ教って何?」
すると、ルクシャナが横から割り込んできた。
女性は驚きつつも言う。
「ノブナガ教ってのは、『大魔王』ノブナガを崇拝する組織さ。魔王ロウェルギア様が作り、町の魔族は半分以上が信者さね。入信すると『銃』をもらえるって話さ」
「へー、それって誰でも入れるの?」
「ああ。第二区にある『ノブナガ大聖堂』に行けばね」
「……ありがと」
ルクシャナはハイセをチラッと見た。
ハイセは頷き、話を打ち切って部屋へ行く。
そして、ハイセの部屋に全員が集まり、ハイセは言う。
「さて、ノブナガ教か……胡散臭い組織の名前が出て来たな」
「ハイセ。どうするの? このままロウェルギアのいる第一区に行く?」
エクリプスが言うと、ハイセは考え込む。
「……少し、整理するか」
◇◇◇◇◇◇
ハイセたちの目的は二つ。
まず、魔王ロウェルギアから『ゲートキー』を借りること。そして、ロウェルギアの管理しているノブナガが遺した最後の『銃』を破壊すること。
銃を破壊しなければ、インダストリーがシンシアを殺す。つまり……銃の破壊は絶対だ。
そして、禁忌六迷宮『ネクロファンタジア・マウンテン』をクリアするには、ゲートキーが必要だ。
「ルートは二つ。このまま第一区を目指すか、ロウェルギアとの交渉材料を少しでも充実させるために、ノブナガ教のことを調べるか」
「師匠。調べるって重要なんですか?」
クレアが首を傾げると、プレセアが言う。
「魔王ロウェルギアがどういう人物なのか、現地で手に入れた情報をもとに確認するのは重要ね。ロウェルギアに会って最初にすることは戦闘じゃなく交渉……人柄を分析し、的確な返答をすることで好感度を上げれば、交渉は有利に動くはずよ」
「なるほど……」
「情報を集める。回り道だけど、確実な方法ね」
エクリプスが言うと、ルクシャナが言う。
「まどろっこしい……アタシはすぐにでも一区に行きたいな」
「……俺は情報を集めることに賛成する。シンシアの命が掛かってる以上、交渉でミスはできない。俺の『銃』が切札なことに変わりないが、やって無駄なことじゃないはずだ」
「……まあ、それでもいいけどさ」
ルクシャナがめんどくさそうに言う。
そして、クレアがハイセの腕にぎゅっとしがみついた。
「私は師匠に付いて行きますよ!! 一番弟子ですからね!!」
「お前はいちいちくっつかないと死にでもするのか。離れろ」
「イヤですー」
こうして、一行はすぐにロウェルギアの元へ向かわず、情報収集することに決めたのだった。





