ノブナガ崇拝教『黄金銃』
『カミシロ・レオンハルト・ノブナガ』。
かつて魔界に降り立ち、七大災厄の一つ『クジャ・ラスラパンネ』を討伐。
そして、魔界に『文明』をもたらし、発展させ、魔族に大いなる貢献をした偉大なる『人間』……そして、魔界で初めて『魔王』となった男。
その男は、奇妙だった。
まず……人間なのに、恐ろしく強かった。
自らを『閃光の弾丸』と自称し、見たこともない『金属の弾を飛ばす得体の知れない何か』を武器として戦い、当時はまだ大した技術のない魔界で最強の存在となった。
当時の魔族は、強大な魔力こそ持つが大した文明もなく、人間界の方がむしろ発達していた。
だが、ノブナガが様々な知識を持ち込んだことで発展……数十年で、巨大で強大な国が完成した。
ノブナガは、魔族の女性四人と結婚した。そのうち三人は側室として、一人が正妻として、ノブナガの作った四つの国を、それぞれの子供たちに任せた。
農業国パシフィス、産業国レムリア、工業国メガラニカ。
そして、三つの国の中心にある『大魔王国オオエド』……大魔王国はノブナガの居城と、愛する妻たち、最低限の家臣たちしかいない、国とは言えない国、魔界の最高権力者である大魔王ノブナガが住まうだけの国であった。
オオエドは現在、ノブナガの正妻の子孫が治めることになっている。
三つの国は側室の子が治める『魔王の国』であり、オオエドは正妻の子であり、ノブナガの称号である『大魔王』を名乗ることができる。
ノブナガがいた頃は、正妻や側室などという肩書に大した意味はなかった。
ノブナガは子供を、妻を、国民たちを愛し、接していた。
だが……ノブナガ亡き後は、権力や力に支配された『魔王』が現れ、人間たちの知らないところで危機に陥ったこともあったそうだ。
現在の魔王たち。
農業国パシフィスの魔王ヘスティアは『平穏』を望み。
産業国レムリアの魔王インダストリーは『快楽』を求め。
そして、工業国メガラニカの魔王ロウェルギアは……過去の存在であり、魔族の偉大なる王、ノブナガを『崇拝』していた。
そして今……ロウェルギアは、ノブナガが遺した最後の『銃』をオオエドから半分強奪のような形で、工業国メガラニカに持ち込んだ。
ノブナガを崇拝する『黄金銃』という宗教を興し、『銃』のレプリカを大量に作ったり、ノブナガが使っていた『兵器』を模した道具を作り……三大魔王の中で最も……いや、歴史を紐解いても、ロウェルギア以上にノブナガを崇拝する者は存在しなかった。
なぜ、そこまでノブナガを崇拝するのか?
理由は単純明快。
「…………ああ、美しい」
黄金のローブを身に纏い、竹箒のように逆立った金髪、側頭部からねじ曲がった二本の角、小さな丸眼鏡をかけた男が、工業国メガラニカの『魔王城』である『テンシュカク』に飾られた『黄金銃』を眺めていた。
「美しい、美しい……ああ、この造形、この美の形状!! あああああ……なんと、なんと魔族は、我々は愚かで、足りない、全てが、堕ちた存在なのだ!!」
黄金の男……魔王ロウェルギアは、竹箒のような頭をガリガリ掻く。
銃。その形状、その美しさに、ロウェルギアは心奪われていた。
そして、歯を剥き出しにし、飾られた黄金銃と全く同じ形の『銃』を抜き、引金をひく。
──カチン。
弾丸は、発射されない。
ロウェルギアは、額に大量の青筋を浮かべ、『黄金銃』を床に叩きつけた。
「があああああああああああああああ!! こんな、形だけの、ニセモノしか、作れ、ない!! ああああああああああああああああ!!」
黄金銃を踏みつけ、砕き、パーツを壁に叩き付け、ロウェルギアは頭をガリガリ掻いては壁に叩きつける……あまりにも、異常な行動だった。
そして、ぴたりと動きを止めると、小さく息を吐く。
「ふう……さて、今日も一日、頑張りましょうかね」
ニッコリと微笑み、魔王ロウェルギアは『テンシュカク』から出るのだった。
◇◇◇◇◇◇
工業国メガラニカ。
おもな産業は兵器開発。
人間界に渡るための『魔導船』を開発したり、魔力を用いた『魔導武器』の開発。そしてかつてノブナガが使用していた『兵器』を、文献などから再生させていた。
その中でも、特に力を入れているのは『銃』だった。
現在、工場内では、ノブナガの使っていた『銃』と同じものが、いくつも作られていた。
「はいはい皆さん、キリキリ働きましょう。魔王様がブチ切れたら、この工場は消滅します。お忘れでないですね? 一年前、社員の一人が勝手に『銃』のデザインを弄り、自分用にカスタマイズしたのがばれて、第三工場が消滅したことを」
ロングヘアの、猫背の男だった。
やせ細り、顔色が悪い。白衣を着ていると研究者に見える。
すると、ロウェルギアは男の肩をポンと叩く。
「メルビレド。調子はどうですか?」
「おや魔王様。まあ、ボチボチです。『魔導銃』の生産は進んでいますよ。でもいいんですか? これ、本当の『銃』とはかなり違いますよ? どうやっても、金属の粒を飛ばすなんて魔力じゃできないし……あんな小粒の金属を、あんな速度で、こんな小さな鉄の土台から発射させるなんて、やっぱり今の魔法制御技術じゃ厳しいかと……ガワだけじゃあ」
「それ以上言うと、内臓引きずりだして殺しますよ」
「あいあい、もう言いません」
メルビレドはビシッと敬礼。
そう、『黄金銃』のレプリカは未完成も未完成。魔族の技術、魔法では、弾丸を本来の速度で飛ばすなど不可能だった。ニコニコ顔だが青筋を浮かべ、歯を剥き出しにして笑うロウェルギアを見て、メルビレドは敬礼した。
すると、ふわふわした女の子が一人、黄金銃を手にやってきた。
「まおうさま~、黄金銃~わわっ」
女の子は盛大に転び、黄金銃が床を転がった。
「ああああああああああああああああ!! なななななななんてことをおおおおををををををノブナガさまああああああああああああああああ!!」
ロウェルギアは地面にダイブ。黄金銃を拾い、ペコペコと頭を下げた。
「ノブナガ様申し訳ございませんああああああああああああああああ!! あなた様が床を転がるなんて、ああ、ああああああああああああああああ!!」
「あわわ、もうしわけございません~」
女の子も土下座。すると、女の子は蹲り、小さな『猫』に変わった。
『にゃああ……ねこになって謝りますぅ』
「おおおおお……ルヴィトーぉぉぉぉぉぉぉ、あなたはああああああああああああああああ!!」
「ま、魔王様。まあまあ、おちついて、ね?」
メルビレドが、涙と鼻水だらけのロウェルギアを宥める。
そして、ロウェルギアは立ち上がり、コホンと咳払い。猫になった女の子ことルヴィトーを抱っこする。
「ルヴィトー、もう慌てて走ったりしてはいけませんよ」
『はぁい』
「ふぃぃ、よかったよかった
メガラニカの『魔王』ロウェルギア。
『統括工場長』にして『嵐神』のオーバースキル保持者、メルビレド。
そして『統括マネージャー』にして『獣神』のオーバースキル保持者、ルヴィトー。
絶対的な三人。メガラニカを司る魔族たちの存在……その時だった。
「おや」
小さな『氷の蝶』が、ロウェルギアの目の前で羽ばたいていた。
『やあロウェルギア。久しぶりだね』
「……インダストリーですか」
『あはは。まあ、ボクなんかとお喋りしたくないだろうけど、面白い話あるんだ。くくっ』
「……」
インダストリーは、どこまでも面白そうに言う。
『そっちに、面白い人間たちが向かってるよ。ふふふ、彼らはキミの大事な銃を壊すつもりらしいよ』
ハイセたちは、間もなく工業国メガラニカに到着する。





