向かうべきところ
サーシャたちは一度、宿に戻って話し合いをすることにした。
宿の一室に全員が集まる。アイテムボックスにいたハイセたちも出て、サーシャたちからシンシアのことを聞く。
話が終わると、ハイセは言った。
「インダストリー、殺そう」
ゾッとするほど冷たい声だった。
同時に、サーシャたちはあの場にハイセがいなくてよかったと思った。もし、ハイセの目の前でシンシアが危険な目にあったら、ハイセは産業国レムリアを徹底的に破壊し、インダストリーに凄惨な拷問をしていた可能性が非常に高い。
今でこそ、ハイセは仲間たちと馴染み、共に過ごしているうちに柔らかくなっているが……基本的な部分では『タガ』が外れている。
すると、ルクシャナが言う。
「今はやめた方がいいわ。シンシアだっけ? その子、間違いなく死ぬわよ」
「…………」
「それに、インダストリーは自分の死すらも『面白いこと』の一つにしか考えてない。あいつは性格が破綻してんのよ……それと、強い。アンタもクソ強いし、アタシも勝てる気しないけどね」
「で……インダストリーの言うこと聞いて、メガラニカに行くのか?」
「それしかないんじゃない? あと、メガラニカはマジな閉鎖国だから、普通に入国できないと思う。それに、あそこの魔導武器技術、とんでもないからね。正直、アタシも関わりたくないところ」
ルクシャナは肩をすくめる。
ハイセは少し考えて言う。
「……ノブナガの残した、最後の『銃』ってのは?」
「その名の通りよ。大昔、ノブナガ様が使っていた『銃』が一つだけ残ってんのよ。でも、ノブナガ様の銃は触れただけで消えちゃうから、調べることも、内部構造を知ることもできない。今は、魔王ロウェルギアが厳重に管理してるとしかわかんない」
「ね、ハイセ。ハイセは触れられるんじゃない?」
と、ロビンが言う。
ルクシャナは「?」と首を傾げ、ハイセはテーブルに手を向け、『自動拳銃』を具現化した。
ルクシャナは「え、マジ」と驚き、ハイセの隣に移動して自動拳銃に触れる。だが、触れた瞬間に砕け散った。
「基本、『武器マスター』は本人しか使えない。ノブナガの『武器』を俺が触れてもいいか、疑問が残る……」
検証のしようがない。
タイクーンが言う。
「だが、シンシアを救うにはやるしかないのだろう。それに、工業国メガラニカにはどのみち行かねばならないのだろう?」
「ああ。まあ……俺がノブナガと同じ能力を持つことは、交渉材料になる。サーシャ、工業国メガラニカは、俺が行く」
「……それしかないな。それに、今の私は『白神闘気』の後遺症で、うまく闘気が練れない。しばらく休ませてもらうしかないな」
サーシャは悔しそうに言う。
タイクーンは頷き、続けて言う。
「ボク、レイノルド、ロビンも交代だ。さすがに、頭に血が上った状態では、いつもの動きができん。二人とも、問題ないな?」
「……ああ」
「うん……わかってるよ」
三人は、シンシアがインダストリーにやられるところを直に見ている。インダストリーに対する怒りはあり、普段より冷静になれていない。
レイノルドは、自分を好いてくれているシンシアが倒れる瞬間、何もできなかった自分を責めていた。
ロビンも、ずっと俯いている。
「……よし。じゃあ、これからは俺が」
「はいはーい。アタシも出る!!」
「じゃあ私も!!」
「……斥候が必要ね。私も出るわ」
「前衛ばかりね。ふふ、私も出るわ」
「ちょっと、アタシもいるからね」
ヒジリ、クレア、プレセア、エクリプス、そしてルクシャナだ。
六人。さすがに数が多い。
ハイセは言う。
「……斥候のプレセア、魔法職のエクリプス、それと案内のルクシャナは必要だ。ヒジリ、クレア、お前らのどっちかがメンバーだ」
「むむ、ヒジリさん!! 私、そろそろ師匠と冒険したいです。お願いします!!」
「イヤ。アタシだって暴れたいし。それに、ルクシャナだっけ? こいつとも勝負したい!!」
二人は顔をくっつけて睨み合う。
タイクーンは「クレアがヒジリ相手に引かないとはな」と言うと、サーシャも「成長したのだろう」とウンウン頷く。
二人が引く気配がなかったので、ハイセはエクリプスをチラッと見た。
エクリプスは頷き、二人に向かって指を軽く振るうと、クレアとヒジリは崩れ落ち、グースカといびきをかき始めた……睡眠の魔法である。
「俺、エクリプス、プレセア、ルクシャナの四人で行く。残りはアイテムボックスで待機だ。出発は明日……目的地は、工業国メガラニカだ」
そう言い、話し合いは終わった。
この日、特に盛り上がることもなく、静かに時間が過ぎていくのだった。
◇◇◇◇◇◇
深夜。
ルクシャナは一人、インダストリーのいる室内プールに来ていた。
インダストリーは相変わらず、浮き輪に乗ってプカプカ浮かんでいる。
「……アンタ、どういうつもり?」
「なにが?」
インダストリーは変わらない笑みを浮かべていた。
ルクシャナは、どこかイラついたように言う。
「メガラニカの魔王ロウェルギア。あいつがノブナガを神格化して崇めてるなんて、魔界に住む魔族ならみんな知ってる。そいつが命と同じくらい大事にしている最後の『銃』を壊せ? そんなことしたら、どうなるかわかってんの?」
「まあ、許さないだろうね。ロウェルギア、間違いなく狂うよ」
「だったら、なんで」
「決まってるじゃないか。『面白い』からだよ」
プールが一瞬で凍り付き、インダストリーは氷の上に立つ。
「あは、面白いと思わない? 遥々やってきた人間が、同じ人間であるノブナガ様の残した『銃』を壊すなんてさ。それに……ハイセだっけ? 彼、ノブナガ様と同じ『能力』を持ってるそうじゃないか。くくく、ロウェルギアはどんな反応するかなあ?」
「……アンタ、マジで頭おかしいわ。連中が『インダストリーに言われて来た』なんて言ったらどうすんの? まず間違いなく、ロウェルギアはアンタを殺しに来る。わかんないの? ロウェルギアも同じ『オーバースキル』保持者よ」
「ま、それはそれで楽しそうじゃないか。ふふ、ああそうだ、キミたちの同行、ちゃんと見てるから。ふぁぁぁ……眠い。そろそろ寝よ。じゃあルクシャナちゃん、おやすみ~」
インダストリーは出て行った。
残されたルクシャナは、大きなため息を吐いて言う。
「インダストリー。アンタ……シンシアを返したら間違いなく殺されるわ」
◇◇◇◇◇◇
翌日。
ハイセたちは宿を出た。
ハイセ、エクリプス、プレセア、ルクシャナ。
楽園の光景に眉一つ動かさず、工業国メガラニカに向かう門へ向かって歩き、門を出る。
振り返ることなく進み、馬車をアイテムボックスから出した。
「メガラニカには、ここから一週間くらいの距離ね。何度も言うけど、あそこは超閉鎖国だから、普通に入国できないわ」
「別にいい。行くぞ」
馬車に乗り込み、グランドッグのウノー、サノーに命じると、馬車は走り出した。
ハイセは、一度だけ産業国レムリアを……遥か頭上に浮かぶ氷の『楽園』を、そして、そこにいるインダストリーに向かって言う。
「魔王インダストリー……戻って来たら、殺してやる」
二つ目のゲートキーは手に入らなかった。
そして、シンシアを……大事な仲間を人質に取られ、ハイセたちは工業国メガラニカに向かうのだった。





