レムリアの魔王インダストリー⑦/楽しいこと
サーシャが目を覚ますと、控室ではなく宿屋だった。
そして、ベッドの傍ではピアソラがスヤスヤと寝息を立てており、身体を起こすと裸だった……どうやら、脱がして治療をしたらしい。
サーシャはベッドから起き、アイテムボックスから着替えを出して着る。
準備を終えると同時に、ピアソラが目を覚ました。
「ん……あ、サーシャ!! 大丈夫ですの!?」
「ああ。お前が治療したんだ、大丈夫に決まっている……っと」
サーシャは、ふらりと揺れた。
身体の傷は完璧に完治している。だが、『白神闘気』を使うと時間が遅くなったような感覚があり、怪我ではない微妙な『ずれ』が残っている感覚があった。
時間が立てば治るだろうが、今は無理ができないだろう。
サイドテーブルを見ると、修復された鎧、剣が置いてあった。
そして、国崩。
「……砕けたはずなのだがな」
「その剣、確かに砕けましたけど、サーシャが気絶している間に、全ての破片がくっついて元通りになったそうですわ」
「なるほど。恐らく、この剣を作った能力者が付与した力か……さしずめ、自己修復機能といったところだな」
「鎧の方は、町の鍛冶屋に直させましたわ」
「……待て。私は、どのくらい寝ていた?」
鎧の修復……そんなすぐにできるのだろうか?
ピアソラは言う。
「三日間、サーシャは寝ていましたわ。本当に、心配しましたわ」
「み、三日……」
「あ、プラチナランクの更新も終わりましたわ。わたくしたち、ちゃーんとプラチナランクですわ!! ほらほら、カードも綺麗になりました」
プラチナランクのカードは、キラキラと透き通っていた。
すると、ドアがノックされ、レイノルドたちが入って来た。
レイノルド、タイクーン、ロビン、そしてシンシアに……なんと、ルクシャナも。
「る、ルクシャナ」
「目、覚めたみたいね。というわけで、アタシに勝ったのはアンタ。約束は守るから。それと、新チャンピオンおめでとう」
「あ、ありがとう……だが、王者の資格はすぐ辞退する」
「ま、そういうと思って、手続きしておいた。王座は空白、今度デカい大会開いて、新王者決定戦やるってさ。ま、アタシはもう興味ないけど」
「そうか……というか、なぜお前はここに?」
そう言うと、ロビンが言う。
「ルクシャナ、あたしたちに同行するの。もうみんなとも挨拶済ませたよ」
「いやー……案の定、ヒジリと険悪というか、喧嘩になりそうだったぜ。なあタイクーン」
「ああ。似た者同士だな。ハイセは思った通り、嫌そうな顔をしていたが」
ルクシャナは、部屋のソファにドカッと座り、サーシャたちに言う。
「インダストリーと話するならいつでも行けるわ。どうする?」
と、言った瞬間……サーシャのお腹がキュウウウウウっと鳴った。
サーシャは真っ赤になりお腹を押さえる。
レイノルドは苦笑して言う。
「その前に、メシが先だな。ちょうど昼時だし、サーシャの優勝祝いも兼ねて豪勢に行こうぜ」
「あ!! それなら、あたしとシンシアでいろいろ店を探したんだ~」
「そうそう。ワタシ、このお店に行ってみたいかも」
「ボクはどうでもいい。祝いはするがね」
「ねえねえ、アタシも参加していい?」
「わたくし、スイーツも食べたいですわ!!」
結局、この日はサーシャの優勝祝いということで、店を借り切ってのパーティーとなった。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
サーシャ、レイノルド、タイクーン、ロビン、シンシア、ルクシャナの六人は、ルクシャナの案内でプラチナランクしか入れない、『楽園』に直結する昇降機の前にいた。
頭上には巨大な氷の塊。そこに楽園はある。
「インダストリーのヤツ、気分で『楽園』の外殻変えるのよ。前は星型だったっけ」
ルクシャナは、自分のプラチナランクカードを見せ、ゲートを通る。
サーシャたちもカードを見せ、六人はゲートを通って昇降機に入る。
昇降機がすごい速度で上昇。まるで射出のようだった。
そして、あっという間に『楽園』へ……昇降機から出ると、そこはもう入口だった。
「『楽園』へようこそ……って言いたいけど、マジでインダストリーには気を付けてね。アイツ、頭おかしいから」
ルクシャナが言うと、サーシャたちは頷く。
そして、ルクシャナの案内で楽園を進む。
「わあ~……」
ロビンは、様々な遊具を見て目を輝かせていた。
どう表現すればいいのかわからないものばかり。
馬のような乗り物がグルグル回ったり、ジェットコースターが楽園内を走っていたり、巨大な船が揺れていたりと、もうわけがわからない。
シンシアは、レイノルドの腕に掴まったまま言う。
「ワタシ……ここに来れるなんて、思わなかった」
「そうかい。でも、来てるじゃねぇか」
「うん……えへへ、冒険に出てよかった」
シンシアはにっこり笑い、レイノルドの腕に強くしがみついた。
目的が目的なので、寄り道をせずに『楽園』の奥へ。
すると、巨大なドーム状の施設へ到着した。
「ここ、インダストリーの専用プール。普段、あいつはここで仕事したり、プールでのんびりしてるの。アンタらが来ることも伝えてあるから、すぐ会えるわよ」
「……よし、会おう。全員、気を引き締めてくれ」
レイノルドたちは頷く。
そして、ルクシャナがドアを開けて中へ。通路を進み、大きな扉を開くと……そこにあったのは、巨大なプールだった。
円形の大きなプールに、ビーチボールや動物の風船などが浮かんでいる。
サイドにはテーブル、ソファがあり、室内には様々な植物があった。
そして……浮き輪に乗ってプールを漂う、一人の男。
鍛え抜かれた細身の身体、サラサラの白髪、右腕には氷の結晶のようなタトゥーが入っており、頭には枝分かれしたツノが生えていた。
「お、いらっしゃ~い」
魔王インダストリー。
浮き輪でプカプカ浮きながら、軽く手を振り、読書を楽しんでいた。
軽い男……そう思ったサーシャたち。
インダストリーは、バタ足をしながらプールサイドへ。
「よっと」
ハーフパンツ、素肌にアロハシャツを着た、どこにでもいそうな青年だった。
サーシャは緊張しつつ、丁寧に一礼。
「魔王インダストリー殿とお見受けする。私はサーシャ」
「ああ、新チャンピオンね。いや~、キミ、すっごく強いね。ルクシャナちゃんより強いの初めて見た」
「きょ、恐縮です」
インダストリーは、ニコニコしながら手を叩く。
サーシャは、機嫌がいい状態と判断……さっそく本題へ。
「インダストリー殿。実はお願いがあります」
「ん、なになに?」
「あなたが持つ、『厄災封印ゲート・イゾルデシステム』第二の鍵をお借りしたい。私たちは、禁忌六迷宮……ネクロファンタジア・マウンテンの攻略をするために来ました」
「いいよ」
…………静寂が訪れた。
いいよ。間違いなく、インダストリーはそう言った。
サーシャは、声を絞り出す。
「よ……よろしい、の、ですか?」
「ああ、いいよ」
あまりにも、軽かった。
が、インダストリーは言う。
「その代わり。ボクのお願い、聞いてくれたらね」
やはり、そう簡単に事は進まないようだった。
サーシャは舐められているのかと判断したが、すぐに言い方を変える。
「お願い、とは」
「ああ、別に資格を見せろとか、そう難しいモンじゃない。ボクってさ、楽しいことが大好きなんだ。だからさ、楽しませてくれよ」
「……えっと」
「キミたちの必死さを見たいな。というわけで……」
と、インダストリーはシンシアを見てニカっと微笑む。
そして、一瞬でシンシアに近づき、人差し指で胸の中心に降れた。
シンシアの身体がビクンと跳ね、崩れ落ちた。
「はい、仕込み完了」
「な……何を!?」
「し、シンシア!!」
レイノルドが支える。シンシアは目を見開いたまま、胸を上下させていた。
タイクーン、ロビンも声が出せないくらい驚いている。
サーシャは叫ぶ。
「インダストリー殿、シンシアに何をした!!」
「そう怒らないでよ。ちょっと、心臓に細工しただけ。ボクの意思で、いつでも心臓が凍り付くようにしただけさ」
「な……」
すると、レイノルドがインダストリーのアロハを掴み、サーシャも見たことがないくらい顔に青筋を浮かべ、ドスの利いた声で言う。
「てめえ……殺すぞ」
「おー怖い。まあまあ、話は最後まで聞いてよ」
タイクーンが、レイノルドの手を掴む。
レイノルドはタイクーンを見て、舌打ちして手を離した。
「キミたちにお願いしたいのは、メガラニカの魔王ロウェルギアが命と同じくらい大事にしている、ノブナガの残した『銃』を壊してほしいんだ」
「じゅ、銃……!? なぜそれを。というか、破壊?」
サーシャが確認すると、インダストリーは「そだよー」と軽く言う。
「別に、何かあるわけじゃないよ? でもさ、面白いじゃん。ロウェルギアが大事にしているものを、人間であるキミたちがぶっ壊すなんて、最高じゃないか?」
「……貴様」
「ああ、別に難しくないよ。触れるだけで壊れるらしいからね。よくわかんないけど、ノブナガ様が残した、最後の『銃』らしい。おかしいよね、触れれば砕け散って粒子化しちゃうから、研究もできないし、内部構造もわからないから同じのを作ることもできない。眺めることしかできないけど、ノブナガ様を感じれるとか……変態かよってな。で、そんな大事な物が消えたら、どんな顔するかなあ……ふふふ、面白そう!!」
狂っていた。
インダストリーは、子供のように笑っていた。
「シンシアだっけ? その間、その子は人質ね。ロウェルギアの銃を壊して、ついでにゲートキーをもらってきたら、最後のゲートキーを渡すよ。はい、話はおしまい。ああ、この子は預かるよ。じゃ、頑張ってね~」
インダストリーは手を振り、部屋の奥へ消えて行った。
そして、奥から魔族が数名来て、気を失ったシンシアを連れて行ってしまう。
ルクシャナは、ペッと唾を吐き捨てた。
「ゲスでしょ? ああいうクズなのよ」
「…………ハイセがいなくて、本当によかった」
サーシャは言う。レイノルド、タイクーン、ロビンも同じ怒りに染まっていた。
「……工業国メガラニカ。サーシャ、行くんだろ」
「ああ。だが……今の私たちでは、冷静に行動できないかもしれん」
「同感だ。メンバー交代の時期でもある……ハイセたちに任せるか」
「……うう、シンシア」
こうして、シンシアが人質に取られた。
新たな目的地、工業国メガラニカ、そして魔王ロウェルギア。
サーシャたちは、シンシアを救うべく、次の国に向かうことになるのだった。





