レムリアの魔王インダストリー⑤/ルクシャナの提案
控室に向かう通路にて、サーシャは崩れ落ちそうになるのを堪え、壁伝いに進んでいた。
とんでもない倦怠感だった。
『白神闘気』……サーシャの到達した極み。究極の闘気の代償が、サーシャを苦しめている。
サーシャは、全身の筋肉が千切れかけていた。
酷い内出血もしている。ただ闘気を纏うのではなく、血管、筋肉、神経、細胞と人体の全てを強化し、時間すら超越したのだ。
その代償は、計り知れない。
「……ぅ」
声も出せなくなった。
崩れ落ちず、気を失わないのは『気合い』を入れているから。
敵意は感じないとはいえ、ここは魔族の領地。人間であるサーシャが一人倒れれば、何をされるかわかったものではない。
サーシャは、なぜか笑った。
(……個人では使えない。ピアソラ……回復役が必須の、強化だな)
まさに、チーム行動を前提とした強化。
そんな時だった。
「こんなところで倒れると迷惑」
サーシャの背後から、誰かが現れた。
そして、サーシャの腕を掴み、肩を貸す。
「…………」
「さっきの技、メチャクチャな負担がかかるみたいね。まあ納得……フン、アタシを久々に焼き尽くせるような面白さのアンタが、こんなところで倒れるなんて許せないから」
ルクシャナだった。
サーシャは、口を開けようとするが、ルクシャナは言う。
「喋んなくていい。あと、アンタの仲間に声かけたから。そろそろ第二試合始まるからさっさと離れるわよ」
本選選手は十六名。
まずは予選。四つの会場で二日かけて試合をし、十六名の選手を選ぶ。
サーシャは初日の勝者となった。本選出場が確定したのである。
「さ、行くわよ」
「……ん、しゃ、する」
「え?」
感謝する。
サーシャはそう呟き、気を失うのだった。
◇◇◇◇◇◇
眼が覚めると、ベッドで寝ていた。
そして、ピアソラが今まさにキスをしようと顔を近づけていたので、顔を手で掴む。
「むにゃ、サーシャぁ、何を」
「いきなり何をするつもりだ。まったく……」
身体を起こすと、傷は癒えていた。
ピアソラが回復してくれたのだろう。
周りを見渡すと、見慣れた部屋……ホテルにあるサーシャの部屋だ。
テーブルの上には鎧や剣などが置いてあり、ピアソラがやったのか寝間着だった。
ベッドから降り、首をコキコキ鳴らす。
「ピアソラが治したんだな。ありがとう」
「ええ。でも……こんなひどい状態のサーシャは、久しぶりに見ましたわ。全身ボロボロで、内臓もかなり傷ついて……」
「……新技は、お前が傍にいないと使えないな」
「え!! それって……ずっとそばにいろ、ってことですの!? サーシャぁぁぁぁぁ!!」
「うわっ!?」
ピアソラが飛びつき、ベッドに押し倒された。
すると、ロビンとレイノルド、シンシア……そしてルクシャナが入って来る。
シンシアは言う。
「ありゃ、お邪魔だったかな?」
「違う違う。いつも通りのことだって。ね、レイノルド」
「ああ。おいピアソラ、治療終わったならタイクーンと交換だ」
「え~? もうちょっとサーシャと一緒にいたいですわ」
そう言いつつも、ピアソラはしぶしぶとアイテムボックスへ。そしてタイクーンが出てきた。
サーシャは、この場にいるルクシャナを見る。
最初に口を開いたのはレイノルドだった。
「こいつ、お前の新技が身体に相当な負担かけてるって見抜いて、オレらに声かけてくれたんだよ。で、気ぃ失ったお前をここまで運ぶ手伝いしてくれたんだ」
「そうだったのか……すまん、記憶が曖昧で、誰かに担いでもらった記憶はあるんだが」
「ま、気にしないでいいわ」
ルクシャナは、一人がけのソファに座る。
シンシアは、ルクシャナをジロジロ見ながら言う。
「それにしても、まさか闘技場のチャンピオンが、サーシャを助けるなんて~」
「あんな面白いの見たらね。当然、アタシと戦うことになったら使うでしょ? んふふ、メチャクチャ楽しみかも!!」
レイノルドは、「おいタイクーン、なんかコイツ、ヒジリに似てないか?」と言う。タイクーンは「激しく同意する」とボソボソ言った。
サーシャは言う。
「ルクシャナ。改めて、感謝する」
「ええ。そう思うんだったら、本選で優勝すること。ま~……アタシの見た感じ、優勝はアンタで決定みたいな感じね。最近の強いヤツ、みんなアタシが倒しちゃったし。この国でアタシとマジでやりあえるのなんで、もうインダストリーくらいしかいないと思ってたけど」
「インダストリー……魔王、インダストリーか」
「うん。そういや、なんでアンタらプラチナランクになりたいの? それと……魔族じゃない? そっちのアンタは魔族だけど、肌も白いし、ツノもないわね」
サーシャは、ルクシャナに対して嘘をつきたくなかった。
タイクーンを見ると、首を振る……だが、サーシャはさらに首を振った。
「私たちの目的は、その魔王インダストリーだ」
「え、戦うの?」
「違う。三大魔王の持つ『ゲートキー』こそ、私たちが求めるものだ」
「ゲートキー……って、アンタらまさか。『災厄』の封印を?」
ルクシャナは知っていた。魔界に眠る最後の『災厄』のことを。そして、禁忌六迷宮のことを。
「そうだ。すでに、一つ目のゲートキーは手に入れた。残りは二つ」
「あーなるほどね。それでインダストリーに……でも大丈夫? インダストリーって、魔王だけどメチャクチャなクズ野郎よ? 『オーバースキル』保持者を手中に入れるためだけに、その子の両親殺すような外道クズ。ゲートキーくれなんて言って、素直に渡す奴じゃないわ」
「……ならば」
「戦う? それもありだけど……正直、アタシでもあいつに勝てるビジョンが浮かばないのよねえ。強いのは間違いないけど、得体が知れないって言うか……」
ルクシャナは、ソファに深く腰掛ける。
タイクーンは言う。
「ヘスティアが『残る二人の魔王はクズ』なんて言っていたが……」
「その、『オーバースキル』保持者が欲しいだけに、その保持者の両親を殺したってマジなのか?」
レイノルドが言う。
ルクシャナは「そうよ。その子、今は楽園で働いてる」と言う。
ロビンは、嫌悪感丸出しで言う。
「うえ、あたしそいつ嫌いかも。っていうか……ハイセがいなくてよかったね。ハイセ、そういうの本気で嫌うし、プラチナランクとか無視して、楽園に乗り込んで魔王殺しに行っちゃうかも」
「「「「…………」」」」
サーシャ、レイノルド、タイクーン、シンシアは黙りこむ……本気で、そんな気がしたからだ。
サーシャは言う。
「とにかく、戦いは最終手段だ。まずはプラチナランクになり、魔王インダストリーのいる『楽園』を目指す。ルクシャナ、私はお前に勝つぞ」
「…………」
「……ルクシャナ?」
ルクシャナはしばし考え、「うん」と頷いた。
「決めた。サーシャ、勝敗の有無に関わらず、魔王インダストリーに会わせてあげる」
「「「「「…………は?」」」」」
「ゲートキー、手に入れるんでしょ? 協力してあげるわ。その代わり……アタシも、アンタらに同行するわ」
「「「「「…………え」」」」」
「『災厄』との戦うなんて、最高に面白そうじゃない!! しかもアンタら、もうゲートキーひとつ持ってるんでしょ? インダストリーのを手に入れたら最後の一個じゃん。ふふん、面白そう!!」
「「「「「…………」」」」」
「というわけで、本選までしっかり身体を休めなさいね。あ、インダストリーには会わせるけど、アタシとの戦いで手ぇ抜くのはダメよ。いいわね。じゃ、そういうことで」
ルクシャナは帰って行った。
残されたサーシャたちは、しばし唖然として、ルクシャナの去ったドアを見つめるのだった。





