レムリアの魔王インダストリー④/バトルグランプリ予選
四日後。
サーシャたちは闘技場へ向かっていた。
本日より、バトルグランプリが開催される。予選、本選を突破して優勝し、チャンピオンである『炎神』ルクシャナを倒し、プラチナランクとなる。
そして、魔王インダストリーへ会い、ゲートキーをもらう。
道は見えた、あとは進むだけ……だが。
「……」
サーシャは、静かだった。
この四日間、ずっと部屋に籠り、食事にも出てこない。
レイノルドたちも会うのは四日ぶりだが、その静かさとは裏腹に、サーシャから感じる妙な『圧』に、やや気圧されていた。
レイノルドは、タイクーンに耳打ちする。
「おい、サーシャ……なんか変わったよな」
「うむ。なんと表現すればいいのか……厚みが増したというか、うーむ」
すると、ロビンが近づいてきた。
「サーシャは、強くなっただけ。いつもと同じじゃん」
「ロビン?」
「大丈夫。バトルグランプリなんて圧勝だよ!! ね、サーシャ!!」
「っと……はは、そうだな」
ロビンはサーシャの腕に抱き着き、甘える。
そんな様子を見て、レイノルドとタイクーンは顔を見合わせた。
「まあ、確かにそうだな」
「うむ。ボクらはサーシャを信用している。なら、問題ないということだ」
どんなに強くなっても、変わらないことがある。
チーム『セイクリッド』はサーシャを信用する。それだけで二人は気にするのをやめるのだった。
◇◇◇◇◇◇
一行は、バトルグランプリ受付へ。
カードを見せ、登録者であるサーシャを確認した。
受付嬢は笑顔で言う。
「確認しました。サーシャ様、バトルグランプリへようこそ!! 本日は予選会となります。サーシャ様は第二ブロックでの予選となります」
「……第二ブロック?」
「はい。闘技場は全部で五つのステージがあります。まず、小ステージである第一~第四ステージ。そして本選が行われるメインステージです」
受付嬢は、サーシャにステージの全体図を見せながら説明する。
一つの大きなドームの周りに、半分ほどの大きさのドームが四つほど、囲うようにあった。
遠目からでは全体図は見えなかったが、相当大きなステージのようだ。
「予選は一つのブロックから四名、合計で十六名が本選出場となります。本日は予選会となりますので、頑張ってくださいね!!」
「ああ、ありがとう」
「では、これをどうぞ。こちらの参加証を第二ブロック受付に見せると、選手は控室に案内されますので」
「わかった」
参加証をもらい、サーシャたちは第二ブロックへ。
第二ブロック前の受付で参加証をしてもらう。
「はい。参加選手と確認しました。装備などの確認はよろしいでしょうか?」
アイテムボックスに装備の予備はあるが、試合では登録した武器以外は使えない。
サーシャは、虹神剣ナナツサヤと魔刀『国崩』だけを腰に差し、アイテムボックスはロビンに預けた。
装備の確認を終えると。
「おいサーシャ、負けんなよ」
「まあ、ボクは心配していないがね」
「サーシャ!! 応援してるね!!」
「ワタシ、ドキドキする~!! サーシャ、がんばれ!!」
仲間たちの声援を受け、サーシャは頷いた。
そして、第二ブロック控室に案内される。
控室は大部屋だった。すでに二十人以上の選手が待機している。
視線で値踏みされているのがわかった。
(…………)
サーシャは、油断、慢心なく思った。
(……敵ではないな)
冒険者等級で言えば、A~Sの下位と言ったところ。
サーシャを脅かすような圧は感じない。少なくとも、第二ブロックには。
サーシャは、近くの壁に寄りかかり、静かに目を閉じて集中する……すると。
「よお、白い肌の種族なんて見たことねえな。お前、魔族か?」
「…………」
「無視かよ。まあいいぜ、肌の色以外は悪くねえし、予選ではオレが遊んでやるよ」
「…………フン」
サーシャはつまらなそうに鼻を鳴らす。
男はイラっとしたのか、サーシャに手を伸ばそうとした……が、サーシャが睨むと手を止めた。
「焦らなくても、試合で好きなだけ触れて構わない。まあ……できたら、の話だが」
「……ほーう、いいね。生意気なヤツは嫌いじゃねぇぜ。けけけ、知ってるか? 予選ってのは、ここにいる全員が戦う生き残りバトルだ」
「……なに?」
「教えてやる。『炎神』の首を狙うヤツは多くてなあ。バトルグランプリだけで腕自慢が毎日大量にやってくる。だから、予選会ってのはそういう連中を一つの舞台に乗せて、四回に分けて一気に戦わせるのさ。一対一だと何日かかるかわからねえからな」
「ほう」
よく見ると、控室には続々と人が入って来る。
サーシャが入った時は二十名ほどだったが、今はもう七十名を超えている。
男曰く、第二ブロックの控室は四つあり、その控室にいる連中が同時にステージに上がって戦うようだ。
「ずっと見てるぜ。へへへ、楽しみにしておけ」
男はぺろりと舌なめずりをすると、サーシャから離れて行った。
サーシャは男など見ずに言う。
「この中の一人が、本選か……面白い」
サーシャはニヤリと笑い、顔にかかる髪を梳くのだった。
◇◇◇◇◇◇
一時間ほど経過し、控室はいっぱいになった。
百名以上。サーシャは部屋の隅にいた。
控室は広いが、こうも人であふれると息苦しい。そんな風に思っていると、入口ドアが開いた。
「えー、これより予選会を始めます!! 第二ブロック、第一控室の皆さま、ステージにご移動ください!! 移動中の攻撃、魔法、薬物などによる攻撃は反則となりますのでご注意ください!! ちゃーんとチェックしてますからねー!!」
受付嬢が叫んだ。
ドアが開き、選手たちがゾロゾロと移動する。
サーシャは最後の方で一人、ゆっくりと移動する。
そして、長い通路を通り、最後にステージに上がる。
『さあ、これより第二ブロック、第一控室による予選会を始めます!! 第一控室総勢百四十二名によるバトルロワイアル、この中で最後に残った一人が本選出場となります!!』
周りでは、武器を構えたり、構えを取る魔族が多くいる。
サーシャは目を閉じ、呼吸を整える。
(この四日で理解した……闘気の、更なる使い方)
サーシャは、医学書を読んだことがない。
人間の内臓がどういう機能をするのか、どこにどのような臓器があるのか、血管や神経という言葉は知っているが、どこをどのように流れているのか。
プロクネーは言った。闘気はただ纏うのではない、身体中を駆け巡るイメージで使う。魔界ではオーラと言うらしいが、原理は同じだった。
この四日。サーシャはやってみた。
(イメージ……全身の血管、神経、筋肉の筋一つ一つを、『ソードマスター』の闘気が駆け巡るイメージ……)
サーシャは腰を落とし、『国崩』の柄に触れる。
居合……アズマでの剣術。サーシャは見たことしかないが、『斬る』ことだけを考えた場合、最も構えやすい型は、この居合の型だった。
「……」
『さあ、第一控室によるバトルロワイアル、開始です!!』
試合開始。
同時に、サーシャの闘気が全身を包み込む。
いつものように噴き上がるのではなく、純白銀が静かに、薄皮一枚を包み込むように。
サーシャはイメージする。
心臓を通り、血管を伝い、神経に伝達し、内臓を、脳を、筋肉を……純白銀が全てを包み込む。
すると、妙なことが起きた。
(……ああ、やっぱりだ)
世界が、スローになった。
全てがスロー……始まりと同時に誰かがナイフを投げた、魔法が発動した、矢が飛んで来た。先ほどの男が背後から奇襲してきた。
だが、サーシャは見えていた。
「全てを強化すると、世界の時間が遅くなる……だが、長くは持たないな」
現在の体感時間で、約十秒。
現実世界では、半秒以下。
だが、サーシャほどの使い手が、無防備な集団を相手に十秒あれば、たとえ百人いようと壊滅できる。
居合状態のまま、サーシャは言う。
「この強化は、時間を超えた神の領域に踏む混むことができる。まさに、強化の『極』だ……名付けて」
『白神闘気』。
この瞬間、サーシャは神すら斬り伏せることができる。
「白神剣、『居合』」
眼を見開き、ステージ上にいる全ての魔族を標的にする。
そして、空気のように軽い手足を振るい、一気に駆け抜けた。
「『是空刃・白鬼五月雨』!!」
闘気、解除。
国崩を鞘にカチンと納めた瞬間……ステージ上にいた百四十二名が血を噴き出し、一斉に倒れた。
『……へ?』
実況が唖然とする。
観客席も静寂に包まれた。
サーシャは、髪とマントをなびかせ、静かにたたずむ。
ステージ上の誰も立ち上がらず、サーシャしかいない。
実況は、ぽつぽつと言った。
『しょ……しょうしゃ、サーシャ……?』
その呟きを聞いたサーシャは、満足そうに頷き、ステージから降りるのだった。
◇◇◇◇◇◇
この勝負を見ていたルクシャナは、目を見開いていた。
「……化けた」
今の斬撃が見えたのは、何人いただろうか。
少なくとも、観客は誰も見えていない。
「あたしでさえ、半分くらいしか見えなかった……」
冷たい汗が流れ、同時に胸の奥から好奇心が沸いてきた。
「久しぶりに、燃えて来たわ……!!」
闘技場のチャンピオン『炎神』ルクシャナは、ステージを去るサーシャを見て拳を握るのだった。





