レムリアの魔王インダストリー③/格上
午後、サーシャたちは集まり、闘技場へ向かった。
以前は遠くから眺めただけだが、近づいてみるとその規模が桁違いなことに気付く。
サーシャは、闘技場を見上げながら言う。
「お、大きいな……」
「正式名称は『レムリア大闘技場』だ。収容人数七万人、一つの町がすっぽり入るほどの大きさだ。闘技場内の移動に、ジェットコースターを応用した乗り物で移動するらしい」
ピアソラと交代したタイクーンが言う。
レイノルドは、腕にしがみついているシンシアに聞いてみた。
「なあ、見学ってできるんだよな?」
「うん。闘技場では、毎日いろんな試合をしてるからね。あっちに受付あるし、みんなで行ってみよっか」
「あ、お土産屋さんある!!」
「こら、ロビン。それは後回しだ」
「う~、は~い」
サーシャに言われ、ロビンはサーシャの腕にしがみついて歩き出した。どうやらレイノルドの真似をしているらしい。
五人は、闘技場受付へ。
「ようこそ、レムリア大闘技場へ!!」
「受付のお姉さん、今、闘技場内ではなにやってるの?」
「はい。第一闘技場ではコンサートが、第二~第四闘技場ではバトルグランプリが開催されています」
「バトルグランプリ……」
サーシャが言うと、受付嬢は笑顔で言う。
「バトルグランプリは、誰でも参加できるトーナメント方式の戦いです。参加費は一人10000ポイントとなります。トーナメント優勝者はなんと、無敗のチャンピオン、『炎神』ルクシャナ様へ挑戦することができますよ!!」
「おー、すげぇな。おいサーシャ、これしかねぇだろ」
「ああ……そうだな」
サーシャは頷くが、どこか覇気がない。
レイノルドは首を傾げた。
「それと、『炎神』ルクシャナ様に勝利されますと、ポイント、ランクの有無にかかわらず『プラチナランク』へと昇格になります!!」
「おおー!! ね、ね、これしかないよね、タイクーン!!」
「ろ、ロビン、引っ張らないでくれ。その意見には同意する」
ロビンは、タイクーンをガクガク揺らす。
そして、受付嬢へ質問をする。
「お姉さん、そのグランプリだっけ。個人戦しかないの?」
「はい。王者ルクシャナ様への挑戦は個人戦だけになります。チーム戦も開催されますが、そちらは年に四度しかないので……ちなみに、次回の開催は七十日後です」
「七十日……うー、待てないよねえ」
ロビンがむくれる。タイクーンはロビンを押しのけ、受付嬢へ聞く。
「参加は10000ポイントと言ったが、今ここでポイントの支払いをして、すぐに参加できるものなのか?」
「いえ。グランプリの開催は四日かけて行われます。今日、グランプリ予選が始まったばかりですので、ここで登録をされても、参加できるのは四日後になりますね」
「そうか。よし、サーシャ、登録をしておこう」
「…………」
「……む、どうした、サーシャ」
タイクーンが顔を覗き込むが、サーシャは無反応だった。
レイノルドも、ロビンも不思議に思ったが……長い付き合いなので、すぐにわかった。
「おいサーシャ、迷ってんのか?」
「え、ああ……実は、ついさっきチャンピオンのルクシャナに会った」
「え、うそ!!」
「偶然だがな。だが、対峙して理解した。現時点で、ルクシャナの強さは私より上だ。プロクネーよりも強い」
「……ふむ、そうなのか」
タイクーンは考え込み、レイノルドは腕組み、ロビンは「むー」と唸る。
シンシアは、まだそこまでサーシャを理解していないので、首を傾げるだけだった。
タイクーンは受付嬢へ聞く。
「質問だ。団体戦で優勝した場合、ポイントはいくつもらえる?」
「団体戦ですと、優勝の場合1000000ポイント入りますね」
「ひゃ、ひゃくまん……」
「それでも、プラチナランクには足りないな。さて、どうするサーシャ」
「…………」
サーシャは考える。
必要なのは、確実な勝利だ。
プラチナランクへの昇格をしないと、魔王インダストリーには会えない。
ゲートキーを手に入れるためには、裂けては通れない道だ。
すると、レイノルドがサーシャの肩をポンと叩く。
「大丈夫だ、サーシャ」
「……レイノルド?」
「今までのこと考えてみろよ。俺ら『セイクリッド』より強い魔獣と戦ったことなんて、何度もあるじゃねぇか。それでも、オレらは勝ってきた。お前ひとりが孤立して、Sレートの魔獣とソロで戦った時も、お前は勝って生き延びた……格上と戦うことなんて、オレら冒険者は日常だった」
「…………」
「S級冒険者。七大冒険者って言われて、自分より強い相手と戦う機会がめっきり減って、どんな相手だろうと勝てるって錯覚しちまってんだ。でも、実際は違う……冒険での戦いってのは、生きるか死ぬかだ。オレの知ってるサーシャは、格上だろうと剣を掲げて、闘気を漲らせて突っ込むような奴だぜ」
そんなサーシャだから、オレは惚れたんだ……と、レイノルドは言いかけた。言わないのはレイノルドなりのプライドである。
「やろうぜ、サーシャ。それに四日あるなら、その間に強くなればいい。お前ならきっと、今よりもっともっと強くなれる」
「……レイノルド」
「そうそう!! サーシャならできるよ!! ね、タイクーン!!」
「ああ。サーシャの成長速度は凄まじいことをボクらは知っている。戦えば戦うほど強くなることもね。勝機がゼロ出ない限り、十分可能性はある」
「……みんな」
レイノルド、ロビン、タイクーンはサーシャを見て頷く。
仲間の信頼……『セイクリッド』の絆が、サーシャの心を奮い立たせる。
サーシャは頷き、受付嬢へ言った。
「四日後のバトルグランプリに参加したい」
カードを出すと、受付嬢は笑顔で頷いた。
「かしこまりました。では、こちら登録となりますので、ポイントをいただきますね」
カードを魔道具にスキャン。10000ポイントが引かれる。
そして、出された魔道具に手を触れると、サーシャの名前が登録された。
「登録完了です。では、四日後にまたここで、参加登録をお願いします。では、ご武運を」
「ああ、わかった」
こうして、サーシャはバトルグランプリに参加することになった。
◇◇◇◇◇◇
サーシャは、ホテルに戻るなり部屋に籠る。
誰にも入らないように言い、服を全て脱いで裸になり、ナイフ一本を手に『座禅』を組む。
ガイストに教わった、精神集中するための座り方……サーシャは、集中する時にこの座り方をする。
座ったまま、闘気を静かに流す。
「…………」
頭のてっぺんから顔を通り、首、鎖骨で分かれ、両腕を通り指先へ……ゆっくり、確実に、全身にくまなく闘気を巡らせる。
プロクネーからのアドバイスで、サーシャは闘気の纏い方が下手らしい。プロクネーのように、全身くまなく闘気を巡らせ、丁寧に循環させることができれば、身体強化は今の数倍に跳ね上がるという。
『初心者は、全裸になってオーラを巡らせろ』
『ぜ、全裸で?』
『ああ。衣類による肌の擦れなどをなくし、肌でオーラを感じ取るんだ……いいか、大事なのはイメージだ。血管、神経などを通るイメージだ」
『えっと……』
『ああ。人間界にはないのか。これを見ろ』
プロクネーが見せてくれた本には、人体の詳細な図面が書かれていた。
人体の血管、神経の通り道、内臓の位置などが描かれている。
『この血管、神経の通り道を覚えておけ。お前の身体にもこの通り道はある。全てのオーラがこの道に通っているとイメージするんだ』
『……なるほど』
サーシャは、闘気による強化を極限まで高める修行をすることにした。
最初は、全裸で座禅を組んだまま、ただ地味に闘気を絞り出すことに恥ずかしさを感じた。部屋にピアソラが乱入してきて「私も!!」と言って裸で抱きついてきたりもした。
今回は、厳重に仲間たちに言い聞かせているので、邪魔は入らない。
「…………強化の、極地」
敵は『炎神』ルクシャナ。
サーシャは、今のところ勝ち目がゼロの戦いに身を投じるが……不思議と心が躍っていた。





