レムリアの魔王インダストリー②/マーケット
翌日。
ホテルで豪華な朝食を食べ、サーシャたちはホテルを出た。
向かうは闘技場。そこで、ポイントを得るために戦う……今のメンバーで戦うのは、もちろんサーシャがメイン。仮にチーム戦などあれば全員で受けるつもりだった。
タイクーンは、ホテルにあった町のマップを片手に言う。
「闘技場は東区にあるようだ。中央区の『インダストリー・マーケット・アイランド』を経由して進むのがベストだな」
「ね、ね、サーシャ。ポイント集めが重要なのはわかるけど~……ちょっとだけお買い物もしたいな。ね、ね、レイノルドもそう思うでしょ?」
ロビンがサーシャの腕に甘え、レイノルドに言う。
サーシャ、レイノルドは苦笑する……タイクーンに言わないのは、言っても「駄目だ」というに決まっているからだ。そして、シンシアもレイノルドの腕にしがみつく。
「ロビンに賛成!! ワタシもお店見たいかも~」
「ね、ね、サーシャ。あたし思うの……今日これから闘技場に言って、すぐに戦うってわけじゃないじゃん? だったら、午前中はインダストリー、なんだっけ……ああもうマーケットでいいや。マーケットでお買い物して、そこでお昼食べて、午後にみんなで闘技場に行けばいいよ。今日は説明だけ聞いて、明日になったら万全の状態で行けばいいし!!」
もっともらしいことを言うロビン。
最初に折れたのはレイノルドだった。
「ま、いいんじゃねぇか。ロビンの言う通り、オレも今日は闘技場の下見くらいしかできないと思ってたしな。半日は買い物でもいいだろ」
「さっすがレイノルド~!! じゃ、ワタシと一日デートで!!」
「うおっ!?」
魔力で身体強化をしたシンシアは、レイノルドを掴んでダッシュで行ってしまった。
タイクーンは頭を抱えた。
「……やれやれ」
「仕方ない。タイクーン、午前中はマーケットで買い物をしよう。それに、これからの旅で必要な物があるかもしれないし、マーケットの下見だと思えばいい」
「……一理ある。が、それならボクはピアソラと交代しよう。ホテル内にあった大量のパンフレットを整理して情報をまとめる作業をしたかったところだ」
「いいのか? マーケットというからには、本屋などもあると思うが」
「魅力的な提案だが、それは後日にしよう。では、またあとで」
そう言い、サーシャがアイテムボックスの指輪を出すと、タイクーンは吸い込まれるように消えた。
それから五分とかからず、お出かけ衣装のピアソラが現れた。
「うふふ。タイクーンにしては気の利く提案でしたわ。サーシャ、ロビン、お買い物ですわよ!!」
「おーっ!!」
「待て待て。一応は、マーケットの下見、調査と言う名目でだな」
言い切る前に、ロビンとピアソラがサーシャの腕を取り歩き出す。
サーシャは苦笑し、楽しそうな二人に引っ張られるように歩き出すのだった。
◇◇◇◇◇◇
インダストリー・マーケット・アイランド。
魔王場跡地に建設された、産業国レムリアで最も大きな商業施設。
日用品、魔道具はもちろん、武器防具、飲食店、マニアックな道具や趣向品、ゲームなど、とにかく揃わない物はない。
巨大な八十階建ての所業施設には、数え切れないほどの魔族がいた。
「「おおお~!!」」
「すごいな……一階で、この広さ。この広さの空間が、上に八十層もあるのか……ある意味、ダンジョンのようなところだな」
真面目なサーシャの感想。
一階の広さは、小さな村だったらスッポリ収まる広さだった。
中央には巨大噴水があり、周辺には多くの店がある。
サーシャたちがいるのは、一階『飲食店区画』だ。
ピアソラの手には、いつの間に手に入れたのかマーケットの案内図があった。
「ここは飲食店区画。向こうにはパン屋の区画、あっちは……ま、魔獣骨を扱う店があるようですわね」
「ま、魔獣の骨? なにそれ?」
「そのままの意味ですわ。中央平原に現れる魔獣の骨を販売しているようですわ。観賞用……とありますけど、どんな趣味なのか理解不能ですわ」
ピアソラはイヤそうに言う。
ロビンは、ピアソラの手にあるマップを横目で見て言う。
「ね、遊べるようなところはある?」
「遊ぶ……十階に『遊戯場』がありますわ。『楽園』ほどではないようですが、いろいろなゲームが置いてあるようですわ」
「いいね。あとで行こっ」
「ではまず、二階にある化粧品売り場へ。うふふ、魔族の化粧品……気になりますわ。お土産にもなりますしね。サーシャは行きたいところ、ありますか?」
「そうだな……武器屋などあれば見てみたい。魔族の剣、プロクネーが使っていた剣は実に見事なものだった」
「真面目ですわね……あら、四階に下着売り場がありますわ。ふふふ、サーシャの下着を買わないと!!」
「い、いらん。というかピアソラ、なぜお前は私の下着を選びたがる……別に、見せるわけではないのだから、派手なのとかはいらない。機能的なものであれば」
「駄目ですわ。わたくしが嫌だから、駄目ですわ!!」
「い、意味がわからん……」
こうして、サーシャたちはマーケットを歩き出すのだった。
◇◇◇◇◇◇
サーシャたちは、化粧品売り場、下着売り場と買い物をし、ロビンの希望で『遊戯場』へ。
ロビンがピアソラを連れて遊びに行っている間、サーシャはベンチに座って休んでいた。
「……ふう」
まるで、観光をしているような気分だった。
ゲートキーは残り二つ。そして中央平原の深度5まで進むという難題が待っているが、今こうして過ごす時間も大事なことだ。
サーシャは、ベンチに深く腰掛け、アイテムボックスの指輪を眺めた。
「……四人パーティー制度だけど、今はいいかな……なんて」
パーティー制度を採用したので、用事や交代でない限り、他のメンバーを外に出す理由はない。が……せっかくの歓楽街だ。全員で楽しんでもいいのではないか、とサーシャは思った。
そして、思い浮かぶのは。
「……ハイセ」
ハイセと一緒に過ごしたい、と……サーシャは思っていた。
ハイセと一緒に買い物をしたり、一緒にベンチに座ってお喋りしたり、時間を過ごしたい。
そう考えるだけで、顔が緩み、小さく微笑んでしまう。
恋、そして愛……サーシャは、ハイセのことを愛していた。
「……愛、か」
いずれは、結婚し、子供を産むことになるのかもしれない。
その相手が誰なのか。サーシャの中では、一人しかいなかった。
「…………」
サーシャは、無言で首を振る。
あまりにも、あり得ない夢だった。
「……私は、馬鹿だな」
馬鹿馬鹿しい妄想を振り払い、サーシャは立ち上がる。
ロビン、ピアソラを迎えに行き、レイノルドたちを探しに行こうと考えた時だった。
「───………!!」
赤い髪をした魔族の少女とすれ違った時、猛烈な『圧』を感じ振り返った。
それは相手も同じだったのか、サーシャを見て驚いたような顔をし、すぐに微笑む。
「へえ……散歩してたら、面白そうなヤツに会ったわ」
「……お前は」
赤い髪の少女は、サーシャに近づいて顔を寄せる。
「魔族、じゃないわね。白い肌……あんた、なんの種族?」
「……人間だ」
只者ではないと、サーシャは思った。
プロクネーと同じか、それ以上。不思議と高揚している自分がいることにサーシャは気付いた。
「名前、いい?」
「自分から名乗るのが礼儀ではないのか?」
「ああ、そうね。ふふ……アタシはルクシャナ。闘技場のチャンピオン、って言えばわかる?」
「!!」
「驚いた? アンタの名前は?」
「……サーシャだ」
「サーシャね。アンタ、面白そうね……闘技場に来るなら、勝ちあがって来なさい。あたしが相手してあげるわ」
「……ふ。そのつもりだ。こちらもポイントを稼がないといけないのでな」
「ポイント? ふーん……まあいいけど。ああ、教えてあげる。チャンピオンのあたしを倒せば、一気にプラチナランクまで上がれるわ。少しはやる気が出た?」
「……それはもう、な」
サーシャは微笑み、ルクシャナも微笑んだ。
そして、サーシャの胸をポンと叩き、ルクシャナは言う。
「待ってるから、勝ちあがって来なさいね」
「ああ、楽しみにしておけ」
ルクシャナは、嬉しそうに笑って行ってしまった。
残されたサーシャは、叩かれた胸に触れて言う。
「ポイント稼ぎ……一筋縄ではいかないようだ」
サーシャは、確信していた。
現時点で、ルクシャナの強さは、サーシャよりも上だった。





