レムリアの魔王インダストリー①/楽園の王
商業国レムリア、空中階層『楽園』の中は、想像もできない広い空間であり、見たことのない『アトラクション』と呼ばれる乗り物にあふれていた。
プラチナランクのみが入ることのできる、選ばれた魔族のみが入ることを許される空間。
現在、『楽園』にある商業国レムリアで最も高級な宿の最上階……通称、『魔王城』にある魔王専用プールに、一人の少年が浮き輪で浮かんでいた。
「だからさ、それボクに関係ないじゃん。ヘスティア~……久しぶりに通信してきたと思えば、ノブナガ様の何だっけ? 同じ能力持つ人間? そいつらの話を聞け?」
『……はあ、お前ならそう言うと思ったわ』
通信の相手は、魔王ヘスティア。
そして、浮き輪に浮かぶ青年は、ヘスティアが何か言う前に通信を遮断。大きな欠伸をして、浮き輪の傍に浮かんでいたトレイからトロピカルドリンクを手にし飲む。
「アハッ」
青年は、相当な美形だった。
鍛え抜かれた細身の身体、サラサラの白髪、右腕には氷の結晶のようなタトゥーが入っており、頭には枝分かれしたツノが生えていた。
「ヘスティアってば、相変わらずの真面目ちゃんだねぇ。もっと楽しく、気楽に、面白いこと考えて生きればいいのに」
商業国レムリア、魔王インダストリー。
インダストリーは、水着姿でプールでリラックス。空を見上げると、キラキラした氷の結晶が降り注いできた。
それを浴び、浮き輪に手をかけて立ち上がる。
水面に立つと、大きく伸びをした。
「ま~ったく。ノブナガ様なんて、顔も見たことない人間じゃん。『楽園』のデータを残してくれたのはありがたいけどさ、べつにどうでもいいし」
「インダストリー!!」
と、プールのドアが開き、ロングヘアに反り返ったツノを持つ少女が入って来た。
「あれれ、ルクシャナちゃん。なになに、試合終わったの?」
「瞬殺。ったく、なーにが『今度の相手は面白い』よ。つまんない、つまんない!!」
少女……ルクシャナは、イライラしていた。
イライラするたびに、長い髪が赤く燃える。
インダストリーは、ケラケラ笑う。
「あっはっは。闘技場のチャンピオンさん、キミが満足できる相手なんて、この魔界広しと言えど、そうはいないんじゃないかなー?」
「フン。せめて、深度2を踏破できるくらいのヤツ用意しなさいよ。それか……」
「それか?」
ルクシャナは、背負っていた大剣を一瞬で抜き、インダストリーに突きつける。
「あんたが相手してくれる、とか」
「こっわ。あはは、魔王であるボクが直接戦うわけにはいかないでしょー?」
「フン。魔王ヘスティアのとこのプロクネ-みたいな、強いヤツとヤリたいわ。あ~退屈」
「あっはっは。ねえルクシャナちゃん、もっと人生楽しみなよ。戦うことだけじゃなくてさ、このエリアにある『アトラクション』に乗ってさ、きゃーっと遊びなよ」
「うっさいわね。とにかく、次の相手用意しなさいよ。それが無理なら、あんたの秘蔵っ子、出しなさいよね」
「シドラ? んー、あの子はまだ若いからねえ」
インダストリーは「あはは」と笑った。
ルクシャナの髪が燃え、プールにあった観葉植物に燃え移る。
「おいおい、ここボクのプライベートルーム。火事は勘弁よ~」
インダストリーが指を鳴らすと、観葉植物が一瞬で凍り付いた。
オーバースキル『氷神』……氷を操るスキルの、究極系。
ルクシャナは髪を揺らして言う。
「フン。悪かったわね、でも……あたしの『炎神』を凍らせることができるだけで、あんたはあたしの『敵』ってこと、忘れないでよね」
「はいはい。あはは……お、噂をすれば」
プールに入って来たのは、どこかオドオドした少女だった。
眼鏡をかけ、チラチラとインダストリーを、そしてルクシャナを見る。
「あ、ぁの……い、インダストリー様」
「なーに?」
「その……お、お仕事の、時間です」
「はいはーい。リラックスの時間はここまで~……ね、シドラちゃん」
「ひっ、あ……はい」
「着替えるから先に行ってていいよ。またねー」
「……は、はい」
シドラと呼ばれた少女は、逃げるように部屋を出て行った。
ルクシャナは首を傾げる。
「あの子、なんであんなビビッてんの?」
「んー? まあ、両親と兄弟、目の前で殺しちゃったからかなあ」
「はあ?」
インダストリーは、あっけらかんと言う。
「あの子、今代の『岩神』の保持者でね、ボクの配下に欲しいから両親とこに貰いに行ったんだけど、拒否られちゃってね。だから殺して、連れてきたんだ」
「……趣味悪いわね」
「あっはっは。でもさあ、ヘスティアも、ロウェルギアも、オーバースキル保持者を自分を入れて三人も確保してる。だったらこっちだって三人欲しいじゃん?」
「……それ、あたし入れてる?」
「もちろん。ふふん、ルクシャナちゃんはボクのお友達~」
「うっざ。ったく、ゲス野郎め」
ルクシャナは吐き捨てるように言い、部屋を出て行った。
インダストリーは、魔王の装束に着替え、もう一度空を見上げる。
空には、『氷神』で作った『楽園』の天井が見える。キラキラと氷の結晶が降り注ぎ、インダストリーの周りを照らした。
「アハッ」
インダストリーは笑う。
そして、自分に言い聞かせるように呟いた。
「楽しく、面白く、ばかばかしく生きたいね。だから、楽しいことしないと」
レムリアの魔王インダストリーは、鼻歌を歌いながらプールを出た。





