レムリアへの道
産業国レムリア。
魔王インダストリーが治める商業、産業の国。
その規模はハイベルク王国に匹敵し、人口は数十万、数百万と言われている。
「ふむ……」
タイクーンは、どこか嫌そうな顔のシンシアを相手に質問を重ねていた。
なぜ嫌そうな顔なのか? 理由は簡単……先ほどからずっと、タイクーンが質問攻めしてくるから。おかげで、レイノルドが近くにいるのに、シンシアは傍に行けない。
現在、レイノルドは大きな欠伸をし、馬車のソファに座って目を閉じている。
「産業、というのは具体的に何を差す?」
「えーと……いろいろだよ。パシフィスから輸入した食材を加工したり、メガラニカで作った魔道具を販売したり、あとは服とか、小物とか……とにかくいろいろ。生活に必要なものは全部、レムリアで買えるよ。本とか、娯楽とかも全部レムリア」
「なるほどな。本……これはぜひ手に入れたい」
カリカリとメモをしながら、タイクーンは次々と質問をする。
いい加減、シンシアは疲れたので言った。
「ねえねえ、ワタシもう疲れたよ~……レムリア、行ったことないけど、楽しいところだって聞いてるよ?」
「うむ……だが、肝心の魔王の情報が『クズ』というのがな……ボクたちは魔王に謁見し、ゲートを開けるキーを手にいれなくちゃいけないんだぞ。ボクらは経験していないが、魔王ヘスティアのように無茶なお題を出さないとも限らない」
「まあそうだけどさ~、とにかく、ワタシはもう疲れたから!!」
シンシアはタイクーンから逃げ、レイノルドの隣に座り、そのまま腕を取って一緒に寝てしまった。
タイクーンは「やれやれ」と呟くと、二階にいたサーシャが降りてきた。
今は鎧を装備しておらず、鎧下だけの姿だ。身体にフィットするデザインなので、ボディラインが強調されているが……タイクーンは全く気にしていない。
「サーシャ、レムリアについてシンシアから聞けるところまで聞いた。どうやら、魔王に謁見する前に、情報収集が必要なようだ」
サーシャはタイクーンの前に座る。
「『魔王印』だったか。それがあれば、すぐにでも謁見できるのでは?」
「その通りだ。だが、慎重に行動するに越したことはない。まずはレムリアの城下町で、魔王インダストリーについてある程度の情報を集めよう。交渉の際に、情報は武器になるからね」
「……わかった。方針については任せよう」
サーシャはソファに深く座り、胸の前で腕組みをする。
大きな胸が持ち上げられ、異性なら視線が釘付けになるところだが、タイクーンは自分で書いた資料を見てブツブツ言うだけだ。
サーシャは言う。
「……失敗はできないな。ハイセたちはヘスティア様との交渉、難題を完璧にクリアして一つ目のキーを手に入れた。私たちも負けていられない」
「その通りだ。残りの鍵は二つ、そして中央平原深度5の先にあるゲートの先……『ネクロファンタジア・マウンテン』の攻略。ククク、実に興味深い」
「お前は変わらず、ブレないな……そういうところが安心できる」
サーシャは苦笑する。
タイクーンはまた何かを考え始めたようなので立ち上がり、寝ているレイノルド、寄り添うシンシアを一瞥し、御者席へ。
御者席では、ロビンが座って手綱を握っていた。が、ウノー、サノーは頭がよく暴走するようなことがないので、特に操縦しているようには見えない。
見張りがメインなのだろうと思い、ロビンの隣に座る。
「あれ、サーシャ、どうしたの?」
「いや、お前に任せっぱなしというのも悪いからな。様子を見に来た」
「ありがと。でも、びっくりするくらい魔獣の気配感じないよ。小鳥とか……あ、見てあそこ」
ロビンが指差した方には、小さな池で水を飲むシカのような動物がいた。体毛が黒く、ツノも枝分かれしていない真っすぐなツノだ。
「あんな動物しかいないから、警戒しなくてもいいレベルだよ。あたし、斥候なのにやりがいないなー」
どこかつまらなそうに言うロビン。
サーシャも周囲の気配を探るが、魔獣などの凶悪な気配は感じない。
「……人間界とはだいぶ違う環境だな。これほどの街道なら、オークやゴブリンの集団が近くの藪に潜んでいるのが当たり前なんだがな」
街道は見通しがよく、馬車四台で並んで走っても広々と使える。
広々として見通しがよく、近くには身を潜める藪や林などもある。盗賊などがいれば間違いなく好スポットとして好まれるだろう。
だが……それらしい気配は感じない。
ロビンは欠伸をし、背伸びをして言う。
「今更だけど、ホントに魔界なんだねー……」
「ああ。こんなに穏やかで、安定した気候で、道も広く魔獣も盗賊の気配もないとは……」
危険な場所は、本当に危険であることは間違いない。
だが、今こうして進む時間は、本当に穏やかで平和な時間だった。
「ね、サーシャ。レムリアではさ、遊ぶ時間とかあるかな?」
「遊ぶ……というか、情報収集してから魔王インダストリーに謁見を申し込むことになるだろう。まずは城下町に行き、そこで宿を取ることになる」
「やった。お金もあるよね、お買い物したいな~」
「ははは、そのくらいの時間はある。そうだな……買い物くらいなら、ピアソラを呼んでもいいか」
「やったあ。じゃあ、久しぶりに三人でお買い物だねっ、しかも魔界で!!」
ロビンは嬉しそうに笑う。サーシャも同じように笑った。
魔界……未知の世界。少しは息抜きをしたり、楽しみを感じることも必要だ。
これから向かう『産業国レムリア』では、何が待っているのか。
「……ロビン。楽しむのはいい」
「警戒を怠るな、でしょ。わかってるって」
一行が向かうのは、産業国レムリア。
魔王インダストリー……果たして、どのような魔王なのか。
「何事もなく、平和的に交渉できればいいが……」
サーシャはそう呟く。
だが、そう簡単に事が進むとも思えないサーシャだった。





