閑話 指輪の中
現在、サーシャ、レイノルド、タイクーン、ロビン、シンシアが、産業国レムリアに出発した。
残りのメンバーはアイテムボックスの中で待機ということになる。
プレセアは、アイテムボックスの中を散歩しつつ言う。
「改めて……ここ、本当に広いわね」
生物収納型アイテムボックス。
本来の用途は、希少な魔獣や動物などを生きたまま捕獲したり、凶悪な犯罪者などを閉じ込め、牢獄などに安全に運ぶためのもの。アイテムボックスそのものが牢獄となる場合もある。
そして、ハイセたちがいるのは、ハイベルグ王族の緊急避難用空間であり、他国へ向かう時などに使う、間違いなく人間界で最高の『安全空間』だ。
レイノルドが、魔界での行動を考え、クレスにお願いして借り受けた物だ。
「まず、憩いの空間……」
アイテムボックスの入口となる指輪は二つ。一つはハイセ、もう一つはサーシャが所有している。
オリハルコンを凝縮した新素材、『超々オリハルコン』製なので、ハイセの銃弾でも傷が付きにくいもので、破壊は困難な素材だ。
そして、収納されるとまず、憩いの空間である『リビングルーム』へと転送される。
「まるで、高級ホテルのロビーみたいね」
広さは、王城のエントランスホールに匹敵する。
シャンデリアや高級ソファ、バーカウンターや簡易図書などがあり、各々が好きな時間を過ごせるだろう。
現在は、待機メンバーであるエアリアが、横長のソファに寝転んでいびきをかいていた。
そして、リビングルームからいくつかあるドアの一つを開けると、そこには長く伸びる通路があった。
通路の両サイドにはドアがあり、それぞれが個室となっている。
「全員分の個室……すごく広い」
賓客なども避難、移動するために必要なのだろう。
客室や、会議室、図書室、遊技場など、生活に必要な部屋がいくつもある。
プレセアは、通路の奥にあるドアを開け、さらに先へ進む。
「お風呂、ね……」
奥には、風呂やトイレ、キッチンなどの部屋がある。
風呂から聞こえるのは鼻歌……どうやらピアソラが入浴を楽しんでいるようだ。
ちなみにここの風呂は、小さな池ほどの広さ。二十人が同時に入ってもまるで意に介さない広さだ。
「入水、排水も全部異空間で処理してるのね。これだけの水を魔力で生み出すの、どれくらいの魔力が必要なのかしら」
ちなみに、ハイベルグ王宮魔法師総勢四百名が、この指輪を作るのに十年かけて魔力を込めたので、日常的に使用するならば八百年ほどは魔力を気にせずに使用できる。
生物収納用で、さらに生活空間として使用する場合のアイテムボックスには、定期的な魔力補充が必要になるのである。
「さて、次は……」
次のドアを開けて奥へ進むと、この先にあるドアは全て大きな観音開きだ。
そのうちの一つを開けると、立派な図書室があった。
室内では、眼鏡をかけたエクリプスが、膨大な資料を重ねて何かを書き、ブツブツ言いながら手に魔力を集め、何かを構築している……新しい魔法を考えているようだ。
邪魔をすることなく、プレセアは静かにドアを閉める。
「あら、この声……」
別のドアを開けると、そこはトレーニング機器が並んでいた。
そして、重そうなバーベルを手にしたヒジリが、短パン、胸にサラシを巻いただけの姿で筋トレをしているようだ。
かなり重そうなバーベルを持ち上げてはいるが、ヒジリは細く筋力があるようには見えない。しなやかな女の身体をしており、同性から見てもスタイルは良かった。
ヒジリはバーベルを置き、鏡の前に立ち、構えを取る。
こちらも、邪魔をするっべきではない。プレセアはゆっくりとドアを閉めた。
「ふふ、みんな各々の時間を過ごしているわ。外では、サーシャたちが次の国に向かっているけど……全員で行動していたら、こういう時間は過ごせないでしょうね。あら……?」
すると、ハイセの腕にしがみついたクレアがいた。
「ねえねえ師匠ぉ~、お腹空きましたあ。ご飯作ってくださいよー」
「なんで俺が。ってかくっつくな……メシは各自でがルールだろうが」
「ううう……わかっていますけど、料理はどうしても苦手で」
「野菜でも齧ってろ。離せ。俺は図書室に行くんだ」
「おねがいしますー!! じゃあじゃあ、料理、教えてくださいー!!」
「……はああ」
ハイセはため息を吐き、キッチンに向かって歩き出す。
クレアは嬉しそうにハイセの腕にしがみつき、これまた無自覚に胸を押し付け、甘えていた。
最近、クレアはさらにスタイルが良くなっている……胸も大きくなり、少女から美女へと変わるのも時間の問題だろう。
「…………まあ、いいけど」
ハイセは、クレアを意識しているのかいないのか。
まだ、『妹みたいな弟子』と見て、甘やかしているところもあるだろう。
プレセアは、そんな二人を見送り、少し考える。
「さて、私の出番はまだ先みたいだし……私もお風呂に行こうかしら」
プレセアは、お風呂に入るべく、来た道を戻るのだった。





