パシフィスの魔王ヘスティア⑨/恋するヒジリ
森の中を走り続け、現れる魔獣をひたすら屠る。
丸一日……ハイセたちは休憩を取らず、戦い続けて進んだ。
道中、エクリプスが回復魔法で身体を癒した。だが、疲労は取れても睡魔だけはどうしようもない。
戦い続けて深夜。クレアが倒れた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「しっかりしなさい、クレア」
エクリプスがクレアを支えるが、顔色が悪く、立つことができないようだ。
ハイセは銃を連射しながらチラッと様子を見て、ヒジリ、シンシアを見る。
「金剛拳・柔式!! 『流転掌』!!」
ヒジリは、金剛石の誇大な『手』を操り、向かって来る魔獣をひたすら受け流す。
シンシアは、何度かアイテムボックスで休憩しているおかげか、顔色も悪くない。
だが、ハイセたちは戦い続けていた。基本的に、サバイバルをするハイセたちはメンバー交代も、アイテムボックス内で休憩することも許されていない。
驚異的な体力を持つヒジリ、ハイセはまだ体力に余裕があるが、クレア、そしてエクリプスは疲労が濃い。エクリプスも体力的にではなく、魔力的に疲労していた。
「ヒジリ!! しばらく身を隠す。エクリプス、煙幕を!! シンシアはクレアを頼む!!」
ハイセの指示に、ヒジリはクレアを見て、エクリプスを見た。
「わかったわ。地下でいい?」
「任せる。エクリプス、煙幕!!」
「ええ、任せて」
「え、え、何すんの?」
クレアを支えるシンシアがキョロキョロするが、ハイセが急接近。シンシア、クレアを担いでヒジリの傍へ。
エクリプスが魔法を発動。周囲が一気に白い煙で包まれる。
「緊急避難!! 『地下シェルター』!!」
ヒジリがそう叫んで両手を地面に叩きつけると、ハイセたちの足元が陥没……そのまま落下した。
◇◇◇◇◇◇
ヒジリの技の一つ、『地下シェルター』は、大地に干渉して土を鉱石化して空洞を作り、地下に空間を作る避難用の技だ。
猪突猛進なヒジリには合わない技だが、もしもの時のためにとガイストが発案……しぶしぶ習得したのだが、役に立った。
現在、地下深くにある金属の空間に、ハイセたちはいた。
ちなみに、空間には無数の換気口があり、地上に繋がっているので窒息することはない。
「とりあえず、ここで今夜は過ごすか」
「ううう……」
疲労の濃いクレア。
ハイセはアイテムボックスからベッドを出し、シンシアに頼んでクレアの鎧を外してもらい、そのまま寝かせた。
すると、すぐに寝息を立て始めるクレア。
クレアから少し離れ、ハイセはエクリプスに言う。
「お前も休め。ベッドを出してやる」
「ええ、そうさせてもらうわ……怪我や疲労は治療できるけど、睡魔や魔力は寝ることでしか回復できないから……」
「ゆっくり休め。お前が倒れでもしたら困るからな。起きたらメシにするぞ」
「ええ、ありがとう」
ハイセはクレアの隣にベッドを出すと、エクリプスはそのままベッドに入り寝てしまった。
そしてシンシア。
「ワタシ、アイテムボックスに入るね。そっちで寝るから……ふぁぁ」
そう言ってアイテムボックスへ。
残ったのはヒジリ、そしてハイセ。
「ヒジリ、お前も寝るか?」
「アタシ、まだ元気よ。むしろお腹減ったわ……お肉ある?」
「ああ。食えるなら食っておけ」
椅子とテーブルを出し、アイテムボックスから焼きたての肉串を大量に出すと、ヒジリは喜んで食べ始めた。
ハイセも椅子に座って食べ始める。
「俺たちがいるのは、深度1……一番安全な地帯でコレかよ。ネクロファンタジア・マウンテンに挑むのはかなり大変だな」
「アタシ、魔界に来て本当によかったわ。こんなにも血沸き肉躍る戦いができるなんてね!!」
「……お前らしいよ」
肉を食べ終え、熱いスープを飲んで口直し。そして食後のお茶を終える。
このまま寝るべきなのだが、ヒジリが言う。
「ね、ハイセ。お風呂入りたい」
「はあ?」
「以前やった樽風呂ある? アタシさ、けっこう汗掻いたし、あのエロ猿に胸触られて気持ち悪いのよ。ねえ、いいでしょ?」
「……まあ、いいけどよ」
ハイセは部屋の隅に樽風呂を出すと、ヒジリが服を脱ぎ始めた。
「お、おい。まだ目隠ししてないぞ」
「別にアタシは気にしないし。アンタにはどうせ全部見せるつもりだからいいわよ」
「何がだよ。ったく……」
ハイセは椅子テーブルに戻り、中央平原の地図を出す。
自分たちの現在位置をチェックし、これまで会った魔界の固有種である魔獣の特徴をメモしたり、記憶した姿をスケッチする。
「ふぁぁ~気持ちいい~……ねえハイセ、アンタも入りなさいよー」
「…………」
ハイセは無視。
思い出すだけで、深度1だけで数十種類の魔獣を見た。
ゴブリン系、オーガ系、トロル系と、人間界で見たことのある魔獣も出た。だが、肌の色や大きさなど、細かい部分が違う。
魔界の環境で進化し、討伐レートも上がった……と、ハイセは推理。
「人間界じゃ見ないサイズの魔獣も多かった。環境による進化か……過酷な環境のせいか」
「なーに難しい顔してんのよ」
と、ヒジリがハイセの隣にいた。
視線を向けると……なんとヒジリは上半身裸で、タオルを首から掛けているだけ。
長いポニーテールも降ろし、下はパンツだけ。
手には果実水の瓶を持ち、ぐびぐびと一気飲みする。
「おま……服くらい着ろ」
「だから、見ていいわよ。ね……アンタさ、アタシのこと、少しでも意識する?」
と、ヒジリは頬を染め、ハイセの腕を取る。
柔らかな胸がハイセの腕に当たる……さすがに、これは意識せざるを得ない。
ハイセは腕を外そうとしたが、ヒジリは『柔』を使い、ハイセの腕を掴んで外さない。
「ね、ハイセ。前に言ったわよね。アタシは恋をして、弱くなったって……でもそうじゃなくて、恋をして強くなったって。あのさ……今日のアンタから見て、アタシはどうだった?」
「…………」
上目遣いでハイセを見るヒジリ。
傍若無人、粗暴で大食らい、戦いしか頭にないS級冒険者序列三位。
以前のハイセだったらそう思った。だが、今のヒジリは、一人の恋をする少女だった。
ハイセはため息を吐き、ヒジリの目を見て言う。
「強くなったよ、お前は」
「ほんと?」
「ああ。昔のお前と今のお前。今のお前のが断然強い」
「じゃあ……アタシのこと、どう思う?」
「……いいと思う。お前は、今のままでもっと強くなれる」
「……女としては、どう?」
頬を染め、ハイセの目をまっすぐ見るヒジリ。
それは、女だった。
ハイセの心臓がドクンと跳ねたような気がした……そして、ヒジリがほぼ裸であることを思いだし、その大きな素肌の胸が視界に入ると、思わず顔を逸らす。
「……意識、してくれてるんだ」
「…………いい加減、離せ。ここは敵地だぞ」
「えへへっ、まあ今日はこれくらいにしておく。ね、ベッド出して。アタシも寝るから」
ヒジリがハイセから離れた。
ハイセは無言でベッドを出すと、ヒジリはダイブ……そのまま寝てしまった。
話し相手がいなくなり、ハイセは椅子に座る。
そして、ついさっきまでヒジリが抱き着いていた腕に触れた。
「……クソ。なんで意識してんだよ、俺は」
ハイセは自分の頬を軽く張り、地図を見た。
「……明日は深度2、灼熱地帯まで行くか」
サバイバルはあと二日。ハイセは椅子にもたれかかり、そのまま目を閉じた。





