パシフィスの魔王ヘスティア⑧/森の脅威
ヒジリが構えを取り走り出し、木々を蹴って一気に枝の上へ。
そして、両腕で枝にぶら下がるウッドモンキーマンに向かって、強烈なハイキックを繰り出した。
「『鉄鋼脚』!!」
足首を鋼で覆った蹴り。
ヒジリの脚力と合わせ、岩石すら容易く砕く一撃が、ウッドモンキーマンの腹に突き刺さる……が、妙な感触だった。
「えっ!?」
『キキキッ』
ウッドモンキーマンの腹に食い込んだ蹴り。だが、柔らかなスライムを蹴ったような感触だった。
ぐにゃんと足が食い込んでいく。妙な感触にヒジリは顔を歪めた瞬間、別のウッドモンキーマンが長い腕を……なんと、さらに伸ばし、ヒジリの身体に巻き付けた。
「うわわっ、なな、なにこれっ!?」
まるでゴム。
さらに、巻き付いた腕、そして手がヒジリの豊満な胸をグニュグニュと揉みしだく。あまりの気持ち悪さにヒジリは顔を青くし、両腕に力を込めて巻き付きを弾き飛ばそうとした……が、腕はゴムのように伸びるばかりで、拘束が外れない。
すると、地上にいたクレアが跳躍した。
「『青の飛翔』!!」
青い闘気を噴射させ、一気に飛び上がる。
そして、ヒジリを拘束しているウッドモンキーマンの腕を、双剣で斬りつける。
「青銀剣、『青の十字斬』──あれっ!?」
だが、闘気を纏ったクレアの十字斬りは、ウッドモンキーマンの腕を両断できない。剣が食い込んで伸びるだけだった。
すると、氷を帯びた矢がヒジリに巻き付いていた腕に触れた瞬間、腕が一気に凍り付く。
シンシアの氷魔法を付与した矢だ。
「ワタシも詳しいことわかんないけど、そいつは全身グニャグニャの猿だよ!! 物理攻撃や斬撃は効きにくいって聞いたことある!! ワタシが魔法で攻撃するから、二人は援護して!!」
氷に驚いたウッドモンキーマンはヒジリを離し、ヒジリは着地。
クレアも着地し双剣を構える。
「コイツ……アタシの胸まさぐったわ。ハイセもまだ触ってないのに」
ヒジリは首をコキコキ鳴らし、構えを取る。
右手を前に、左手を添えるようにした構え。ウィングー流柔拳、『蛇業の構え』である。
クレアは、深呼吸……闘気を落ち着かせ、薄く研ぎ澄ますように双剣へ纏わせる。
薄く、薄く、静かに研ぎ澄まされた闘気の刃が形成される。
「『青闘気剣』……〝姫鶴一文字〟」
極薄の刃を構え、ウッドモンキーマンと対峙する。
二人はやる気だ。シンシアは察し、矢を何本も手にすると魔力を漲らせる。
「ワタシが援護かな……もう、好きにやっちゃって!!」
まず、ヒジリが飛び出した。
ウッドモンキーマンが地を這うように走り出し、ヒジリにゴムのような腕を伸ばしてくる。
ヒジリは伸びた手を交わし、右腕を伸びた腕に絡ませる。
「蛇の型、『大蛇絡』」
『ギッ!?』
ヒジリは、絡ませた右腕に力を込めると、ウッドモンキーマンの肘関節がボグッと音を立て外された。
「骨も関節も皮膚も筋肉も柔らかいけど、関節って可動域がある以上、関節技は有効なようね」
ヒジリはそのままウッドモンキーマンの足を掴み、関節を外す。
両足、両腕、股関節、肩……と、順番に関節を外すと、ウッドモンキーマンは地面に倒れのたうち回る。そして、ヒジリは両手で地面に触れた。
「金剛拳・合掌!! 『拝礼』!!」
地面から金属の巨大な『手』が現れ、倒れているウッドモンキーマンを挟み潰すように合掌。
ウッドモンキーマンはぐにゃりと潰れた。それでは死なない……が、軟体といえど呼吸は必要。心臓も脳も肺も潰れても平気だが、潰れた肺は空気を取り込まず、そのまま窒息した。
両手が離れると、酸欠死したウッドモンキーマンが崩れ落ちた。
「アタシのムネ触った報いよ。このスケベ猿め」
ヒジリは舌を出し、アカンベェした。
そしてクレアは。
「集中……」
向かってくるウッドモンキーマンに対し、全神経を集中。
研ぎ澄まされた青い刃を向け、闘気で強化した肉体で一気に迫る。
そして、ウッドモンキーマンがクレアの射程に入った瞬間、剣を振るう。
「青銀剣、『青龍偃月』!!」
スパン!! と、ウッドモンキーマンが両断……二つに分かれたウッドモンキーマンは即死した。
クレアは息を切らし、大汗を流して膝をつく。
「はぁ、はぁ……できた」
極限まで集中しての、闘気による刀剣強化。
クレアは、サーシャが苦手と言っていた闘気の放出が、自分以上に上手いのを見て、このままではいけないと思い、自分も苦手な強化を訓練した。
そして、集中することで極薄の刃である『姫鶴一文字』を使用できるようになった。実戦での使用は初めてだったが、練習と実戦では大違い……極度の疲労がクレアを襲う。
ヒジリに視線を送ると、すでに別のウッドモンキーマンや、新たに現れた魔獣と戦い始めている。
S級冒険者となったクレア……だが、今のクレアはS級でも下の下の位置。
「私だって……」
「ほら、無理しない」
すると、シンシアがクレアの腕を掴んで立たせた。
そして、ポケットから小瓶を出し、クレアへ渡す。
「強壮剤。飲むと疲労が軽減されるから飲んで。即効性だから効果あるよ」
「シンシアさん……」
「戦い、始まったばかりだから、まだまだ頑張らないとね」
「──……はい!!」
クレアは強壮剤を一気飲みし、双剣を構え魔獣に突っ込んでいった。
◇◇◇◇◇◇
一方、ハイセとエクリプスは。
「……チッ、雑魚ばかり出てきやがる」
ハイセの傍には、ウッドモンキーマンの死骸が山となって積んであった。
ハイセの銃弾、『徹甲弾』の前に、ウッドモンキーマンの柔軟な身体は意味をなさなかった。
そして、エクリプス。
「ふう、なかなか面倒ね……ハイセ、この森の魔獣、全部倒すまで続けるしかない?」
エクリプスの背後には、巨大な『女神の氷像』があった。
禁忌項目の一枚、『氷結世界の女帝』が、エクリプスに接近する全てを、細胞から氷結させる。
細胞から凍り付いたウッドモンキーマン、他の魔獣が、まるで氷の博物館のように、様々な姿勢で凍り付いていた。
エクリプスがウッドモンキーマンを軽く指ではじくと、粉々に砕け散る。
ハイセは、リボルバーに徹甲弾を込めながら言う。
「ヒジリ、シンシア、クレア、エクリプス!! このまま森を抜ける。戦いながら行くぞ!!」
どうやら休むことはできない。
ハイセは叫ぶ。
「最高に楽しくなってきた!! なんかこういうの、スタンピード以来かもっ!!」
「魔獣の強さはそれ以上。ヒジリ、やられんじゃねぇぞ」
「誰に言ってんの!? よっしゃああああ!!」
ヒジリは、ハイセがよく知るヒジリになっていた。
そして、その姿を見てハイセは思う。
そっちの方が、お前らしくていい……と。本人には絶対に言わないであろう言葉だった。
「シンシア、お前もアイテムボックスに入っていい。適度に休憩しつつ戦いに参加してくれ」
「わ、わかったよ!!」
サバイバル一日目は、まだ始まったばかりだった。
※言ってなかった補足。
サーシャとハイセの持っているアイテムボックスの空間は共有されています。一つのアイテムボックスの空間内に対し、指輪の入口が二つあるということです。





