パシフィスの魔王ヘスティア⑦/一日目
中央平原サバイバル、一日目。
ハイセたちは、平原を進んでいた。
「とりあえず……深度5まである中央平原の、深度3くらいまで進んでみるか」
「え」
ハイセが言うと、シンシアが硬直する。
ハイセの腕にくっついていたクレアも、驚いたようにハイセを見た。
「しし、師匠……深度3って、SSSレート超えの魔獣がいるとかなんとか」
「ああ、そう言ったな。でも、『ネクロファンタジア・マウンテン』があるのは深度5だ。いずれ超えるなら、ある程度は進んでおいて、中央平原の情報を集めたい」
「えええ……」
クレアがハイセの腕を掴む力を強くした。
気付いているのだろう。現在、ハイセたちの周囲を探るような『視線』に。
それを感じ、恐怖し、力量を測れるようになっただけでも、クレアは成長している。いずれは立ち向かえるようになれるだろうが、今はまだそこまでじゃない。
むしろ、ハイセは歓迎していた。
「それと、ここらで試しておきたい『兵器』もある。魔界に来てからどうも、『武器マスター』の力が溢れるというか……」
すると、ズシン、ズシン……と、切り立った崖の影から、全長三十メートル以上の『巨人』が現れた。
愕然とするシンシア、クレア。
ヒジリは拳をパンと合わせて笑みを浮かべ、エクリプスは白い本を手元に出す。
だがハイセは二人を手で制した。
「俺にやらせろ」
「はあ? 何よ何よ、アンタ、あんな美味しそうなの独り占めするつもり? アタシ、手ぇ出すからね」
「……今度、一つだけ言うこと聞いてやる」
「え、マジ? なんでも?」
「……まあ、常識的な範囲なら」
「むー……いいわ。今回はゆずる」
ヒジリは腕組みし、ハイセに譲る。
エクリプスは普通に譲るつもりだったが、ヒジリが『今度、一つだけ言うことを聞く』という条件を手に入れたのに対し、ただ譲るだけではもったいないような気がしていた。だが、ここで条件を出せばハイセに嫌われるかもしれないという気持ちも混ざり、どうしようか迷っている。
すると、ハイセが言う。
「エクリプス。今回は譲ってくれ」
「は……はい」
「……今度、メシ奢ってやる。それでいいだろ」
「あ……は、はい!!」
エクリプスは本を消し、ニコニコしながらヒジリの隣へ。
そして、クレアが掴んでいた腕を外す。
「師匠、私には何もないんですか?」
「あると思うか?」
「ひどい!! 私、弟子なのに!! ううう、二人ばっかりずるいです~!!」
「あーもうくっつくな!! あとで菓子くれてやる。それでいいだろ」
「え~? お菓子なんてあるし、師匠と一緒にご飯食べたいです~」
「……それでいい。離れろ」
「はーい」
意外にも常識的なお願いで離れた。
未だに青い顔のシンシアは、ハイセに言う。
「はは、ハイセ、あれ……タイタンオーガだよ!! まずいって、スキル持ちじゃないと相手にできない、魔界でもかなりヤバイ怪物だって!!」
「へえ、じゃあ離れてろ」
「聞いてんの!? ちょ」
すると、エクリプスがシンシアの腕を掴んで引っ張った。
そして口を塞ぎ、ハイセと距離を取る。
「ハイセの邪魔、しちゃダメよ」
「い、いやでも、深度1であんなバケモノ出るなんて思わなかったよ!! タイタンオーガは基本、深度3から深度4を根城にするのが普通で……」
「はいはい。さ、こっちに来て」
岩陰に引っ張られ、四人はハイセの様子をうかがうことにした。
すると、タイタンオーガがハイセに気付き、ギロリと睨みつける。
よく見ると、タイタンオーガを恐れ、決して小型ではない魔獣たちが藪から飛び出し逃げ出していた。かなりの数が近くに潜んでいたのか、人間界では大物に分類される魔獣たちも多くいる。
「……フン」
不思議だった。
魔界に来てから、妙に調子がいい。
戦う機会はほぼないが、『武器マスター』の力が冴え渡っているような気分だった。
今なら、目覚めたが使うことのない『兵器』も、扱えるだろう。
「来い……!!」
ハイセが右手を前に向けると、淡い光が周囲を照らし……巨大な金属の塊が現れた。
「な、なにあれ……」
「鉄の、箱……?」
「師匠の、武器でしたっけ……?」
「…………あれ、どこかで」
ヒジリが首を傾げ、エクリプスが考え込み、クレアはジッと見つめ、シンシアが心当たりのあるような感じで思い出そうとしている。
誰一人、わかる者はいないだろう。
なぜなら、目の前に現れた『鉄の箱』は、かつて『異世界』で開発された、恐るべき『兵器』なのだ。
ハイセは『鉄の箱』に飛び乗り、上部のハッチを開けて中に乗り込む。
「さあ……こいつの力、試してみようか」
M1エイブラムス。
異世界の『兵器』であり、『戦車』と呼ばれた恐るべき鉄の魔物だった。
本来なら、砲手や操縦者など、操作だけで四人は必要ではある。だがハイセが生み出した『兵器』はハイセの意思で全て自動で行動ができる。
戦車は走り出すと、タイタンオーガに向けて主砲を向ける。
「見える見える……さあて、弱点は」
ハイセの目は、今や照準器と一体化していた。
砲身の位置が手に取るようにわかり、砲身をタイタンオーガの弱点に向ける。
『……???』
当のタイタンオーガは、目の前に現れた『動く鉄の箱』が何をしているのか理解できない。
そもそも、敵なのか。
最初にいた小さい何かは敵意を向けていたが、この『鉄の箱』はタイタンオーガがこれまで出会ったいろいろな『敵』に当てはまらない。
ハイセは戦車の中でつぶやく。
「装填。照準合わせ……」
戦車が停止。
そして。
「発射」
轟音が響き、120mm砲が火を噴いた。
タイタンオーガの頭部が爆散し、さらに偶然上空を飛んでいたキングワイバーンを粉々に吹き飛ばした。
想定外の轟音に、四人は驚き、唖然として戦車を見た。
そして、頭部を失ったタイタンオーガがゆっくりと後方へ倒れ、地響きを起こす。
ハイセは戦車を消すと、そのまま地上に着地。
「……人間界じゃ使えないな」
そう呟き、クレアたちの元へ戻るのだった。
◇◇◇◇◇◇
さて、戦車という『恐るべき兵器』を見せつけたハイセだったが。
「なになに今の!! マジですっごい!!」
「……ダメね。私の知識にある防御魔法じゃ絶対に防げないわ。防御魔法は百二十ほど知識にあるけど……どの魔法を組み合わせても防げない。私の最強の防御魔法でも不可能」
「師匠すっごい!! さすが私の師匠ですっ!!」
ヒジリとクレアは興奮、エクリプスも微笑んでいた。
だがシンシアは違った。
「ね、ハイセ……今のって『戦車』だよね」
「……お前、なんで知ってるんだ?」
「それ、見たことある。絵本でだけどね……ノブナガ様の乗ってた『戦車』と似てるような気がしてさ」
「……ノブナガなら知ってるだろうな。もともと戦車は、あいつの故郷の『兵器』だし」
「やっぱり。うわあ~……まさか、実物見れるなんて思わなかったよ~」
シンシアは胸を撫でおろす。
すると、タイタンオーガの死骸に、大型の魔獣が群がって来た。どうやらエサとして認識されてたのか、多くの魔獣が死骸を貪り食っている。
「ちょうどいい。あのエサに魔獣が引き付けられているうちに、奥へ進むか」
「えー? 戦わないの?」
「ヒジリさん。パッと見ても百以上いますよ。しかもみんなでっかい……食べられちゃいますって」
「あ。ハイセ、あっちに森あるよ。ワタシあっち行きたい」
ハイセたちは、大型魔獣を避けて森の方へ向かう。
森に入ると、やはりいた。
「……いるな。森の中は小型の魔獣の巣だ」
「けっこうな数ね……偵察を飛ばすわ」
エクリプスは、黒い本のページを千切って投げる。
「『狼喰らいの狼』……先行し、危険があれば排除しなさい」
『『グルルル』』
「わあ、かわいいですね」
「討伐レートに換算すればSSの魔獣と同じ強さよ。触らない方がいいわ」
「わわわ、やめておきますー」
黒い狼たちは森の奥へ。
ハイセたちも、森に踏み込んだ。
「今日は、ここで休むことになりそうだな」
「し、師匠……こんな、いかにもな森でですか?」
「アタシは大賛成。シンシアは?」
「わ、ワタシは怖いかも……」
すると、エクリプスがピクリと反応する。
「どうした?」
「スコル、ハティの気配が消えたわ。ふふ、なかなか面白い森ね」
エクリプスの手に、いつの間にか灰色のページがあった。
召喚した魔獣が消されると、しばらくは本に戻して魔力を込めないといけないようだ。
すると、近くの木の上に、何かがいた……それは、サルだった。
緑色の、手の長いサル。木にぶらさがり、ハイセたちをジッと見ている。
ヒジリは、指をパキパキ鳴らす。
「ハイセ、今度はアタシがやるからね」
「ああ、任せる」
「わ、私もいますから!!」
クレアも双剣を抜く。
シンシアも深呼吸し、弓を抜いた。
「あれ、ウッドモンキーマンっていう魔獣。森はあいつらの家だよ、気を付けて」
「はん、関係ないわ。アタシがやっつけてやる」
「言っておくけど、強いからね」
「大歓迎。ね、クレア」
「はい!! シンシアさん、援護をお願いします!!」
「わかった。ワタシ、いいとこなしだから、そろそろ魔族の狩人としていろいろ見せちゃうから」
三人はやる気になっている。
ハイセはエクリプスに聞いた。
「お前は?」
「もちろん。援護するわ……ふふ。私の飼い犬を消したおサルさん、許さないから」
「……そ、そうか」
根に持つタイプだったのか……と、ハイセはエクリプスの評価を改めるのだった。





