パシフィスの魔王ヘスティア⑥/中央平原の恐怖
パーティーは、ハイセ、エクリプス、クレア、ヒジリ。そしてシンシアの五人。
ヘスティアは、魔王城の謁見の間で、最終確認をした。
「本日より三日、中央平原で生き延びる。それが最後の試練である。誰も欠けることなく戻ることができれば、ゲートキーをお前たちに渡そう」
「その約束、違えるなよ」
「ふん。魔王の名に懸けてな」
プロクネーが、エクリプスに小さなガラス玉を差し出した。
「全員、これに血を一滴垂らせ。それで『登録』となる」
「登録? 何かしら」
「監視……とは、少し意味が違うが似たようなものだ。これにお前たちの血を垂らすことで『登録』となる。もし誰かひとりでも死ねば、この玉は割れ、お前たちの挑戦は失敗となる。この玉が割れれば、こちらにもしれが伝わると言う仕組みだ。ああ……シンシア、案内人であるお前は除外する」
「は、はい」
ガシュトンの手に、もう一つの玉があった。
言われた通り、全員が指先を切って血を一滴垂らすと、エクリプスの手にある玉、ガシュトンの手にある玉が小さく輝く。
プロクネーは言う。
「信頼していないわけではないが、仮にお前たちの仲間に『変身』をする者がいたとして、お前ら四人のうち誰かが死んだことを隠すために、そいつに変身させる可能性もゼロではない……気分を害したなら謝るが、そういうことだと思ってくれ」
「当然の配慮だな。むしろ、余計な言い訳する必要がないからありがたい」
ハイセが言うと、クレアはエクリプスの手にある玉をまじまじ見る。
ヒジリが、そろそろ我慢できないのか退屈そうに言った。
「ねー、もう話終わった? そろそろ行きたいんだけどー」
「うむ。では、城の裏にあるゲートから進め。ガシュトン、案内をせい」
「はっ、ではお前たち、案内しよう」
ガシュトンに案内され、一行は魔王城の裏にあるゲートへ向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇
中央平原へ続くゲートは、とんでもない高さだった。
「ひょえー……はじめて見た。これが中央平原に続く『中央平原ゲート・イズー』かあ」
シンシアが真上を見るように首を上げる。
それくらい、ゲートは高かった。
ガシュトンが説明する。
「このパシフィスは、魔界中央にある『ネクロファンタジア・マウンテン』の監視をするために、中央平原に最も近くにある国だ。なので、魔獣の危険がないよう、周辺に巨大な壁を作り、魔法で強化し保護している」
「ちなみに、壁のブ厚さは直径四百メートルあるんだよ。なんかもう壁じゃないよね」
シンシアが自慢するように言うと、ヒジリが壁をコンコン叩く。
「なんか大袈裟だけど、それくらい激ヤバな場所なのねー」
「うう、なんか緊張してきました。師匠と一緒にいたいですけど……レイノルドさんみたいな防御役のがいいんじゃないかなーって思います」
「え、レイノルド出てくるの!?」
「駄目だ。すでに『登録』は済ませただろう」
ガシュトンが言うと、クレアとシンシアががっくり肩を落とす。
ハイセは、エクリプスに聞く。
「エクリプス。お前に負担を強いるかもしれないが……」
「気にしないで。それが役目だから」
マジックマスターのエクリプスは、全ての魔法を扱える。
魔法による障壁、怪我の治療、そしてもちろん攻撃。単体攻撃から全体攻撃、味方の補助まで全てをエクリプスは補える。
S級冒険者序列二位『聖典魔卿』エクリプス・ゾロアスターは、むしろワクワクしたように言う。
「ハイセ。あなたにもわかると思うけど……私は強いわ。だから、全力を出す機会があまりなかったの。どんなに高レートの魔獣も、本気を出す前に全て終わってしまう。本当の意味で、私が全力を出したことなんて、数えるほどもない……でも、私はここで、自分の限界を知れるかもしれない。そうすれば、もっともっと強くなれるし、新しい魔法のアイデアも浮かぶかも」
「…………」
「あ……その、ごめんなさい。子供っぽいわよね」
エクリプスは、恥ずかしそうに頬を染める。
だが……ハイセは小さく微笑んで言った。
「そんなことない。むしろ……いいと思うぞ」
「…………っ」
初めてかもしれない。
ハイセが、エクリプスに優しい微笑を向けてくれた。
それが嬉しく、エクリプスの胸の奥から、暖かい気持ちが溢れ出した。
「では、ゲートを解放する」
そんなやり取りを無視し、ガシュトンがゲートに手を振れる。
すると、壁の一部に穴が開き、人が通れる広さの通路となった。
「さあ行け。お前たちがここを通ったら、ゲートを封鎖する。その瞬間より三日間、中央平原で過ごすこと。言っておくが、ゲートの傍で三日間過ごすという情けないことをするなよ」
「あったり前でしょ。舐めないでよね」
ヒジリが飛び出し、クレアも後に続く。
シンシアが恐る恐る進み、ハイセとエクリプスが並んで歩き出した。
そして、ハイセの背中に向けてガシュトンが言う。
「幸運を祈るぞ、ハイセ」
「ありがとよ。土産に、中央平原の魔獣の素材と、食えそうな肉を狩ってくる。戻ってきたら宴会の用意を頼むぜ」
そう言い、ハイセたちはゲートを進む。
「ゲートというか、トンネルだな」
「そうね……それにしても、これが『壁』とは思えないわ」
ゲートを抜けると、通って来た道が消えた。
そして、目の前には広大な景色が広がる。
「あ、あわわ……ついに来ちゃった。中央平原」
シンシアがハイセの傍に来ると、いきなり背中に隠れた。
「お前、何ビビってんだよ」
「いやあ……ウチ、黒棘の村から何度か中央平原行ったけど、深度1のところで引き返してきたのよ。それでも、魔獣の強さホントにヤバイのよ」
「深度? なんですかそれ」
クレアが、シンシアがハイセの背に隠れたのに対抗したのか、ハイセの腕にしがみつく。
ヒジリは先に進みたそうだったが戻って来た。
そして、ハイセは言う。
「……お前、話聞いてなかったのか?」
「えと、あはは」
「なになに。楽しい話?」
「……ハイセ。今更だけど、あなたって本当に苦労していたのね」
「同情ありがとよ」
ハイセは、めんどくさそうに説明した。
「深度ってのは、中央平原のランクみたいなもんだ。深度1がこの辺の平原地帯、深度2が灼熱地帯、深度3が極寒地帯、深度4が凶悪魔獣地帯。そして……ノブナガの設置したネクロファンタジア・マウンテンの入口、『災厄封印ゲート・イゾルデ』のある深度5の地獄地域だ」
「し、師匠……いつの間にそんな知識を」
「プロクネーが飯時に説明しただろ」
ちなみに、食べるのに夢中だったクレア、ヒジリはあまり聞いていなかった。
シンシアは「魔界じゃ三歳児でも知ってる……」と言い、エクリプスはちゃんと聞いていた。ちなみにハイセは、食後にプロクネーに頼み、タイクーンを呼んで質問攻め、途中からヘスティア、ガシュトンも混ざってずっと話をしていた。
「深度1の討伐レートアベレージは平均でSSだ。深度2からはSSSが当たり前だと思え。深度4から5に至っては測定不能……人間界じゃ考えられない魔獣が……」
と、ハイセが言った瞬間、空が暗くなった。
全員が空を見上げると、暗くなった原因……あまりにもデカい『鳥』が、太陽の光を遮って飛んで行ったせいだった。
唖然とするクレア。
「で、でで、でかいですね……なな、なにあれ」
「『キングワイバーン』だね。ウチ、初めてみた」
「ノブナガの日記に、『ジャンボジェット機』っていう空を飛ぶ乗り物があるんだが……それと同じくらいデカいな」
「ん~……あんなのがわんさかいる平原、ゾクゾクするわ!!」
「……私も、ゾクゾクするかも。ふふ……楽しみ」
こうして一行は、三日間のサバイバル生活に挑むのだった。





