パシフィスの魔王ヘスティア⑤/第二、第三の試練
パシフィス王城、最上の間にて。
ハイセ、クレア、ヒジリ、エクリプス。そしてシンシアに魔王ヘスティアの六人は、魔界の絶品料理をこれでもかと堪能していた。
円卓に様々な料理を並べ、立食形式での食事。魔界で客人をもてなす場合はこの形式が普通らしい。
ヒジリは、目の前で焼いてくれる肉をガツガツ食べながら至福の表情を浮かべていた。
「ンまぁぁ~……魔界のお肉ってどれも最高!!」
「農業国パシフィスのお野菜を食べて育った家畜は、栄養価も高くて絶品なんだよ」
「へええ……納得だわ」
シンシアが、ヒジリと並んで肉を食べながら言う。
緊張も和らいだのか、ガチガチだった様子はもうない。
一方、ハイセはヘスティアに酒を出していた。
「んまい!! んん~、人間界の酒は美味いのう」
「……いくらでもある。好きに飲め」
「感謝!! はっはっは、だが試練に手心は加えんからな!!」
「別に期待していない。にしても……ここの野菜、農業国の名に相応しい味だな」
ハイセは、野菜の煮込みを食べながら言う。
ヘスティアは胸を張り、自慢するように言った。
「ふふふん。そうだろうそうだろう? パシフィスの農産物は魔界イチの味!! はっはっは!!」
「確かに美味しいです!! 師匠、こっちの野菜スティック、すっごく美味しいです!!」
コリコリと野菜スティックを齧りながら、クレアとエクリプスが来た。
エクリプスは、野菜スティックを食べながらヘスティアに質問する。
「ねえ魔王様。いくつか質問があるんだけど」
「む、何かな?」
「ゲートキー、それと『ネクロファンタジア・マウンテン』について」
それは、ハイセも聞きたいことだった。
クレアは野菜スティックを完食すると、ヒジリたちの元へ行ってしまった。
「ネクロファンタジア・マウンテンには、最後の災厄が封印されているのよね。どういう山なの?」
「わからん。ノブナガ様が封印し、カギを三国の魔王に、最終封印を自分の子孫に託したことに違いはない。余は……不思議と思う。ノブナガ様は、災厄を完全に滅ぼすことができたんじゃないかと……それでも封印をしたということは、きっと理由があるんじゃないかと」
「……その可能性は否定できないわね。そもそも、三つの鍵、大魔王の承認があれば開く封印なのよね。なんというか……魔王たちが一致団結すれば、簡単に開いちゃうわね」
エクリプスが言うと、ヘスティアも「うむ」と頷く……が。
「だが、イゾルデシステムの最後の鍵、ヒデヨシ様はきっと、封印を開くつもりはない。というか……余もまだ一度しか会ったことがない。魔界最強の魔族であるが、滅多に人前に出ないと聞くぞ。ハイセ、ヒデヨシ様にはどうやって会うつもりだ?」
「手はある。まず……こいつ」
ハイセは自動拳銃をホルスターから抜く。
「『銃』か……ノブナガ様が使用した『神器』なら、ヒデヨシ様も興味を引くかもしれんの」
「それと、これ」
ハイセは、古ぼけた本をヘスティアに見せる。
ヘスティアは首を傾げる。
「ノブナガの日記だ」
「…………へ?」
「子孫なら、気になることもあるだろう。こいつをエサにして……」
「ままま、待て!! のの、ノブナガ様の……にに、日記ぃぃぃ!?」
「ああ。ノブナガと同じ能力を持つ俺が、間違えるわけないだろ」
「だ、第二の試練をここで言う!! その日記、見せろ、見せて!!」
「……第二の試練?」
「うむ!! その日記を見せるのが、第二の試練だ!!」
「…………まあ、いいけど」
ハイセは日記をヘスティアへ渡す。
ヘスティアは奪うように日記を手にすると、ペラペラとページをめくる。
「おおおおおお……」
これまで、ハイセが読んだ内容は他の人間にも見える。だが、余白も多く、唐突に読めるページが増えたりと、得体の知れなさは変わっていない。
ヘスティアは、ノブナガのくだならい内容の文章を食い入るように見て、本を閉じた。
「……間違いなく、ノブナガ様の日記。大魔王城にあるノブナガ様の残した手記と同じ筆跡」
「魔王様のお墨付きか」
「……まさか、こんなものが残っていたとはの。かつで人間界で過ごした様子が書かれておる。それと……この日記、妙な魔法が掛けられているな」
「……唐突に、読めるページが増えたりするのは、そのせいかもな」
「うむ。まあ、問題はないだろう」
本を受け取り、ハイセはアイテムボックスへ。
その様子を、やや名残惜しそうにヘスティアは見ていた。
「こほん。まあ、その本と神器があれば、ヒデヨシ様への謁見も叶うやもしれん。だが……」
「だが?」
ヘスティアは、嫌そうな顔をして言った。
「余はともかく、工業国メガラニカの魔王ロウェルギアは、はっきり言ってクズだ。金銀財宝にしか興味を持たないから、まともに話をしようと思うな。それと産業国レムリアの魔王インダストリーは、魔族を使える馬鹿か、使えない馬鹿のどちらかにしか見ていない。この二人はまあ……クズだ。ゲートキーを手に入れるのは相当苦労するぞ」
「まあ、最悪の場合は殺して奪う。クズならやりやすくていい」
「……えと」
「はは、冗談だ」
ハイセは笑い、ワイングラスを揺らした。
エクリプスもにこやかに頷く。
「魔族は知らないけど……私たち、クズの扱いには慣れているから安心してね」
「う、うむ……」
何がどう大丈夫なのか、ヘスティアは聞く気になれなかった。
◇◇◇◇◇◇
魔王城、最上階にある大浴場。
エクリプス、クレア、ヘスティアの三人は、広々とした湯舟に浸かり、満点の星空を眺めていた。
「はぁぁぁぁぁぁ~……ヘスティアさん、こんなでっかいお風呂、いつも入れるなんていいですねえ」
「ふふん。余の特権のひとつ、満喫するといいぞ」
「はいぃぃ……あぁぁ、ヒジリさん、シンシアさんも来ればいいのに」
ヒジリは満腹になると、そのまま部屋で寝てしまった。
シンシアも風呂に誘ったのだが、「まま、魔王様と一緒のお風呂なんて!!」と高速で首を振って拒否……なので、この三人で入っている。
エクリプスは湯を掬い、腕にかけながら言う。
「魔王様。第三の試練は何かしら」
「む、ここで聞くか。まあ……『中央平原』に出向き、二日間生き残ってもらおうと思っていた。少なくとも、それくらいの強さがないと、ゲートキーなど渡せんからの」
ヘスティアは右の人差し指をピンと立て、お湯を集め小さな水球を作り、クルクル回転させる。
クレアは質問する。
「中央平原……シンシアさんは危険って言ってたけど、そんなに危険なんですか?」
「うむ。そうだな……プロクネーでも、完全装備で三日ほどしか滞在できなかった。それくらい、危険度の高い魔獣が住む」
「……なるほどね。パーティー変更も考えたけど……私、クレア、ハイセ、ヒジリは理想のパーティーかもしれないわね」
「よくわからんが、お前たちは何人いるんだ?」
「十一人です!! えへへ、臨機応変にパーティー変更しながら進んでます!!」
「ほう……それなら、パーティー変更はなし、その四人とシンシアの五人で、二日……いや、三日間生き延び戻って来い。それをクリアしたら、ゲートキーを渡そう」
ヘスティアは立ち上がり、浴槽のふちに座る。
「中央平原の魔獣を決して舐めるでないぞ。言っておくが……お前たちが全滅しようと、余は何もしないし、手を出すつもりもない」
「構わないわ。むしろ、お断りね」
「はい!! ヘスティアさん、私たちの強さ、見てくださいね!!」
クレアがザバッと立ち上がると、形のいい胸が揺れる。
それを見て、エクリプスが気付いた。
「クレア、あなた……胸、大きくなったわね」
「あ、気付きました? その……最近、下着がきつくて。師匠に相談したんですけど、無視されちゃって……」
「ふふ。私が相談に乗るから、そういうことはハイセに言っちゃダメよ」
「はぁい」
「……お前たち、ハイセの女でいいのか? どうもハイセのヤツからは女の匂いがしないの。まだ誰も抱いていないのか?」
「ええ。私としては、いつでもいいんだけれどね」
「ななな、そそそ、しし、師匠とはそういうんじゃありませんっ!!」
こうして、ハイセの知らぬところで、第三の試練が決まり、始まるのだった。





