パシフィスの魔王ヘスティア④/剣神とソードマスター
サーシャ、そしてプロクネーが向かい合う。
ハイセたちは客席に移動。ハイセはクレアに言う。
「よく見ておけよ」
「はい……ううう、私、全然弱いの、あの二人を見るだけで感じちゃいます……」
クレアは、ハイセの腕にしがみつつ肩を落とす。
ヘスティアは「ははは」と笑った。
「ガシュトンが最高の『守り』なら、プロクネーは最強の『攻撃』だ。さてさて……あのサーシャという小娘、どこまでやりあえるか楽しみだ」
ちなみに、ヘスティアの隣には着替えたガシュトンが立っている。
エクリプスは静かに見守り、シンシアはヘスティアをチラチラ見ながら緊張しまくっていた。
そして、サーシャとプロクネーが剣を抜く。
「黒い剣。サーシャは……ん? いつもの剣じゃなくて、『国崩』の方を使うのか」
アズマで手に入れた名刀、『国崩』だ。
斬ることに特化した『刀』という剣。虹色奇跡石で打った名剣はもちろんだが、国崩も同じくらいサーシャにとってなじみ、使いやすい剣だった。
クレアは、サーシャとプロクネーを交互に見ながら言う。
「プロクネーさん、黒いサーシャさんって感じしますね」
黒髪、黒い鎧、黒い剣のプロクネー。
銀髪、白銀鎧、白い拵えの刀を持つサーシャ。
互いに白黒のマントも羽織っており、クレアの言うことも間違っていない。ただ、プロクネーの側頭部にはツノが生えていた。
互いに剣を構えると、純白銀、漆黒の闘気が全身を包み込む。
「黒い闘気……」
エクリプスが言うと、ヘスティアが補足。
「正確には『オーラ』だ。プロクネーのオーバースキル『剣神』は、漆黒のオーラを全身に纏い、強化や攻撃をすることができる」
「それ、私やサーシャさんの『ソードマスター』と同じですねー」
「魔族版の『ソードマスター』か……サーシャにとっては最高の相手かもな」
「ううう、私もちょっとうらやましい……」
「……始まるわよ」
エクリプスが言うと、サーシャとエクリプスが同時に動き出した。
◇◇◇◇◇◇
向かい合い、構えた瞬間にはもう激突していた。
超至近距離での鍔迫り合い。漆黒、純白銀の闘気がチリチリと音を立てて反発しあう。
サーシャは不敵な笑みを浮かべ、プロクネーと剣戟を繰り広げた。
(パワーは、向こうが上……!!)
そう思い、力ではなく速さで連撃を繰り広げる。
プロクネーは軽く舌打ちし思う。
(速度は向こうが上か)
サーシャはプロクネーの剣を受けず、全て躱す。
鍔迫り合いでは負ける。だがプロクネーはサーシャに近づく。
「『黒刃』!!」
「!!」
地を這う、漆黒のオーラによる刃だ。
しかも一撃ではない。サーシャを狙い、何本もの黒い刃が飛んで来る。
サーシャは国崩を真横に一閃。
「『支閃刀』!!」
地を這う刃を、白い闘気の刃が真横に一閃……刃が砕け散った。
だが、プロクネーは自身の刃に触れ、柄下から切っ先まで指でなぞる。
「『黒付加』」
洗練されたオーラを剣に付与し、攻撃力を上昇させる技だ。
それだけではない。噴出していたオーラを留め、身体全体、頭頂部からつま先、指先、神経、血管の隅々にまで行きわたらせ、洗練された全身強化をした。
これにより、パワーだけではない、速度もサーシャをやや上回る。
「っ!!」
「お前にできるか?」
剣戟が再び繰り広げられる。
だが、サーシャを僅かに上回るプロクネーの剣は、徐々に、徐々にサーシャを追い詰める。
マントが切れ、鎧を掠り、剥き出しの皮膚部分に小さな傷が入っていく。
だが……サーシャの顔色は変わらない。怪我をしても、血を流しても、サーシャはまっすぐプロクネーを見て……笑った。
(強い)
これほどの剣士は、クロスファルド以来だった。
クロスファルドは頂点。そこまで目指すのに、切磋琢磨する相手がいなかった。
正直、物足りなさも感じていた。
ハイセ、ヒジリ、エクリプスとはまた違った強さ。同じ《剣士》の位置にいる強さが目の前にあり、サーシャを追い詰める。
それが、サーシャにはたまらなく嬉しく、楽しかった。
そして、サーシャの純白銀の闘気が、さらに輝きを増す。
「──っ!!」
バチン!! と、とんでもない音がした。
なんと、サーシャが国崩の柄を咥え、振り下ろされたプロクネーの剣を両手で受けとめたのだ。
真剣白刃取り。考えてもいない手段に、プロクネーはギョッとする。
「避けられなければ、止めるだけだ!!」
「貴様、そんな手」
「魔界にはないようだな。これも立派な《剣士》の技だ!!」
力ではない、技術。
サーシャは手で挟んだまま刀身を横へ。そこに力は必要なかった。
そして、プロクネーの腹に蹴りを入れて距離を取る。
「クレアほどうまくないが……」
サーシャは、アイテムボックスから愛剣『虹聖剣ナナツサヤ』を取り装備。
「あー!! サーシャさん、それダメですううう!!」
クレアが叫ぶが、聞こえているのかいないのか。
プロクネーは呟く。
「二刀流……!!」
「プロクネー、貴殿の闘気による全身強化は見事……美しさすら感じた。今の私ではそこまでの強化はできない……だったら!!」
双剣を交差させ、サーシャは呼吸を整える。
そして。
「『闘気全開』!!」
実に、プロクネーの十五倍。
恐るべき量の闘気が噴出。その輝きは訓練場を埋め尽くし、サーシャを中心に光の柱のように、闘気が上空へ登って行く。
「な……!? なんて、オーラの量……!? バカな!!」
自分では出せない量。
ハイセたちも唖然とした。すると、アイテムボックスからヒジリが飛び出し、身を乗り出す。
「……くくくっ、なにこれ、マジ?」
「おい、勝手に出てくんな」
「無理。指輪の中からも感じた……サーシャの全力。滾るわ!!」
サーシャは双剣を構え、爆発的速度でプロクネーに迫る。
プロクネーは、顔を歪めて笑った。ここまで楽しい好敵手は初めてだった。
「面白い!!」
光以上の速度で振られる剣は、プロクネーの速度を容易く上回った。
凝縮されたオーラの剣が、サーシャの連撃を受けて砕け散る。
そして、サーシャは全力で剣を振る。
「奥義──『白神剣』!!」
サーシャの渾身の奥義が、プロクネーを両断するのだった。
◇◇◇◇◇◇
戦いが終わり、プロクネーが目を覚ました。
「お前の負けだ、プロクネー」
「……我が主」
身体を起こすと、上半身裸だった。
鎧が砕け、上半身と下半身が両断されたのだ。ヘスティアの治療で身体をくっつけ、命を呼び戻したのだ。
プロクネーは起き、ガシュトンから毛布を受け取ると身体にかけ、ヘスティアに一礼。
そして、なぜかハイセがおぶっているサーシャに言う。
「私の負けだ。ふ……強かったぞ、サーシャ」
「ああ……だが、お前は全力ではなかっただろう。私はもう見ての通り、指一本指動かせない」
限界まで闘気を絞り出したのだ。サーシャはしばらくまともに動けないだろう。
すると、ヒジリがサーシャの尻をべしっと叩く。
「きゃっ!?」
「ピアソラに言っておいたから、アンタはボックスの中でしばらくお休みね。指一本動かせないから世話よろしくって言ったら興奮してたわよ」
「そ、それは嫌だ……うわっ」
ヒジリは、サーシャのアイテムボックスを奪うとサーシャに押し付け収納。指輪をハイセに押し付ける。
「アンタ、マジで強いわね。次はアタシが挑戦するから!!」
「ふふ、いいだろう。というか、誰だ?」
「ヒジリさん、パーティー制度のルール破ってますけど……エクリプスさん、いいんですか?」
「いいんじゃない? 四人行動は変わっていないからね」
「……とにかく。これで俺たちの二勝だ。ヘスティア、次の試練を」
「まあマテ。楽しい余興は終わった。今日はここまでにしよう。今夜は宴を開くから、客人たち、ゆっくりしていくといいぞ」
「宴!! ね、肉出る?」
「当然じゃ」
「やったあ!! というか……私とエクリプスさん、何もしてませんねー」
「活躍の機会はあるわ。ね、ハイセ」
「……知らん」
「そ、それを言うんだったらワタシもだけど。うう、まだ緊張してるう……」
こうして、ハイセたちは第一の試練をクリアしたのだった。





