パシフィスの魔王ヘスティア③/立ちふさがる『鋼神』
一行は、魔王城の裏手にある巨大な訓練場に移動した。
到着するなり、ヘスティアが説明する。
「ここは余を守る騎士や兵たちが訓練する場所での。特殊な魔法加工をしておるから、ちょっとやそっとじゃ壊れることはない」
かなり広い闘技場だった。
エクリプスは周囲を見ただけで気付く。
「あちこちから濃密な魔力を感じるわ。私の魔法でもそう簡単には壊せないわね」
「そうなんですか? よーし、私の双剣で……あう」
クレアを押しのけ、ハイセは言う。
「それで、お前自慢の騎士二人を倒せば、第一の試練はクリアなんだな?」
「うむ。だが、この二人は強いぞ。今代の『オーバースキル』保持者だからの」
「……今代、ね。その言い方だと、オーバースキルってのは同じ能力者はいないんだな」
「うむ。そうか、魔族にとっては常識だが、お前たちは知らんのか。まあ……知られて困ることでもないし、解説してやろうか?」
なぜかウキウキしているように見えるヘスティア。もしかしたら面白がっているのかもしれない。
ハイセとしてはどうでもいいが、サーシャとクレアが興味津々だったので頷いた。
「こほん。人間に『能力』が目覚めるように、魔族には『スキル』が宿る。人間と違うのは、魔族には全員『魔力』が宿り、人間は能力がないと使えない『魔法』を常時使うことができる」
「それは知ってる。なあ」
「えと、私は知らなかったですー」
クレアが「えへへ」と頭を押さえる。
「オーバースキルは、全十二種存在する、スキルの中でも最強の力を持つ力。今代では九つ確認されておる。残り三つ……さてさて、まだ覚醒しておらぬ魔族がいるようだの」
「……残り三つ、名前は?」
「む? 『雷神』に『創神』に『空神』だが。知っておるのか?」
「…………」
イーサン、シムーンのことで間違いないようだ。
ハイセの態度にピンときたのか、ヘスティアが顔を近づけてくる。
「お前、何か知ってるな」
「……まあな。でも、それは今は関係ない」
「……ほほう」
ハイセ、ヘスティアがにらみ合う。
すると、ヘスティアがハイセの右目を見てニヤリと笑う。
「隻眼か。ハイセ、だったか……その目、治してやろうか?」
「あ?」
「『癒神』……余のオーバースキルは、失った部位も治せる。人間の能力とは治癒のレベルが違うぞ。どうする?」
「……はっ」
伸ばされた手を、ハイセは弾く。
「興味ない。それにこの右目は、俺が俺である証みたいなモンだ。治すなんて考えたこともない」
「ほおお……お前、面白いの。興味が出てきたぞ」
再び顔を近づけてくるヘスティアだが、サーシャが咳払いをする。
「こほん!! ヘスティア様……お戯れはそろそろ」
「む? ほほう、そうかそうか……サーシャ、おぬし惚れてるな?」
「なっ……そ、そういうのはいいんです!! と、とにかく……や、やりゅならやりましょう!!」
やや噛んでしまうサーシャ。顔が赤いのは当然だろう。
サーシャの視線はプロクネーへ向く。
黙っていたプロクネーは、その視線を受けニヤリと笑う。
「待て。まずは俺だ」
だが、ハイセが割り込んだ。
「……ハイセ」
「あいつ、さっきから俺のこと睨んでるんでな。俺としてもムカムカしてたんだ」
ハイセを睨んでいたのは、ガシュトン。
二メートル近い身長、鍛え抜かれた全身に、肩が剥き出しの騎士服にマントを装備している。頭には太いツノが二本生えていた。
褐色肌に逆立った短髪で、整えた口髭をした大男が、今にも殺しそうな目でハイセを見ていた。
「お前、俺のこと殺したいようだな」
「……貴様。さっきから聞いていれば、ヘスティア様になんと無礼な」
「悪いな。こういう言い方しかできなくて」
ヘスティアが手を振ると、プロクネーが歩き出し、エクリプスが続き、察したサーシャが首を傾げるクレアと硬直したままのシンシアの背を押し距離を取る。
ハイセ、ガシュトンが距離を取ると、ガシュトンがマントを脱ぎ捨てた。
「まずは見せてやろう。私の力を……!!」
ガシュトンが手を挙げると、訓練場の観客席から大勢の弓士が現れ、一斉に矢を番える。
それはハイセを狙ったものではない。ハイセは腕組みしたまま見ている。
魔王専用の観客席に移動したサーシャたちが驚いていた。
「これほどの弓士、いつの間に……」
「……ただの弓士じゃないわね。全員、魔力を全身に漲らせている」
「それだけじゃないよ。あの弓……ワタシも弓使うからわかる。魔力で全身強化して初めて引ける張力だよ。とんでもない貫通力になるよ!!」
「え、え……まさか、師匠を!?」
クレアがヘスティアを睨むが、プロクネーが言う。
「狙うのはハイセではない。よく見ろ」
「え……」
弓士の数、総勢七十名。
一斉に矢が放たれる。
恐るべき張力の弓から放たれた矢は音速近い速度で飛び、全ての矢が豪雨のようにガシュトンの身体に突き刺さる……が。
「え……?」
クレアが驚いていた。
視認できるかできないかの速度で飛んだ矢が全てガシュトンに突き刺さったはず……なのだが、ガシュトンは無傷で立っていた。
無傷ではない。
ガシュトンの身体が、鋼色に輝いていた。
「これが我がオーバースキル『鋼神』だ。無敵の金属へと全身を変換する。私の身体は、魔族で最も硬い身体!! 貴様の攻撃で果たして傷つくかな?」
「へえ……面白いな、お前」
ハイセは自動拳銃を抜き、クルクル回転させて突きつける。
「お前がどれくらい硬いか知らねぇし興味も……いや、興味はあるな。さあ、すぐに壊れるんじゃねぇぞ」
ハイセ、ガシュトンの戦いが始まった。
◇◇◇◇◇◇
「さあ、好きなだけ攻撃してこい。そしてその全てが無駄とわかった時が……お前の最後だ」
ガシュトンは足を広げて立ち、腕組み……そして全身を鋼色に変えた。
ヘスティアが言う。
「ガシュトンは一対一で戦う場合、最初にアレをやる」
「アレ、とは……?」
サーシャが聞くと、プロクネーが答える。
「ガシュトンは、敵の全ての攻撃を受ける。全ての技、奥義、切札をその身に受け、相手を絶望させたところで一撃を入れて終わらせる……自分の硬さに絶対の自信があるんだろう」
「「「…………」」」
「わわわ、それってヤバイんじゃ……ね、ねえサーシャ、ワタシたちどうする?」
すると、どこか気の毒そうに三人は顔を見合わせた。
「いや……さすがに、それは」
「う~ん……ハイセを舐め過ぎというか、知らなすぎと言うか」
「あの~……師匠相手にそれは最悪だと思いますよ」
「ふむ。ノブナガ様と同じ神器を使うと聞いたが……余らも伝説の神器については書物でしか伝わっておらんから、その力がどれほどの威力なのかよく知らんのだ」
すると、訓練場から銃声が響いてきた。
ハイセが自動拳銃を連射。薬莢が大量に排出され、地面に落ちては粒子となって消える。
だが、チュインチュインと弾丸がガシュトンの身体を弾き、ダメージは全くない。
「へえ、硬いな」
「これが神器の威力か? フン、かゆいな」
「じゃあ……これ」
大口径リボルバーを具現化し、ズドン!! と発砲。
弾丸がバヂン!! と、ガシュトンの額に直撃。ややのけぞったがダメージはない。
「ほう、先ほどより威力があるな。だが、効かんな」
「じゃあ、これ」
コンバットショットガンを具現化し構え、引金を引く。
口紅よりも大きな薬莢が連続で排出され、ショットシェルがボンボンと激しい音を立てながらガシュトンの全身を叩く。
「ぬ、ォォォォォ、っぉぉぉぉぉ!!」
それでも、ガシュトンは倒れない。
前傾姿勢になり、両腕で身体を守っていたが、倒れない。
弾切れになり、銃口を下げると……肩で息をしていたガシュトンが言う。
「フン……この、程度」
「本当にやるなあ……ククク」
ハイセは楽しんでいた。
その様子を見たクレアが言う。
「あの、ヘスティアさん……師匠、メチャクチャ楽しんでます。そろそろ止めないとあの人、ほんとに死んじゃいますよ……」
「はっはっは。待てマテ、余はどうなるか最後まで見てみたい」
「えー……」
「案ずるな。ハイセとてわきまえているだろう。それに、仮に死しても、余の力で蘇生できる」
「う~ん……サーシャさん、いいんですか?」
「……まあ、大丈夫だろう」
ハイセがパチンと指を鳴らすと、背後にミサイルが浮かび上がった。
「こいつは耐えられるかな?」
「……ッ!!」
「どうする? 降参するなら、ここでやめてもいいけど」
「……笑止!! 来い!!」
ガシュトンの輝きが増し、両腕を交差させ地面に踏ん張った。
ハイセは指を鳴らすと、ミサイルが発射される。
「───勝負!!」
ガシュトンとミサイルが正面衝突、爆発が起きるのだった。
◇◇◇◇◇◇
「…………ぐ」
「起きたか」
「……へ、ヘスティア様!?」
ガシュトンは、なぜか横倒しで、毛布を掛けられた状態だった。
ヘスティアが傍にいたことから、回復魔法をかけていたことがわかる。
そして、自分を見下ろすハイセを見て察した。
「……負けた、のか」
「うむ。ハイセの力と正面からぶつかり、お前は爆散した。そして、余が蘇生させたのよ」
「……ヘスティア様」
「よいよい。謝罪も不要、お前はやることをやった。さあさあ、着替えてこい」
「……はい」
ガシュトンは立ち上がり、頭を下げて立ち去ろうとする。
「おい」
だが、ハイセが呼び止めた。
「お前の身体、俺がこれまで相手にした敵の中で、最強の硬度だった」
「…………そう、なのか?」
「ああ」
ハイセは微笑んで言う。
「誇れ、お前は強い」
「……そうか」
こうして、ハイセとガシュトンの戦いは、圧倒的にハイセが勝利するのだった。
新年あけましておめでとうございます。
今年もS級冒険者が歩む道をよろしくお願いいたします。





