パシフィスの魔王ヘスティア②/魔界の王
バイコーン馬車が離陸したのは、王城中庭だった。
敷地が広く、バイコーンが上空から飛来することを考えた設計なのかとハイセは適当に考える。
そして、馬車のドアが開き、執事服を着た魔族の男性が一礼。一番に飛び出そうとするクレアの首根っこを捕まえて言う。
「……俺が先に行く」
「えー、師匠ってばズルいです」
「馬鹿か。罠だったらどうるすんだよ。とにかく、お前は三番目、エクリプスは二番目で、シンシアが四番目。殿はサーシャだ」
「わかった。ハイセ、気を付けろ」
「……余計な心配かもしれないけど、警戒は怠らないように」
「ううう、なんかワタシ緊張止まんないかも……」
魔界、そして三つの大国の一つである農業国パシフィス、その王都であり、魔王の居城のど真ん中にいるのだ。敵地と決まったわけではないが、警戒はすべきだろう。
ハイセは腰の銃、そして鞘にしまってあるリネットの作ったナイフの位置を確認し、馬車から降りた。
「…………」
ハイベルク王国の中央広場と同じくらいの広さ。
魔族が二十名以上、半数が執事服とメイド服で、残りは軽装だが威圧感のある兵士……ハイセにはわからないだろうが、全員が濃密な魔力を纏っており、戦闘に特化している。
すると、この中で一番濃密な圧を感じる、魔族の女性が近付いてきた。
「人間界の客人よ。そう警戒しないで欲しい……私たちは、あなたたちの話を聞きたいだけだ」
「……それは光栄、って言えばいいのか?」
どこか、サーシャと似ていた。
漆黒の鎧、腰に剣、長い白髪。言い方を悪くすれば『色違いのサーシャ』に見えなくもない。
馬車から全員が降りて来ると、シンシアがビクッと震えた。
「へ、へへ、ヘスティア様の両翼が一人、『剣神』のプロクネー様!! わあああ!! ま、間近で見ちゃった、見ちゃったよおおおお!! ……はっ、も、申し訳ありません!!」
一人興奮し、ハイセたちにジト目で見られ、慌てて謝罪するシンシア。
サーシャが前に出て、プロクネーと呼ばれた剣士に手を差し出す。
「初めまして。人間界より来た冒険者、サーシャだ」
「プロクネーだ。今のご紹介の通り、ヘスティアの片翼だ。あなたたちの案内を任された」
ギュッと握手すると、サーシャは感じた。
(──……強い)
全く同じことを、プロクネーも感じていた。
(……ほう、これは)
同格か、それ以上か。
互いに力量を計り、そっと手を離す。
プロクネーは言う。
「改めて、歓迎しよう。我らが魔王ヘスティア様がお待ちだ」
「……その前に、一つだけ聞かせろ」
「何か?」
「お前たちにとって俺たちは、敵か? それとも味方か?」
ハイセの質問に、プロクネーはハイセをジッと見つめる……すると、漆黒の闘気がプロクネーを包み込んだ。
そして、プロクネーは一瞬で抜刀。ハイセは自動拳銃を抜いたが、サーシャがハイセの前に立ちプロクネーの剣を受け止めた。
純白の闘気、漆黒の闘気が真正面からぶつかり合う。
「──ッ!! 白いオーラ、か」
「し、漆黒の闘気……強いな!!」
バヂン!! と、雷が爆ぜるような音と共に、サーシャとプロクネーの闘気が霧散する。
エクリプスは腕を組んで冷静に、唖然としていたクレアは双剣を抜き、サーシャの隣に立って青銀の闘気を漲らせた。
「ほう、青……まさか、私と同じ『オーバースキル』持ちが二人もいるとは」
「何ですかいきなり!! あなた、や、やるつもりですか!!」
クレアはすぐに気付いた。
桁が違う。
サーシャと模擬訓練を重ね続けたからこそわかる。自分はまだサーシャの足下にも及ばない、サーシャは遥か高みにいる……その高さを、プロクネーからも感じた。
サーシャはクレアの前に立つ。
「……敵ではない、ということか?」
「え? さ、サーシャさん?」
「……ふっ」
プロクネーは剣を収める。
「私の不意打ちでどういう反応をするか見たかった。ふ……そちらの三人は少なくとも、こちらを害することはないし、私の不意打ちの意図を理解してくれた」
「え、え……?」
ポカンとするクレアに、エクリプスが言う。
「つまり、私たちが敵意を持っているなら、あなたの不意打ちに反応して何らかの行動を起こすと考えていたのよ。そして、私とハイセはその意図を一瞬で理解したから動かず、サーシャは私たちの力量を見せようと、あなたと同じ力で剣を受け止めた……つまり、警戒はするが敵意はない、ということね」
「その通りだ。申し訳なかったな、客人」
プロクネーの言葉が、やや砕けたものへ変わった。
サーシャも剣を収めて言う。
「私たちの警戒は理解してもらえたか。同様に、そちらの警戒も理解できた」
ちなみに、シンシアは未だに唖然としていた。
そして、周りにいる魔族の兵士たちは、圧倒的な力に動くこともできなかった。執事、メイドに至っては腰を抜かす者もいた。
プロクネーは言う。
「では、魔王様の元へ案内しよう」
◇◇◇◇◇◇
パシフィス王城。
外観は、ハイベルク王国にある王城とそう変わらない。内部の造りも似たようなものだ。
ハイセ、サーシャ、エクリプス、クレア。そしてシンシアの五人は、プロクネーの案内で城内を進む。
道中、クレアがきょろきょろしながら小声でハイセに言った。
「なんか、悪の居城って感じがしませんね」
「お前、それ絶対に言うなよ」
「あわわ、は、はい」
ややきつめにクレアを睨むと、クレアは慌ててハイセの腕にしがみついた。
サーシャ、エクリプスは常に警戒。シンシアはガチガチに緊張している。ある意味でいつもと変わらないクレアに、ハイセは少しだけ安心もしていた……なので、しがみついても無理にほどくことはない。
そして、城の最奥……謁見の間に到着。
巨大な金属製の扉の前で、プロクネーは言う。
「これより、魔王ヘスティア様への謁見となる。客人たち……魔王ヘスティア様の質問には正直に答えるようお願いをする」
「ああ、わかった」
「それと、魔王様に願いたいことがあるなら、それも正直に。ヘスティア様は、噓を何よりも嫌うからな」
「ああ。注意事項が終わったら、さっさと謁見させてくれ」
ハイセが言うと、プロクネーは笑みを浮かべ、扉に魔力を流す。
すると、巨大な扉が自動で開いた。
プロクネーが先頭へ、ハイセたちが続き……玉座が見えた。
そして、玉座に座っている一人の魔族と、その傍らに佇む騎士服の青年が見えた。
「ヘスティア様。客人を連れて参りました」
「うむ」
魔王ヘスティア。
側頭部に反り返り、枝分かれしたツノが二本生え、褐色肌に真紅の瞳をしていた。
着ている服はだいぶブカブカなのか、胸元が開きすぎたドレス。少し動けば胸がこぼれ落ちてしまいそうだが、気にしている様子はない。
どこか退屈そうに、玉座のひじ掛けで頬杖をつく、外見年齢が十代後半……ハイセたちと同じくらいの少女が座っていた。
プロクネーは玉座の後ろへ移動し、ハイセたちに向き直る。
そして、ヘスティアは笑みを浮かべた。
「遠路はるばる魔界へようこそ、人間の諸君……余はヘスティア。ノブナガの偉大なる子孫である」
ヘスティアは嬉しそうに両手を広げる。
ノブナガの名前が出たことは想定内。ハイセは言う。
「ハイセだ」
「サーシャと申します」
「エクリプス・ゾロアスターよ」
「クレアですっ!! よろしくお願いしますっ!!」
「ししし、しし、シンシアと申します!! その、お、お目にかかれて光栄でっゅ!!」
シンシアが舌を盛大に噛み涙目になっていた。
ヘスティアはニコニコしながら、頬杖をつく。
「して、魔界へはどうやって? そして、何をしに来た?」
いきなり本題だった。
なので、ハイセは言う。
「禁忌六迷宮、『ネクロファンタジア・マウンテン』の攻略をしに来た。こちらへ来た方法は……お前ならわかるか?」
ハイセは右手を向け、自動拳銃を具現化する。
それを見て、ヘスティアの顔色が変わった。
「それは……銃!? 貴様、なぜノブナガ様の扱う『神器』を!?」
「神器ね。まあ、俺がノブナガと同じ能力を持つから、で説明ができるだろ?」
「……馬鹿な」
ヘスティアの目の色が変わった。
ヘスティアは身を乗り出していたが、深呼吸して玉座に座り直す。
「……ネクロファンタジア・マウンテンの攻略。つまり……ノブナガ様と同じ力を持つお前が、ノブナガ様の封じた最後の災厄を打ち滅ぼす、ということか?」
「……あー」
目的はダンジョンの攻略であり、七大災厄はついでだ。
だが、勘違いをしているようなのでハイセは乗ることにした。
「まあ、そういうことだ。それで、お前の持つゲートキーが欲しい」
「…………ふむ」
もしかしたら、すんなりもらえるかも……と、思った時だった。
「ヘスティア様。彼の持つものが『銃』とは限りませぬ。ノブナガ様は銃以外にも、数多の『武器』を具現化し、あらゆる脅威から魔界を守った英雄です。彼にその資質があるかどうか」
「……ちっ」
ハイセは小さく舌打ち。
ヘスティアは「うーん……」と考え込み、指をパチンと鳴らした。
「そなたらの目的はゲートキー、でいいのかの」
「ああ、そうだ」
「貴様が本当にノブナガ様と同じ力を持ち、災厄を打ち滅ぼすなら構わん。だが……そうでもないやつが悪戯に封印を開け、ノブナガ様の封じた災厄をツツいて大変なことになる可能性も否定できん。人間であるお前が、魔界を滅ぼしに来た可能性もゼロではないからの」
「……じゃあ、どうすればいい?」
「ふむ。ならばこうしよう……お前たちに、三つの試練を課す。それをクリアできたら、お前たちを認めよう。魔王ヘスティアの正式な客人として迎えてやるし、ゲートキーもくれてやろう」
そう言い、ハイセたちは顔を見合わせ頷き合う。
「乗った。で、試練は?」
「まずは……プロクネー、ガシュトン」
「「はっ!!」」
「この二人は余の側近。今代の『神剣』と『神鋼』のオーバースキル保持者だ。まずはこの二人を倒してみよ」
「わかった。で……俺が二人を倒せばいいのか?」
ハイセはグレネードランチャー、ショットガンを両手に生み出す。だが、サーシャが前に出た。
「プロクネー、彼女の相手は私がしよう。ハイセ、お前はもう一人を」
「……わかった。それでいいか?」
「構わん。ふふふ、久しぶりに面白くなってきたの」
こうして、魔王ヘスティアの試練が始まるのだった。





