パシフィスの魔王ヘスティア①/王都イーハトーブ
ピアソラと交代したハイセ。
アイテムボックスから出るなり、クレアが腕にしがみついてくる。
「師匠~!!」
「っと……お前なあ」
ベタベタ癖はもう何度言っても治らない。
ハイセは諦め、クレアを腕にくっつけたまま言う。
「ピアソラから大体の話は聞いた。明日、王都イーハトーブに向かうんだな」
「ああ。魔王ヘスティアとの謁見……どうなると思う?」
サーシャも、クレアがベタベタすることに関して何かを言うのはやめた。
ハイセにその気がないこと、クレアはハイセが大好きなので、サーシャとしてももう諦めた。
クレアは、ニコニコしながらハイセの腕に甘えている。
ハイセも気にすることなく言う。
「ゲートキーを手に入れるためには、魔王ヘスティアを納得させないといけないんだよな。カギはやっぱり、ノブナガだろうな……」
「ふむ。七大災厄、最後の一体が封印されている『ネクロファンタジア・マウンテン』か……」
「ねえハイセ。最悪の場合だけど……魔王と戦うのかしら?」
エクリプスが言うと、ハイセは小さく頷いた。
「最悪な場合だけだ。切り抜ける自身はあるが、魔界の秩序や文明を破壊してまで戦うつもりはない」
「……私も賛成だ。だが、ここまできて諦めるつもりもない」
「そうね……ハイセ、サーシャ、魔王との対話、うまく切り抜けるための予測もしないといけないわね」
「ああ。失敗はできない」
するとここで、ハイセの腕にしがみついていたクレアの腹の音が鳴った。
「あう……師匠、お腹すきました」
「お前な……はあ。お前、タイクーンと変われ」
「え、なんでですかあ!?」
「メシ食ったら難しい話をするからだよ。これまでの情報を整理して、魔王ヘスティアとの対話で必要になるかもしれない情報をまとめる作業する。そういうのはタイクーンのが得意だろうが」
「うぐぅ……でもでも、せっかく師匠と魔界を歩けるのにぃ」
クレアはいじいじとハイセに甘えたまま抗議する。
サーシャは苦笑し、クレアの隣に移動して頭をポンと撫でた。
「クレア。甘えるだけじゃダメだぞ。パーティーメンバーとしてここにいたいなら、ちゃんと仕事をしないとな」
「ううう……わかりました」
この日、五人は食事のあと、サーシャの部屋で遅くまで『魔王ヘスティア』について話をするのだった。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
宿から出ると、一台の馬車が止まっていた。
そして、魔族の男性、女性が傍で一礼……サーシャが前に出る。
「貴殿たちは?」
「私たちは、パシフィス王都イーハトーブから来た魔王ヘスティア様の遣いです。人間の皆様を丁重に案内するようにと」
「心遣い、感謝する」
サーシャが頭を下げると、案内の魔族も丁寧に一礼。
エクリプスがこそっとハイセに言う。
「こちらの扱いは普通の賓客と同じように見えるわね」
「ああ。だが、油断するな」
「ええ……あちこちから監視するような魔力を感じるわ」
馬車のドアを男性が開き、女性が御者席に座る。
馬をは、真っ黒な表皮に白いタテガミで、側頭部にツノが生えた馬だった。
クレアが珍しがり、普通に近づいて御者の女性に聞く。
「変わった馬ですねー、魔獣ですか?」
「これはバイコーンという半魔獣ですね。馬と、魔獣の混合生物です」
「へえ、かわいい顔ですね~」
「魔獣の血が入ってるので、寒暖に強く、体力や筋力も普通の馬より遥かに上です。寿命も普通の馬の三倍ほど長いんですよ」
「へええ、あ、私たちも可愛くてデカい犬を連れてますよ!! 今はちょっとお休み中ですけど」
「ふふ、そうなんですね」
「ええ。機会があれば……あいだっ!?」
ハイセが、クレアの頭にデコピンした。
「し、ししょお……何するんですかあ」
「馬鹿かお前は、こっち来い」
「あうう」
サーシャ、エクリプスが馬車に乗り、ハイセはクレアの腕を掴んで中へ。
驚いたことに、馬車の中は広かった。宿屋の部屋一室ほどの広さだ。
テーブルにソファがあり、馬車が走り出してもほぼ揺れない。
「空間歪曲……異空間系の魔法ね」
エクリプスがソファに座り、アイテムボックスから紅茶カップを五つ出す。
サーシャ、シンシアも座り、ハイセが座るとクレアも隣に座って腕を取った。
エクリプスが紅茶を入れると、ハイセは言う。
「お前な……こっちの手札を不用意に晒すな」
「え、どういうことですか?」
「デカい犬。それだけで、こっちに異空間収納ができるアイテムボックスがあるってバレるだろ。こっちは十一人いて、今は四人だけしか出ていないってことも推測できる。こっちの発言で推測できることなんていくらでもある」
「あー……確かにそうかも」
「とにかく、お前は不用意に喋るな」
「はぁい……」
クレアはしゅんとするが、エクリプスの出した紅茶を飲み、お菓子をモグモグ食べると元気になった。そしてサーシャはシンシアを見る。
「シンシア……昨日から口数が少ないが」
「い、いや。ワタシ……思った以上にキンチョーしてるかも。だって、魔王様に会うんだよね」
「そうだが、会ったことはないのか?」
「ななな、ないない、あるわけないし!! ワタシみたいな木っ端の魔族が会えるようなお方じゃないって!!」
ブンブン首を振るシンシア。
昨夜も何度か話題になったが、ハイセは改めて言う。
「シンシア。お前の役目、けっこう重要だぞ」
「う、うん……わかってるよ。人間が無害で大丈夫な人たちって説明するんだよね」
「ああ、最悪の場合が起きたら、とにかくお前は逃げろ」
「うん……」
と、ここでクレアが気付いた。
「あ、あれ? あの、皆さん……なんか、外の様子が変です」
「「「?」」」
クレアに言われ、シンシア以外の三人が窓の外を見ると……景色が高速で動いていた。
ハイセが立ち上がり、窓を開けて外を見ると。
「……マジか」
馬車は、浮いていた。
前を見ると、バイコーンは地上を駆けるのではなく、空中を駆けていた。
まるで空気が足場とでも言うように、空中を馬車が走る。
揺れないわけだった。なぜなら地上を走っていないから。
すると、クレアが身体をねじ込んできた。
「わああ!! すっごーいっ!!」
「おい、危ないだろ」
胸を押し付けてくるクレア。ハイセは離れると、クレアはキャーキャー騒ぎだす。
エクリプスが別の窓から外を見て、シンシアに言う。
「シンシア。あのバイコーンという馬って何なの?」
「バイコーンは空駆ける馬だよ。まあ、希少だしワタシらみたいな平民はあんまり関係ない馬だね。ワタシもバイコーン馬車は初めてだね」
「知っていたなら言いなさい……」
「あはは。ごめんごめん」
呆れるエクリプス。
サーシャも、窓から外を見て言う。
「気持ちいいな……ん? おいハイセ、見てみろ」
「ん……?」
サーシャに言われて窓から外を見る。
今は雲よりやや下を駆けている。そして少し離れた地上を見ると……巨大な城壁に囲まれた『国』が見えた。
「まさか、あれが……」
「見えた? わあ~、久しぶり!! こんな上空から見たの初めて~!!」
すると、今度はシンシアが身体をねじ込んできた。
ハイセは再び窓から離れ、窓から身を乗り出すシンシアに聞く。
「で……あれがそうなのか?」
「うん!! あれがパシフィスの王都イーハトーブだよ!!」
上空なので規模はわからないが、ハイベルク王国並みの大きさがある国だった。
その周囲には水の張った農地があり、シンシア曰く『田園』らしい。魔族の主食である『コメ』の生産を、農業国パシフィスは担っている。
他にも、普通の畑もかなり広く、上空からでも多くの魔族たちが働いているのが見えた。
そして……はるか遠く、黒い雲のかかった巨大山脈が見えた。
「……あれが」
「ネクロファンタジア・マウンテン……」
ハイセ、サーシャが別の窓から見た。
互いに顔を見合わせ、小さく頷く。
「まずは、最初の関門だな」
「ああ、ハイセ……気を抜くなよ」
まもなく、一行は魔界最初の大国へ着陸する。





