ヘルーダにて
一行は、シンシアの案内でヘルーダの宿屋へ。
部屋が二つしかなく、ハイセとレイノルド、ヒジリにシンシアにロビンの三人で一部屋となった。
ちなみに、金はシンシアが出してくれた。
宿に入るなり、女子三人はハイセたちの部屋へ。
「で、これからどーすんの? 観光? 観光しちゃう?」
「アホか」
なぜかウキウキしているヒジリ。隣に来て腕を取るので引き剥がす。
ハイセはシンシアに聞いた。
「なあ、道端で会ったおっさんはともかく……魔族は人間に対し好意的とも敵対的とも言えない。お前の主観じゃない、魔族の目線で見て、人間ってどんな種族なんだ?」
「んー……そうだね」
シンシアはヒジリを見て、レイノルドの隣に移動して腕を取った……どうも積極的なところは見習うべきと思っているのか真似をしている。ヒジリもウンウン頷いていた。
レイノルドは特に何も言わない。ハイセと違うのは、向けられる好意を無下にしないところ。この辺りはプレイボーイ気質だが、魔族ということもありやや戸惑いがあった。
「人間って、魔界の祖ともいえるノブナガ様の種族なんだよね。ワタシはあんまり古いことは知らないけど……人間って魔族と争ったこともあったんでしょ? でもでも、もう遥か昔のことだし、そのこと知ってる魔族ももういない。でも、ノブナガ様が魔界を作ったことだけはみんな強烈に理解してるね。驚くことはあるけど、嫌う魔族なんていなんじゃない?」
「なるほどねー、恐怖、嫌悪って感じじゃなくて、疑い、戸惑いってところかなあ」
ロビンが言うと、シンシアも「たぶんね」と言った。
ヒジリが腕にしがみつき胸を押し当ててくるのを無視し、ハイセは言う。
「あからさまな敵意を向けられないなら堂々としてればいいか。レイノルド、お前はどう思う?」
シンシアを腕にくっつけたレイノルドも頷く。
「だな。門兵とかも敵意っつうよりは戸惑いが多かった気もするし、警戒しすぎて険悪になるのもよろしくない。絡まれない限り、堂々としてればいいと思うぜ」
「よし……じゃあ、これからはそうするか」
「え、じゃあじゃあ、町を歩かない? アタシ、お腹すいたー」
「ワタシも。ね、ご飯いこっ!!」
ハイセ、レイノルドの腕を掴んで引っ張る二人。
「……ハイセ、お前も苦労してたんだな」
「うるせ。ったく……」
そんな四人を、一番年下のロビンは「やれやれ」と見るのだった。
◇◇◇◇◇◇
ヘルーダの町。
当然ながら、歩いているのは魔族ばかり。
だが、獣人のような種族も僅かにいた。
「あれは亜人だね。リザード族とか、スパイダー族とか。ねえレイノルド、人間の国にはいないの?」
「エルフとかサキュバスとかは知ってる。獣人ってのもいるけど、ほとんど見たことないな」
「アタシ、何度か見たことある。獣人って人っぽいけど、尻尾とか耳とかはケモノなのよね。でも亜人はなんか……まんまケモノね。ナーガは下半身だけ蛇だけど」
二足歩行のトカゲが普通に歩いていた。
ふと、ハイセは気付く。
「……けっこう、堂々と歩いても普通なもんだ」
「だから、自意識過剰だって。肌が白くてツノないだけで、人間だってワタシらと同じだよ。人間の国だって、エルフとかサキュバスだっけ? 差別とかある?」
「……いや、ないな」
「そうそう。まあ、本国じゃわかんないけど、この辺じゃ誰も気にしないって。ってわけで、みんなでご飯行こっ!! あ、お金ある?」
「……人間の世界の通貨しかない。質屋とかあるか? 売れるモンがあるなら売ってもいい。シンシア、魔界で高く売れるモンってなんかあるか?」
ハイセが質問すると、シンシアは考え込む。
「魔界の通貨はルピって言うんだ。ワタシ、宿代はみんなの分出したけど、もうすっからかんだよ。売れるのだと……お酒とか? ね、お酒持ってる?」
「ある。人間の国の高級酒なら、パーティー千回分くらいの量があるぞ」
「すっご……じゃ、酒屋行く?」
「おいおいハイセ、酒好きとしてはあんまり売ってほしくねえぞ……」
「腐るほどあるから心配すんな」
というわけで、一行は町で一番の酒屋へ。
店に入ると、酒樽が山のように積まれている店内だ。壁の棚には高級酒がずらりと並び、カウンターには髭の生えた紳士風の魔族が、なぜかグラスを磨いていた。
シンシアを、そしてハイセたちを見て眉を吊り上げる。
「いらっしゃいませ……何か御用で?」
「こんにちは!! あの、お酒売りに来ました。高く買って~!!」
「……はあ」
シンシアの言い方に、店主は「冷やかしか……」みたいな顔をする。
そして、シンシアを押しのけハイセがカウンターへ立つ。
店主は、ハイセを見て首を傾げた。
「失礼。あなたは……魔族? いえ、ダークエルフにしては耳がとがっていませんね。亜人にも見えませんが……」
「俺は人間だ。知ってるか?」
「なんと。初めて見ましたな……そちらの方々も?」
「ああ。金が欲しくてな、手持ちの酒を売りに来た」
「……ふむ。どこから来たのか、なぜ人間がここにいるのか……など、くだらない話は置いておきましょう。人間であるあなたが、手持ちの酒を売りに来た……つまり、人間の世界の酒、ということで?」
「あんた、話がわかるし頭も回る」
ハイセは、アイテムボックスから木箱を出す。
古めかしい、焼き印の押された木箱だった。その木箱を開け、中にある古めかしいワインを出す。
「『ペクスチャルヴァの涙』っていう、人間の世界で九本しかないワインだ。一本白金貨五百七十枚……魔族の値段じゃわからんが、人間の国の王様でも、欲しいからと言って手に入るようなモンじゃない。大昔、こいつを巡って貴族間で戦争もあったくらいの一品だ」
「…………ほう」
後ろで、レイノルドが「あああ……そんなモンがあるならオレが……」と手を伸ばし、ロビンに腕を掴まれている。ヒジリは興味がないのか、大あくびをして「お腹すいたー」と腹をさすっていた。
ハイセは、世界で九本しかないワインをためらうことなく開けた。
「試飲してみるか?」
「……この道、百二十年。お酒にはこだわりがありますよ」
魔族の寿命は約三百年ほど。人生の半分が酒の店主。
磨いていたグラスを差し出すと、ハイセはワインを注いだ。
そして、店主の目が見開かれる。
「……この色」
グラスを揺らして赤ワインの輝きを確かめる……まるで、溶けたルビーのような、淡い極上の輝き。
香りを確かめ、店主は震える。
「……味」
一口飲み、店主は黙りこんで天井を見上げ……静かに、涙を流した。
「わかる。この味を巡って争いになる理由が……これは、危険すぎる」
浸っている店主の前に、ハイセは未開封の木箱を二つカウンターに置いた。
「俺が手に入れたのは三本だけ。こいつを買ってくれ」
「不可能です。これほどのワイン……私の財産、命を持ってしても足りない」
「そこまではいい。開けた一本はあんたにくれてやる。この未開封の一本を、あんたの生活を害しないだけの金額で売ってくれ」
「……残酷なことを言いますな。私に、安く買えと?」
「俺らは今、金が欲しいんだ。このワインも、あんたが買ってくれた方が幸せだと思う。俺からすれば、金を払うだけで手に入る、交渉のための道具にすぎないからな……」
「……わかりました。では、二千万ルピで買わせていただきます。私の老後貯金全てです」
「……全て? いいのか?」
「ええ。まだ酒屋としては現役なので、これから稼ぎますよ」
店主は、店にある巨大な金庫に手をかざすと、蓋が開く。
魔法による鍵を開け、中から二千枚の札束をカウンターへ置いた。
ハイセはワインと金を交換。ヒジリたちに百万ずつ渡し、残りは全てアイテムボックスに入れた。
「感謝する」
「それはこちらのセリフです。ふふ……いい取引ができました」
店主は、開けたワインに魔法をかける。何をしたのかわからないが、シンシアが「保存の魔法だよ」と教えてくれた。どうやら劣化を防ぐ処置のようだ。
店を出て、ハイセは言う。
「資金は手に入った。まずは飯でも食うか」
「やったあ!! 魔界のお肉っ!!」
「あたし、何もしてないけど、お金もらっていいの?」
「気にするな。金は必要だろ」
「ワタシも、こんな大金……」
「宿代、案内代、情報代だ」
「な、なあハイセ。さっきのワイン、あと一本あるよな?」
「ここじゃない酒屋に持ち込んでも、いい値段で売れるだろうな」
こうして、資金をゲットしたハイセたち。
焼肉屋で食事をし、町をぶらりと周り……いつの間にか、魔界の町に馴染んでいた。
人間だからと、特に敵意を向けられるわけでもない。
それがわかっただけでも、魔界の町に滞在する意味はあったとハイセたちは感じるのだった。





