魔界最初の町
ハイセ、レイノルド、ヒジリ、ロビン。そしてシンシアの五人。
グランドッグが引く馬車に乗り、レイノルドが御者を務め走り出す。
向かうは黒棘の村より先の町。魔界で最初の町である……が。
「ね、レイノルドって好きなモノなに?」
「あー……酒は好きだな」
「お酒!! ワタシも大好きだよ~」
「そ、そうか。あ~……今度飲むか?」
「うん!!」
シンシアは、非常に懐いていた……レイノルドに。
ハイセ、ヒジリはそんな二人を馬車の中から見ている。
「一目惚れ。いい感じねー」
「…………」
「ハイセ、せっかくだしさ、アタシとイチャイチャしない?」
「するか。ってかお前、少しは周囲を警戒しろ。ここ、魔界だぞ」
「でもでも、シンシア言ってたじゃん。魔界は中央平原とかじゃないと魔獣なんてほとんど出ないって。動物とかは出るけど、別に気合い入れて戦うようなモンじゃないでしょ」
「…………」
ヒジリがハイセの隣に座り、腕をギュッと掴んでくる。
クレアと違うのは、懐くというよりは色仕掛けのような、甘えるというより媚びているような、そんなくっつき方なのだ。
ハイセは冷たく言う。
「お前……何だか、変わったな」
「は?」
「以前のお前は、もっとギラギラした目で俺を見ていた。今のお前はなんか……女丸出しで気持ち悪い。正直、そんなお前は好きじゃない」
「……は?」
「別に、お前が女になるのはいい。でも、そういう媚びたような姿は、俺の前で見せるな……俺が知るお前の強さが揺らいで見える」
「……なにそれ」
ヒジリはハイセから離れ、強い目で睨む。
「アタシはアンタが好きって言ったじゃん。だから、アンタに見てほしくてこういうことやってんのよ。それが……弱く見えるって?」
「ああ。もっとはっきり言ってやる。色ボケする暇あったら、俺を超える、倒すために何かしたらどうだ? まあ……俺の知るお前なら、策なんか練らず、全力で向かってくるだろうけど」
「……アンタ、アタシが変わったと思う?」
「ああ。お前は、俺を男として見るようになって、弱くなった」
「……マジで言ってんの」
「そうだな」
すると、ヒジリが拳を握り、ハイセを殴ろうとパンチを放つ……が、ハイセはその手を受け止めた。
「アタシが変わったのは恋をしたから。わかる? 好きな男ができれば、女は変わるのよ。弱くなったように見える? そうじゃない、恋をして強くなってんのよ!!」
「…………」
「媚びて悪い? アンタにいい女って思われたいから、一緒にいたいって気持ちが強いから、アンタのこと感じたいから、傍にいたくなるのよ。確かに変わった……以前のアタシなら、こんなこと思わなかった」
ヒジリは、ハイセの手を振りほどく。
「アタシが諦めないうちは、アンタのこと大好きなままだから。いい? アタシは弱くなったんじゃない。女を自覚して、もっともっと強くなってる最中なのよ」
「……そこまで。なんで俺なんかのことが好きなんだよ」
「決まってんでしょ」
ヒジリはハイセの胸倉を掴み、顔を近づける。
「アタシより強くて、真っすぐだから。そんなアンタだから、アタシは好きになったのよ。ハイセ、この気持ちだけはアンタにも否定させないから」
「…………はっ」
ハイセは、胸倉を掴まれたまま、ヒジリの手を掴んだ。
「悪かった。言い方悪かったな……ああ、俺に見る目がなかっただけか」
「…………」
「女の強さか。俺に理解できなくて当然だな……今までの言葉、撤回する」
「……ええ」
「ったく、お前といい、サーシャといい……なんでこんなに強いんだろうな」
ヒジリの手が離れると、そのままハイセの隣に座る。
そして、腕を取り、甘えるようにしがみついた。
「アタシとアンタの戦いはこれから。今はそうじゃなくても、アンタを必ずアタシの虜にしてやるから。覚悟しておきなさいよ」
「……はっ」
もしかしたら、勝てないかもな……と、ヒジリを見て思うハイセだった。
◇◇◇◇◇◇
数時間後、馬車の屋根にいたロビンがレイノルドに言う。
「レイノルド、魔族っぽい人が歩いてるよ」
「お、マジか。なあシンシア……どうする?」
「ん~? 別に素通りでいいんじゃない? この辺、農地だし、農民くらい通るよ」
現在、馬車は細い農道を通っている。
馬車が二台、通れるかくらいの道だ。道の両側には細い川が流れており、水の張った畑が一面に広がっている。
話によると、これは『田園』という、『コメ』という作物を育てる農地のようだ。
前からは、褐色肌にツノの生えた、麦わら帽子をかぶった魔族が歩いて来る。
レイノルドは緊張しつつ手綱を握り、ロビンは屋根の上で弓に手を伸ばしている。
「おじさん、こんにちわー」
するとシンシア、おじさん魔族に普通に挨拶をした。
ギョッとするレイノルド。おじさん魔族はニコッと微笑む。
「こんにちは。お嬢さんと……おお? 肌が白いけど、何の種族だい?」
「あ、オレはその」
「人間だよっ、珍しいでしょ?」
さらにギョッとするレイノルド。おじさん魔族は驚いていた、が。
「ほぉぉ、人間? ノブナガ様と同じ種族かあ。初めて見たねぇ」
「だよね。ワタシも驚きなの。これから町経由して、魔王様のところに行くんだ~」
「はっはっは。パシフィス王都までかあ。なら、町でゆ~っくりしていくといいさ」
「うん!! じゃ、おじさん、気を付けてね~」
レイノルドはペコっと頭を下げ、馬車は走り出す。
冷や汗を流し、レイノルドは大きくため息を吐いた。
「もう、緊張しすぎだって」
「いやお前、いきなり人間とかバラすなよ……!! 本気で寿命縮んだぞ!?」
「そりゃ驚くけど、別に侵略者ってワケじゃないでしょ? 下手にびくびくするより、フツーにしてた方がいいよ? 現に、おじさんだって驚いたけど、それだけだったでしょ?」
「……まあ、確かに」
「ワタシがいるから平気だって。ささ、ロビンも降りて来なよ。町までは一直線だしさ」
「う、うん」
ロビンは馬車の中へ。
そこには、銃を手にしたハイセと、拳を握ったヒジリがいた。
すぐに飛び出せるよう準備をしていたのだろう。
「……シンシアの言う通りかもな」
ハイセはそう言い、銃をホルスターに納める。
ヒジリも、拳を広げ軽く振った。
「堂々と、ね。まあそっちのが楽よね」
「だね……あたし、すっごく汗かいちゃった。ね、シンシア、今日は町に行けるの?」
「うん。最初の町は半日も進めばつくよ。でも、次の町まで何日かかかるね」
こうして、ハイセたちは町へと進んでいく。
◇◇◇◇◇◇
最初の町。名前はヘルーダと言うそうだ。
驚いたことに、町を覆う壁などはない。魔獣が少ないせいなのか開放的だ。
建物の数は多く、黒棘の村よりも規模が広い。
町の入口で、レイノルドは大きく息を吐く。
「ふぅ~……堂々と、と言っても緊張するぜ」
「大丈夫大丈夫。ワタシ、何度かこの町来てるし、門兵とも喋ったことあるから」
「……魔族の案内人ってホントに助かるぜ」
「えへへ、褒められちゃった~♪」
シンシアはレイノルドの腕にしがみつき、嬉しそうに頬ずりした。
そして、町の入口に到着。門兵(当然魔族)が、怪訝そうにレイノルドを見る。
「白い肌、ツノが……ない? なんだお前は?」
「あー……オレはその」
「人間だよ。知ってるでしょ? で、ワタシのフィアンセ!!」
「に、人間? 人間って……どういうことだ!?」
「人間は人間。知らないの? 魔界の英雄、ノブナガ様と同じ種族だよっ」
「いや、それは知ってるが……ど、どこから」
「それはどうでもいいでしょ!! あのね、これから魔王様のところに連れて行くんだから、それとワタシのフィアンセに武器とか向けないでよね!!」
シンシアがレイノルドにギューッと抱き着くと、レイノルドは微妙な顔をする。
「……まあ、魔族のお前が言うなら。いちおう、町長に報告はするぞ」
「うん。ワタシら、町の宿に泊まるから」
「わかった。では、通っていいぞ」
馬車は通過できた。
レイノルドは汗をぬぐう。
「と、通れた……あ~緊張した」
「だから、緊張しすぎだって」
「無理言うなよ。あの門兵、ちゃんと正しい反応だぜ?」
「んふふ。フィアンセって言っちゃった~!! ね、ね、うれしい?」
「……まあ、その言葉のおかげで助かったわけだし、ある意味嬉しいわ」
「えへへ、ねえねえ、お部屋一緒でいいよね?」
「それは無理」
こうして、ハイセたちは最初の町ヘルーダへ、なんとか入ることができたのだった。





