シンシア
念のため……ということで、黒棘の村で十一人全員が出ることはなかった。
宴会は、サーシャたち四人、そしてシンシアの送別会という名目で行われた。
食事、酒は全てアイテムボックスから。二百名分の食事と酒を出したが、サーシャたちが用意した食事と酒の数パーセント以下だったので、特に問題ない。
警戒はされて当然……と、思っていたが。
「酒だ酒!!」「人間界のお酒おいしい~!!」
「すっげぇ、この飯も美味いぜ!!」「ん~最高!!」
「ねえねえ、お肌白いね。触っていい?」「髪の毛キレー」
と……魔族の男女は酒や食事に夢中、子供たちはサーシャの髪色や白い肌を見て近づいてきた。
意外なことに、印象は悪くない。
サーシャとエアリアが子供たちの相手をしているので、タイクーンとプレセアがシンシアと話をする。
「シンシアだったか。キミが、ボクたちの案内をするということで間違いないのか?」
「うん。人間だけでゾロゾロ歩くより、魔族が一人でもいれば違うでしょ。いきなり攻撃されることもないし、交渉とかもワタシが担当するよ」
「心強い。それと、魔界について聞きたいことが山ほどある」
「なーんでも質問してよ。魔王様のところに行くってことは、パシフィスの王都に向かうんだよね?」
「ああ、そのつもりだ」
すると、プレセアがタイクーンを肘で小突く。
「何をする」
「……とりあえず、私からも話をするわ」
タイクーンを放っておけば、興味のあることしか聞かないだろうと話を止めた。
プレセアは、持っていたジョッキを近くのテーブルに置く。
「今、私たちは四人だけど……他にも仲間がいるわ」
「やっぱり? 四人だけじゃないなーとは思ったよ。でも近くに気配もないし、相当な使い手?」
「いいえ。生物収納型のアイテムボックス……って、わかる?」
「アイテムボックス? ああ、魔法空間に収納するやつね。でもそれ、生物とか入れるの?」
「人間界にはあるの。それで、残り七人の仲間がいるわ。いずれ紹介するわね」
「うん。楽しみ~」
シンシアはニコニコしながらエールを飲む。
「っぷはあ!! おいしい!!」
「……一つ、質問していいか? ここは農業国とい聞いたが……農場は外にあるのか?」
「そうだよ。田畑や田園が広がってるよ。でもねえ……収穫の七割は税で獲られちゃうし、生活はけっこう苦しいのよ。しかも、パシフィスにはワタシたちが狩れるような魔獣はそんなにいないしね。『中央平原』にまで行けば狩り放題だけど、命懸けになるし」
「中央平原……なるほど、ネクロファンタジア・マウンテンの周辺には強力な魔獣がいるのか」
「うん。ワタシでも近づけないよ」
シンシアは肩をすくめる。するとプレセアが首を傾げた。
「……でも、魔族ってみんな魔法が使えるんじゃないの? 戦う手段はあるんじゃない?」
「あ~……やっぱ知らないんだ。あのね、魔法を使えるのって、王都のある『魔法学園』でしっかり学んだ人たちだけなんだ。独学でも使えるけど、大した魔法は使えないよ。ワタシはまあ、死んだ両親が氷魔法の上級認定を受けてたからいろいろ教えてもらったけどね」
「……つまり、魔族は人間とは比べ物にならない魔力を持つけど、それを使う手段がほとんどない、ってこと?」
「うん。攻撃魔法とか、回復魔法とか、勝手に教えるのは犯罪なのよ。学校に通わないとね」
「……ふむ。なるほどな。どうりで、この村の人たちからは膨大な魔力を感じるが、どこか荒々しいと感じてしまうわけだ」
「水とか火とか出すくらいしか使わないよ。魔獣も少ないしね。でもでも、教えを受けた魔族の強さは計り知れないよ」
「……身をもって経験しているさ」
かつて、『セイクリッド』は魔族と戦った。
タイクーンはそのことを思いだしつつ言う。
「シンシア。王都で、ボクたち人間は歓迎されるか?」
「うーん……ダークエルフとかリザード族とかいるし、案外普通なんじゃない? でも、肌の白い人種は見たことないし、注目はされるかもねえ」
「……やれやれ。まだ先行きは不安だな」
「ま、ワタシがいるから問題ないって」
シンシアは、タイクーンの背をポンポン叩く。
すると、サーシャが来た。
「タイクーン。明日、パーティーの変更をする予定だが……シンシアに聞くことがあるなら、その都度気になったことを聞くようにしよう。お前の質問を全て答えていたら、数日かかってしまうぞ」
「む……まあ、仕方ない」
「お、パーティー変更? 十一人もいると大変だね」
「……じゃあ、明日はハイセがメンター?」
「ああ。シンシア、王都までどれくらいかかる?」
「そうだね……街を二つ経由してなら、七日くらいかな。乗り物あればもっと早いけど、黒棘の村からは出せないよ」
「安心しろ。私たちの乗り物がある」
「りょーかい。ふふん、冒険たのしみ~!!」
シンシアはエールジョッキを掲げ、グビグビと一気飲みするのだった。
◇◇◇◇◇◇
翌日、サーシャたちは村を出発した。
村から出てしばらく歩き、サーシャは立ち止まる。
「シンシア。パーティー変更をする、ハイセには事情を話したから、あとはハイセにいろいろ教えて行動してくれ」
「はーい」
昨夜、サーシャはハイセには事情を伝えた。
他のメンバーは、交代のたびにシンシアと挨拶することにした。村を出るまでは十一人全員を出すことはしないと決めたのだ。
そして、サーシャは指輪からハイセを召喚。
「わお、黒いね。サーシャと真逆」
「……お前がシンシアか。魔族の、案内人」
「うん。ハイセだよね、よろしく!!」
手を差し出してきたので、ハイセは握手……シンシアはハイセをジーっと見て、首を振った。
「うーん、もうちょいかなあ」
「は?」
「こっちの話!!」
意味不明だった。
そして、ハイセとサーシャは互いの指輪から交代メンバーを召喚、サーシャたちは指輪へ。
「ふいー、外!! アイテムボックスの中、めちゃくちゃ快適!!」
「まさか個室、お風呂とか遊技場とかもあるなんてね。アタシ、アイテムボックスに住んでもいいわ!!」
「立派なバーもあったぜ。いくらかけて作ったんだろうな。と……今回はオレらか」
今回のメンバーは、ハイセ、ロビン、ヒジリ、レイノルド。
目の前にいるシンシアにギョッとする三人だが、ハイセは冷静に言う。
「こいつはシンシア。黒棘の村で仲間になった、魔族の案内人だ」
「シンシアでーす!! 冒険に憧れてる十七歳!! 得意武器は弓で、氷魔法が得意っ!!」
「びっくりした……と、あたしはロビン!! あたしも弓得意なんだ~、よろしくね」
「魔族が仲間とか驚きね。ま、なんでもいいけど。アタシはヒジリ!! 超強い格闘家!!」
ロビン、ヒジリがシンシアと握手。
そして、レイノルドが手を差し出した。
「オレはレイノルド。攻撃より守りが得意な盾士だ。よろしくな」
「…………」
「……あー、聞こえてるか?」
シンシアは、レイノルドを見て動きを止めた。
そして、レイノルドの顔、胸、足までをジーっと見て、ブルリと震える。
差し出された手を両手で取り、ぎゅっと握った。
「……見つけた」
「へ?」
「ワタシ、シンシア!! レイノルド……結婚して!!」
「「「「…………」」」」
きっかり十秒、時間が停止するのだった……そして。
「えと、レイノルド……結婚だって」
ロビンがとりあえず確認する。
レイノルドは唖然としたまま。ヒジリが面白そうなものを見つけたとばかりに言う。
「結婚!! え、なんでなんで。アンタ、一目惚れ!?」
「うん!! 高い身長、鍛え抜かれた身体、そしてイケメン!! ワタシ、レイノルドに恋しちゃった!!」
「恋!! そうねそうね!! 恋ってのは突然くるモンなのよ!! シンシア、アタシ応援する!!」
「ありがとヒジリ!! ね、レイノルド!! ワタシのこと、好き?」
「え、あ、いや。急に言われても、ハイセ」
「こっちに振るな。話かけんな」
ハイセは関わらないことに決めた。
ロビンがキャーキャー言いながら何故か高速でメモを取っていたので言う。
「おいロビン、何メモしてるんだ」
「え、二人の出会いを記録して、あとでみんなに見せようかなーって」
「……とにかく。お前は斥候の役目果たせ。レイノルド、馬車とグランドッグを一台用意。出発するぞ」
「お、おう」
「レイノルド、ワタシもお手伝いするね!!」
「アタシ、アタシは?」
「お前は戦闘準備でもしてろ……ったく」
出発前から、ハイセはくたびれる予感しかしないのだった。





