接待
黒棘の村。
魔族の住む村に入ったサーシャたちは、村長と守衛たちに囲まれ歩いていた。
周囲を見ると、農業で生活しているのがよくわかる。畑で作業をし、木造の家があり、至って普通の農具が家の壁に立てかけてあった。
それらを見て、サーシャは村長に言う。
「農業……で、生活を?」
「他に何があるんだい」
「す、すまないな。魔族の生活についてはわからないことだらけで」
「まあ、そうだろうね。あたしらも、人間なんて存在だけで、どういう生活してるのとかなんて知らないよ。でも……人間が作るメシや酒は美味いって聞いたことがある」
「……料理か。なら、酒だけじゃなく食事も提供しよう。村の人口は?」
「二百人ほどさ。なんだい、宴でも開いてくれるのかい?」
「それもいいな。だが、その前に村中に、私たちに関する情報を話してほしい。敵意はないということを知ってもらうだけでもいい」
「それは、あんたらの目的次第かね……着いたよ」
到着したのは、立派な木造の家だった。
家に入ると、村長がサーシャたちを手で制する。
「待った。うちは土足厳禁……ああ、人間は家の中で靴を脱ぐ文化がないんだね? 靴を脱いで入りな」
「あ、ああ。すまない」
サーシャたちは靴を脱ぎ、家へ入る。守衛たちは玄関で待機するようだ。
そして、居間に案内された。
座布団が出され、部屋の中央には穴が開き、砂が敷き詰められている。そして、天井から紐のようなものが伸び、そこにヤカンが吊るされていた。
どうやら、この砂の上で火を熾すようだ。暖炉とは違う。
「……囲炉裏、だったか」
「ほう、知ってるのかい?」
「ハイセのくれた本に書いてあったな。確か、アズマの古い文化……」
「アズマ。ああ、魔海の近くにある国か。なるほどねえ」
村長は座り、煙管を出して煙草を入れ、指先に火を灯して煙草に火をつけた。
サーシャは、アイテムボックスから酒瓶を数本出し、村長の方へ。
「ほう、綺麗な瓶だね……こんな高級品、見たことないよ」
「早速だが、話を聞いてほしい」
「そうだね。お前たちが来た理由、目的を説明しな」
サーシャは、タイクーンと目配せ。
プレセアは無言で頷き、エアリアは家をキョロキョロ見ていた。
「まず第一に……何度も言うが、私たちに敵意はない。魔族と争うつもりも、魔界をどうこうするつもりもない。そこはしっかり理解してほしい」
「ああ、わかったよ」
「では、私たちの目的を言う。私たちは、禁忌六迷宮を攻略に来た冒険者だ」
ピクリと、村長の眉が動いた。
「禁忌、六迷宮……」
「ああ。工業国メガラニカ、農業国パシフィス、産業国レムリアの中心にある『ネクロファンタジア・マウンテン』を攻略するためにボクたちは来た」
タイクーンが言うと、村長は静かに言う。
「……お前たち、『災厄』に触れるつもりかい?」
「災厄……『七大災厄』のことか。安心して欲しい、ボクたちは人間界に存在した『災厄』を全て葬っている。魔界の災厄も倒してみせよう」
「……なるほどねえ。ああ、お前たちは知らないのかい。大昔に魔海に現れた『災厄』のことを」
「……なんだ、それは?」
タイクーンは首を傾げると、村長は言う。
「初代大魔王ノブナガ様が倒した災厄の一体のことさ。そいつのせいで、魔界の海は長らく『死海』となった……当時の魔族は海に出ることもできなかったそうだ」
「……そうか。七大災厄。五つは人間界に、二つは魔界にあるんだったな。一つは討伐済と聞いたが、まさかここでノブナガの名が出てくるとは」
「……アンタらは知ってるようだね。七大災厄を」
『狂大蛇』ヤマタノオロチ
『暗黒粘液』ショゴス・ノワールウーズ
『狡猾軍勢』マスラオ・ショウジョウ
『蹂躙暴牛』コルナディオ・ミノタウルス
『白帝樹』ガオケレナ
「そして……『汚染毒海』クジャ・ラスラパンネ。魔界の海を荒らしに荒らした、巨大なバケモノクラゲさ。そして、ノブナガ様はたった一人で、魔界の中央に存在する『ネクロファンタジア・マウンテン』に、最後の一体を封じた……と、されている」
「……つまり、どういうことだ?」
「最後の一体が何なのか、アタシらにもわからない。でもね、ノブナガ様が封じたモンを掘り起こして、魔界を危険に晒すような真似はするな……ってことさ」
村長は強い目でサーシャを睨む。
だが、サーシャも引かない。
「最後の一つが何なのか、魔界の連中にもわからないのか」
「そうさ。ノブナガ様はたった一人で山に向かい、七大災厄を封じた……とされている。それが何なのかわかるのは、それこそ魔王様くらいだね」
「なら、魔王に会うしかないな」
「……今までの話、聞いていたのかい?」
「ああ。それが何なのか、確認するまで冒険は終わらない」
「……魔王様が、山に登る許可を出すとでも?」
「話すさ。人間、魔族、こうして面として向かい合って話せるんだ。きっとわかってくれる」
「人間界ならまだしも、魔界が危険になる可能性だってあるんだよ?」
「……魔族に罪はないことは承知している。でも、禁忌六迷宮を踏破するのは、私の……私たちの『道』だから」
サーシャは言う。
村長はサーシャをジッと見て、小さくため息を吐いた。
「何を言っても無駄だね」
「すまない」
「……まあいい」
村長が指を鳴らすと、隣の部屋から中年の魔族が数人出てきた。
サーシャ、プレセアは驚かなかったが、タイクーンは驚いていた。
「い、いつの間に……」
「最初からいたわ」
「ああ。気配を感じなかった……そういう魔法か? だが、存在はそこにあった」
「フン。お前たち、宴の用意しな。食事と酒はこいつらが出す。それと、村中に『人間に害はない』って伝えてきな。あと……シンシアを呼んできな」
「し、シンシアって……オババ、まさか」
「どのみち、関わっちまったんだ。案内の一人でも付けないと、こいつらを見過ごしたってケチ付けられる。だったら、最初から案内人を付けた方がいい」
男たちは出て行った。
サーシャは首を傾げる。
「……シンシア?」
「村一番の器量よし、腕前よし、頭脳よしの狩人さ。今は一人暮らししてる。そいつを案内人に付けてやるよ。連れて行きな」
すると、ドタドタと足音……扉がバンと開いた。
「オババ!! ワタシ、外に出ていいってマジ!?」
灰銀のロングヘア、褐色肌、赤眼、そして魔獣の皮で作ったローブを着た少女だった。
背中には立派な装飾の弓矢を背負い、腰には短剣が二本、交差するようにベルトに差してある。
フィットするズボンを履いているが、右足側は大胆にカットされており、ローブ下はぴっちりしたシャツを着ており、胸の谷間が見えていた。
帽子をかぶっており、そこからツノが飛び出している。かなりオシャレそうな少女だった。
「あ!! 村に来た人間!! わぁ、肌まっしろ、ツノないんだ~」
「あ、あの」
少女……シンシアは、サーシャに接近して顔をジロジロ見る。
すると、村長が持っていた煙管がシンシアの頭をパコンと叩いた。
「あいだっ!?」
「行儀よくしな!! まったくこの子は……とにかく、この子を案内に付ける。あとは好きにしな」
「え、なになに、どゆこと」
「シンシア。お前、前々から村を出て冒険したいって言ったろ? お前ももうじき十八歳。村を出る許可をやろう。この人間たちに同行して、冒険を見届けな」
「え、いいの? しかも人間と一緒に? やったー!!」
これまでの魔族と違う、底抜けに明るい少女だった。
シンシアはくるっと振り返り、サーシャ、タイクーン、プレセア、そしていつの間にかグースカ寝ていたエアリアを見る。
「ワタシ、シンシア!! 黒棘の村の狩人でもうじき十八歳。夢は冒険すること!! ああ、ワタシ種族がどーのこーの言わないから気にしないでね!! ね、ね、人間界にある面白い物なんかある? いろいろ見せてほしいな~」
「えと……さ、サーシャだ」
「タイクーンだ」
「プレセア。ほら、起きなさい」
「んが……んああ、終わった? ふぁぁ……ん? 誰だー?」
エアリアが起き、目元をごしごし擦る。
シンシアは嬉しそうに拳を握り、高々と突き上げた。
「よろしくね、みんな!! ワタシ、めちゃくちゃ強いから安心して冒険できるよ!!」
「「「「…………」」」」
こうして、シンシアが仲間になった。
その前に……まずは宴会、そしてシンシアについての説明を待機組にしなくてはいけないと、サーシャは思うのだった。





