黒棘の村
エアリアは、タイクーンを担いで上空をゆっくり飛び、サーシャは精霊で周囲を索敵しながら進むプレセアを守りながら森を歩いていた。
森を歩きながらサーシャは言う。
「人数が少ないと、やや物足りないな」
「そう? 静かでいいけど」
プレセアは迷うことなく進んでいる。
サーシャは、少し気になって聞いてみた。
「なあ、魔界の精霊はどうなんだ? 以前、闇の精霊がどうとか……」
「闇の精霊、素直でいい子ばかりね。もちろん、他の属性の精霊もいるけど……やっぱり、闇の精霊たちがかなり多いわ」
「そうなのか。問題はあるか?」
「そうね……いつもやってる透明化だけど、ここじゃ完全に姿を消すのは厳しいわね。闇の精霊たちに邪魔されて、こんな風に……」
すると、プレセアが半透明になった。透き通るような、窓ガラス越しに見ているような光景だ。
驚き、プレセアの胸に手を伸ばし人差し指で軽く触れると、間違いなく存在した。
プレセアは胸を押さえてムッとする。
「……エッチ」
「ち、ちが、驚いて確認しただけだ!! お、女同士だしいいだろう別に!!」
「……とにかく、完全には消えないわ。姿を消して魔族に近づくやり方はできないわね」
「そうか。むう……魔族との接触は避けられないことだが、姿を消して近づくという行動は必要になるかもしれん。エクリプスの魔法に姿を消すものがないかどうか、確認しておくか」
話をしていると、タイクーンたちが地上に降りてきた。
「黒棘の森を完璧に把握した。ここから先はボクが先導して構わないか?」
「ああ、任せよう。エアリアも、ご苦労だった」
「気にするなー、あたい、魔界の空を楽しめたぞ。もっともっと飛びたいくらいだ」
胸を張るエアリアに、サーシャは微笑んだ。
◇◇◇◇◇◇
タイクーンを先頭に進むこと半日、なんと正午過ぎに森の入口近くに到着した。
予定では、翌日に準備を整えてから村に向かうつもりだった。
「……ねえ、行けるんじゃない?」
森の入口近くでプレセアは言う。
入口近くから少し先に、木造の壁が見えた。もう五分も歩けば最初の村に入れるだろう。
プレセアはアイテムボックスから伸縮式の望遠鏡を出して村を見ると、村の入口に槍を持った浅黒い肌、角、灰銀髪の男が見えた。
「魔族……シムーンやイーサンは白い肌だしツノもないけど、あれが魔族なのね」
「ふむ……タイクーン、どう思う?」
「ボクは、どうせ接触するなら早い方がいいと思う。まあ、知的好奇心が抑えきれないというのもあるので、参考にしないでくれ」
「あたいはどっちでもいいぞ。魔族って何食べてるのかなー」
サーシャは少し考え……小さく頷いた。
「よし。行こう……いいか、くれぐれも」
「待て。エアリアを除き、好戦的な者はここにはいない。その先は不要だ」
「おい、どーいう意味だ!!」
タイクーンに言われムスッとするエアリア。サーシャ、プレセアは頷く。
エアリアは上空からの索敵という仕事があったのでパーティーメンバーに入れたが、このメンバー三人は『交渉』するための人選と言っても過言ではない。
リーダーであるサーシャに、頭脳明晰で交渉役を担うタイクーン、そして人間だけではなくエルフという種族のプレセアを加えることで、異種族同士手を取り合っていると思わせる布陣。
エアリアはもう役目が終わったので、待機組と交代してもいいのだが。
「ヤダ!! あたい、まだ交代しないからな!!」
と、駄々をこねた。
大人しくする、口を出さないことを条件に、四人で行くことにした。
サーシャは、森の入口で深呼吸する。
「では、行くぞ」
四人は、森から出てゆっくりと歩き出した。
◇◇◇◇◇◇
緊張しないはずがなかった。
SSレートの魔獣と戦う前も、戦術の確認や装備の確認、仲間と気合を入れたりと緊張するが……今回、魔族との接触とは緊張の質が違った。
サーシャは深呼吸し、森を出て村へ歩き出す。
隣にはタイクーン、後ろにはプレセア、エアリア。
タイクーンがいつも通り……に、見える。だが何度も眼鏡の位置を直したりと緊張している。
プレセアも一筋の汗を流し、エアリアは。
「ふぁぁ~」
欠伸をしていた……緊張とは無縁なのだろうか。ある意味でエアリアを抜かずによかったと思うサーシャ。そして、ついに。
「ん?」
魔族の守衛がサーシャたちを見た。
小さい村なのだろう。守衛という割には胸当て、槍しかもっていない。
だが、頭部に生える角、灰銀髪、褐色肌、とがった耳が、これまでに会った魔族を連想させる。
魔族の守衛の目が細くなり、小さく首を傾げていた。
そして、サーシャたちが近づくにつれ、眼を見開き、ギョッとして槍を手にする。
「なっ……」
「は、初めまして」
サーシャがそう言うと、魔族の守衛は槍を向けて叫んだ。
「に、人間……!? 嘘だろ!?」
「敵意はない。我々は、何もしない」
落ち着き、両手を上げ、サーシャは言う。
魔族の守衛も緊張しているのか、槍先が震えていた。
未知の接触……それは、どちらも同じ。
最初に主導権を握ろうと、タイクーンが言う。
「人間を知っているということは、ボクたちが人間界から来たということは理解しているんだな?」
「……人間の技術が、『魔海』を超えたってのか?」
「まかい。察するに、人間界と魔界を隔てている海のことか。魔族も渡る術がないと聞いてはいたが」
カーリープーランのことを出すか一瞬迷うが、タイクーンは言わないことにした。
「ボクたちがここに存在するということを理解したうえで、話をしたい。この村の長に会うことはできるだろうか?」
「……オレの一存じゃあな」
「魔族は理性的と聞いている。槍を向けるが敵意を感じない。魔族に相応しい魔力を持つことは見てわかるが、それをボクたちに向けることもない。あなたも理解してくれたようだな……ボクたちに敵意がないと」
「……よく回る口ね」
プレセアがボソっというのをタイクーンは聞いたが無視。
魔族の守衛を持ち上げるような言い方だが、効果はあったようだ。
槍を降ろし、男は小さく息を吐く。
「村長を呼んでくる。ここから動くなよ。村に入った時点で容赦しねえぞ」
「それでいい。頼む」
サーシャは頭を下げると、魔族の守衛は驚いたように口を開け、そのまま村へ。
タイクーンは言う。
「サーシャ、どうだ?」
「素人だな。魔力に関してはわからんが……槍を持ち上げるより早く、私なら首を落とせた」
「魔力に関しては……正直、驚きだ。あの守衛、ボクよりも魔力量が多い。さすが魔族と言うべきか」
タイクーンは眼鏡をクイッと上げる。もう震えはなかった。
エアリアはプレセアをペシペシ叩き、口を指差す。
「っぷは!! おい、勝手に変なことするな!! 喋れなかったぞ!!」
「ああ、ごめんなさい。あなたが口を挟まないように用心しただけ」
「むー!! このナイチチエルフめ!! 次やったら上空に吹っ飛ばすからな!!」
プレセアが「……ナイチチ?」と眉を顰めると同時に、数名の魔族、老婆の魔族が戻って来た。
村長を呼びに行った守衛の他に数名、槍を持った若い男がいる。
そして、黒いローブ、ジャラジャラしたネックレスを付けた老婆の魔族がサーシャをジッと見た。
「長く生きてるが、人間が黒棘の森から現れるなんて初めてだねぇ……」
「村長とお見受けする。私はサーシャ、見ての通り人間だ。敵意はない。話を聞いてもらえないだろうか」
「ふむ……」
ジロジロと、老婆の魔族はサーシャを、タイクーンを、エアリアを、そしてプレセアを見た。
「……へえ、エルフかい」
「ええ。珍しいかしら」
「そうだねぇ。純粋なエルフを見るのは二百年ぶりだね。もう見ることはないと思っていたよ」
「それで、話は聞いてくれるのかしら」
すると、魔族の守衛たちが槍を構える。
だが、老婆の魔族が手で制した。
「話は聞こう。だが、条件がある」
「……なんだろうか」
サーシャは一筋の汗を流す……この手の『条件』でロクな目にあったことがないからであった。
老婆の魔族は言う。
「人間の国の酒。あるなら恵んでおくれ。できれば、大量にね」
「「「「…………は?」」」」
こうして、サーシャたちは『黒棘の村』へ入ることが許されたのだった。





