黒棘の森
ハイセはエクリプスから離れ、周囲の警戒を続行。
エクリプスは、唇を触りながらポーっとしていた。そして続々と木の幹から仲間たちが飛び出してくる。
どうやら、鏡は樹木に偽装していあるようだ。
全員が転移し、ハイセは言う。
「……ここが魔界か」
「黒い、森……?」
サーシャが剣を構えて言う。
ロビンは周囲を確認し、近くの木に登ろうとした……が。
「わ、なにこの木……棘だらけ。幹も、枝も、葉っぱも!!」
「黒棘、という意味がよくわかりますわね」
「面白い。さてさて……」
タイクーンはナイフを手にし、葉っぱや枝を切り、透明な袋に入れた。
どうやら、未知の植物を採取し、後に研究するようだ。
レイノルドは盾を構えたまま言う。
「……なあ、どうやら魔獣はいねぇようだ。慎重に進んで、広く安全な場所を探そうぜ」
「はいはーい。あたし、先行して調べるね」
「私も行くわ」
「あたい、上空から行くぞっ!!」
ロビンが走り出し、プレセアの姿が消え、エアリアが上空へ。
ハイセたちはゆっくり、警戒をしつつ進む。
「なんか陰気な森ねー……もっとこう、派手に戦いたいわ」
「お前はどこでも変わらないな……ん? エクリプス、どうした?」
「……え? ああ、うん、大丈夫」
ぼんやりしたエクリプスに、サーシャとヒジリが顔を見合わせ首を傾げた。
そして、クレアはハイセに聞く。
「師匠、ここがシムーンちゃんと、イーサンくんの故郷……なんですよね」
「ああ。二人にとっては、いい場所じゃないだろうな」
「そっか……」
故郷と聞き、何か思うことがあったのだろう。
クレアは何も言わず、ハイセの隣を歩き続ける。
すると、ロビンが戻って来た。
「サーシャ、あっちに大きな岩場があったよ。近くに川も流れてるし、休憩するにはいい場所かも」
「よし。ではそこへ向かおう。エクリプス、上空にいるエアリアを呼んでくれ」
「え、ええ」
エクリプスが魔法で小さな光の玉を上空に放つと、エアリアが降下してハイセの隣へ着地。
「空、なんかどんよりジメッとして気持ち悪いぞ。でもでも、小さな村とか、大きな町が見えた!!」
「小さな村、大きな町か。まずは村に行ってみるか? どうする、サーシャ」
「本来なら、住人との接触は避けるべき……と言いたいが、『ネクロファンタジア・マウンテン』を攻略するには魔王に会う必要があるのだろう。まずは小規模な村で、私たち人類をどう思っているか、確かめる必要があるな」
「よし。じゃあまずは……と」
すると、雨が降って来た。
それに、空も曇り、どうやら夜が来るらしい。
レイノルドは空を見上げて言う。
「おいおい。早朝に出てきたってのに、こっちはもう夜なのか? なんか薄暗いと思ったら、日が落ちたばかりみてぇだな」
「起きて早々に野営の支度、ですわね」
ピアソラが肩をすくめる。
近くの岩場まで行くと、プレセアが待っていた。
「来たわね。ちょうど、梯子を掛けたところよ」
岩場地帯。そして小さな川が流れている。
ハシゴというのは、家一軒よりも巨大で平べったい『岩石』の上に登れるように、プレセアが掛けた縄梯子のようだ。
雨が降っているので川の近くは危険だが、この平べったい岩の上なら増水しても平気だろう。
それに、多くの木の枝が空を覆っているので、雨が降っても雨除け代わりになっている。
縄梯子を登り、それぞれが野営の支度を始めた。
「師匠、あんまり眠くないですよー」
「まだ早朝だしな。でも寝ろよ」
「ううー」
テントを作り、ハイセは椅子に座る。
そして、シムーンが入れたコーヒーをアイテムボックスから出し、自分のカップに注ぐ。
クレアが欲しがったのでカップに注いでやると、ヒジリも近づいてきた。
「アタシもちょーだい」
「いいわね。私も」
「あ、オレもくれ」
「ボクも欲しいね」
「……お前ら、俺からたかるんじゃねぇよ」
仕方なく、欲しいという全員にコーヒーを注ぐ。
しばしコーヒーの時間……そして、サーシャが言う。
「さて。我々はいよいよ、魔界にやってきた」
このチームのリーダーはサーシャだ。全員がサーシャの言葉を聞く。
「目的をはっきりさせて確認しておく。まず、ここは『農業国パシフィス』……その名の通り、農業の国だ」
「さっき上空から見たけど、大地がすっごく綺麗に区画割りされてたぞ。あと、人も見えた……魔族だと思うぞ」
エアリアが言うと、サーシャも頷く。
「向かうは、パシフィス王都イーハトーブ。村や町を経由して、私たち人間が王都へ向かっていることを見せよう。敵意は持たず、戦闘は最終手段だ。我々は冒険者であって侵略者じゃない。いいか、間違えるんじゃないぞ」
「はいはーい。戦ってはみたいなー」
ヒジリが言うと、サーシャはムッと睨む。
「イーハトーブで魔王ヘスティアに謁見。ゲートキーだったか? それを借りよう」
「そう簡単に事が進めばいいけどな」
ハイセは思う。
そもそも、禁忌六迷宮最後の一つ『ネクロファンタジア・マウンテン』は、カーリープーラン曰く
『攻略するような場所ではない』そうだ。
『七大厄災』最強にして最後の一体が眠る山。そこに何があるのか、ハイセにも、恐らく魔族にもわからない。
滾る……ハイセは、まだ見ぬ脅威に、心躍らせていた。
目的を確認し、サーシャは少し困ったように言う。
「さて、明日に備えて……と言いたいが、さすがにまだ寝るのは厳しいな。起きて数時間も経過していないぞ」
「雨も降ってますし、こんな森じゃお散歩もできませんしねー。師匠、どうします?」
「明日まで待つしかねぇだろ。幸い、この岩の上は広い。好きに過ごせ」
「ふふ。クレア、眠れないなら魔法で眠らせてあげましょうか?」
「わわっ、こ、怖いから遠慮しますー」
こうして、魔界に到着したはいいが、いきなり野営となるチーム一行なのだった。
◇◇◇◇◇◇
それぞれ、明日まで自由に過ごすことにした。
ハイセは読書。クレアはヒジリとエアリアとロビンの四人で持参したカードゲームを始め、ピアソラはなぜかハイセの近くで読書。
タイクーンは採取した葉っぱを見てニヤニヤし、レイノルドは筋トレ。
プレセアは、両手の平に黒いモヤを集めていた。
「初めまして。私はプレセア……あなたたちが、闇の精霊ね?」
闇の精霊。
人間界にはいない、魔界だけの精霊だ。
魔界では、地水火風光雷氷草の精霊がいる。だが圧倒的に闇の精霊が多い。
プレセアの手で闇のモヤがグネグネ形を変えると、プレセアは微笑んだ。
「ふふ。ありがとう、力を貸してくれるのね」
どうやら、闇の精霊もプレセアを気に入ったようだ。
魔界でも『精霊使役』は問題ないと確認を終えると、岩の下、川の傍で声が聞こえてきた。
それは、ハイセ以外の仲間に付けた精霊からの声。聞こえてきたのは、エクリプスとサーシャ。
プレセアが耳を傾けると……聞こえてきたのは。
『それで、何の用だ、エクリプス』
『その……あなたには言っておく。私……ハイセと、キスをしたわ』
『は?』
「えっ」
驚きしかなかった。
思わずハイセを見るプレセア。だが、ハイセは変わらず読書を続けている。
『その、事故なの……魔界への扉を潜った時、序列順ってことで私が二番目だったでしょ? それでその、着地に失敗して、ハイセの上に落ちちゃって……その、キスしちゃったの』
『……そ、そう、なのか』
『ええ。事故。ハイセも気にしていないし、私はその……嬉しかった。事故でも、触れあえて』
『……そうか』
『あなたには伝えておく。あとで、ハイセに謝るつもりよ』
『………キス』
『甘い味がしたわ。あなたも、事故じゃなく自分の意思でできるといいわね。私も……』
『…………』
プレセアはそれ以上聞かず、ハイセを見た。
「……ん」
「あ、その、なんでもない」
ハイセと目が合い、プレセアは慌てて逸らした。
キス……甘い味。
プレセアは、もう一度ハイセを見ようとしたが、恥ずかしくて見ることができなかった。





