魔界への道
この日は、各々が好きな時間を過ごした。
そして翌日。物資の補給をするために、それぞれが町へ買い出しへ。
ハイセは、サーシャと二人で城下町を歩いていた……意外なことに、ハイセが誘ったのだ。
サーシャは、ドキドキしながら聞く。
「は、ハイセ……わ、私と二人で歩くなんて、どういう了見だ?」
「決まってんだろ。俺とお前が一緒に、何の目的もなく歩けば、間違いなく向こうから接触してくる」
「向こう? あ……」
と、ハイセとサーシャの前から、煙管を咥えて歩く一人の美女がいた。
着物を着て、化粧を施し、アズマの『遊女』になりきっている。
だが、サーシャも気付いた。
「……カーリープーラン」
「ここでは『お松』と呼びな。フフ……久しいねぇ。大活躍しているようじゃないか」
往来のど真ん中で立ち止まる三人。
ハイセは言う。
「準備は?」
「相変わらず話もしないガキだねぇ。付いてきな」
カーリープーランは歩き出した。二人は後を追う。
「……ハイセ。カーリープーランを探していたのか?」
「ああ。やることはやったし、あとは魔界へ行くだけだ。昨日は初日だったから自由行動にしたが……本来の目的は禁忌六迷宮だ。お前、気を抜きすぎだぞ」
「……すまん。さすがに、遊び過ぎた」
サーシャは顔をパンと叩き、『セイクリッド』のリーダーとしての顔になる。
その横顔を見て、ハイセは安心したのか、すぐに前を向いて歩き出した。
◇◇◇◇◇◇
向かったのは、小さな芝居小屋だった。
芝居を見るのが目的ではないのか、座敷ではなく椅子テーブルで、円卓の上には酒や料理が並び、遊女が酌をしたり、舞台の上で踊る遊女を客が眺めている。
なぜか、踊る遊女の着物がはだけたり、色っぽいポーズを取るような踊り方をしていた。
「あたしの店さね。フフ、アズマ人は助兵衛が多くて、こういう店をやるだけで儲かるよ」
「盗賊のくせに」
ハイセが言うと、カーリープーランは「あっはっは」と笑う。
そのまま二階へ向かうと、妙な声が聞こえてきた。
男と女の声。女の声がどこか艶があり、サーシャは顔を赤くする。
「お、おい、ここって……」
「もちろん、売り買いもしてるさ。ああ、遊女たちはサキュバスもいるよ。ふふ、アズマのサキュバスも、なかなかのモンだねぇ」
「~~~……は、破廉恥な」
ハイセは無表情だったが、サーシャは目を閉じ、耳を塞いでいた。
そして、通路の奥にある個室に入る。
応接間なのか、ここだけ雰囲気が違う。ソファにテーブル、シャンデリアに高級カーペット。
カーリープーランはサイドテーブルにあるブランデーの瓶を手にし、グラスに魔法で氷の玉をコトンと落とし、ブランデーを注いだ。
「飲むかい?」
二人は拒否。カーリープーランはグラスを手に、ソファへ座る。
ハイセとサーシャも向かい側に座り、カーリープーランはブランデーを一口飲み、グラスを置いた。
「四日待ちな。これから『ゲート』を開ける作業に入る」
いきなり要件を伝えた。
ハイセは首をかしげる。
「四日?」
「前にも言ったろ。そう簡単に開け閉めできるようなモンじゃないと」
「……」
「魔界への門を開けるタイミングは一任したけど、お前のゴーサインが出て開けるとなると、四日かかるってわけだ。言っておくけど、下準備はすでに終わってる。あとは魔力を注いで門を開くだけ……この作業に四日かかるってわけだ」
「な、なるほど……」
「まあ、観光でもしてな。四日後の早朝に、この店に全員で来な。ああ、十一人がぞろぞろ並んで来ると目立つから、数人ずつ、別な道で来なよ」
「わかった」
カーリープーランはグラスを手に、ブランデーを二口飲む。
「ふう、それと……行きはいいとして、帰りはどうするんだい? あたしらの場合は、再び向こうの『ゲート』に魔力を注げば戻ってこれるけど……この『ゲート』は人間の魔力じゃ反応しないし、魔族を脅して魔力を注がせたとしても、コツを掴まないと数ヶ月はかかるよ?」
「それはなんとかする。というか……もう少しで理解できる気がするんだ」
「理解?」
「ああ。ノブナガが使った魔界への移動手段。俺の『兵器』の力でな」
「ふーん……ぜひ、見てみたいもんだね。それと、忘れるんじゃないよ」
カーリープーランはブランデーを飲み干し、グラスをテーブルに叩き付けるように置いた。
「ハイセ、サーシャ。魔界で、『ネクロファンタジア・マウンテン』で、『魔界にも人間界にもないもの』を持ってくることだ。それがあたしへの報酬であり、リネットとの交換条件だ」
「わ、わかっている」
現在、リネットはまだハイセの弟子という扱いだ。
そのリネットを引き取るため、ハイセとサーシャは『ネクロファンタジア・マウンテン』にあるお宝を、カーリープーランへ渡す必要がある。
「それと、こいつを見な」
カーリープーランは、一枚の地図を取り出した。
巨大な、円形の島だった。
ドーナツのような形をしており、中央に小さな穴が開いている。
ドーナツは、綺麗に三分割された線が引いてあった。
「魔界の地図さ。工業国メガラニカ、農業国パシフィス、産業国レムリアとキレーに三分割されているだろう? そしてこの中央にあるのが、魔界最大の災厄が眠る『ネクロファンタジア・マウンテン』だ。いいかい、ここは魔族の技術の結晶である『災厄封印ゲート・イゾルデシステム』で守られている。入るには、魔王の管理する三つのゲートキーを使い、さらに『大魔王』ヒデヨシの承認がないと開かない」
「……頭の痛くなる話だな」
ハイセが言うと、カーリープーランは鼻で笑う。
だが、サーシャは違った。
「カーリープーラン。まさか……調べてくれたのか? 以前はそんなこと言わなかったぞ?」
「……ヒマだっただけさ。それに、お宝のためなら情報提供くらいするさね」
「そうか。ありがとう」
「……とにかく。お前たちは、三人の魔王からキーをもらい、大魔王ヒデヨシを連れて行かないと挑戦すらできないよ。さてさて、何年かかることやら」
「……半年以内にケリをつける。あまり長く留守にすると、家賃滞納で追い出されるからな」
「は、半年。お前、バカじゃないのかい?」
「その気になれば、爆撃でゲートとやらを破壊して挑んでもいんだがな。魔界にも秩序があるなら、それを乱すようなことはしない。俺は侵略者じゃなく、冒険者だからな」
ソファに深く腰掛け足を組むハイセ。
ゾッとしたカーリープーラン。その気になればハイセは、魔界を破壊する。
が……ハイセは笑った。
「冗談だよ。それに、魔界の文化や生活、技術にも興味はあるからな」
「…………」
やはり、ハイセは敵に回すわけにはいかない……改めて、カーリープーランはそう思うのだった。
◇◇◇◇◇◇
店から出て、二人は歩いていた。
「四日か……時間できたな」
「ふふ。みんな観光したり飲み食いしたりと満喫している。四日なんてすぐだろう」
「……やれやれ」
「ハイセ、お前はどうするんだ?」
「…………」
いつもなら、宿屋で積み本を読みふけったりするだろう。
なんとなくサーシャを見て思う。
「……アズマ。今度はいつ来ることになるかわからないな」
「そうだな。かなり距離があるし……」
「……シムーンとイーサン、リネット、ガイストさん、宿屋の主人。世話になってる人たちに土産でも買うか」
「……そ、そうか」
「お前もどうだ?」
「えっ」
「土産。お前も、クランの連中に土産とか渡さないのか?」
「や、やる。お土産、買うぞ」
「……一緒に行くか?」
「い、いいのか?」
「ああ。お前の意見も聞いてみたい……嫌ならいいが」
「い、行く!! ふふっ、じゃあ今日は買い物の日だな」
サーシャはハイセの手を掴み、嬉しそうに笑う。
そんなサーシャを見てハイセも、思わず苦笑してしまうのだった。





