麗しの舞姫
サーシャは、ピアソラ、ロビン、エアリアの三人に連れられ、城下町を歩いていた。
手ぶらだが、すでに四人は町を満喫……買い物をしたり、食べ歩きをして笑顔いっぱいだ。
エアリアは、お腹を押さえて言う。
「いやー、アズマはご飯も美味しいな。満足満足」
「だね。これから魔界行きだし、エネルギーいっぱい補給できたよ」
ロビンが言うと、エアリアは「だな!!」と笑う。
チーム内でエアリアと一番仲がいいのは、人懐っこい同士のロビンだった。
サーシャはピアソラに言う。
「物資の補給も済ませたし、もう満足しただろう? そろそろ宿に戻って、今後のことも」
「待った!! サーシャ、まだ遊び足りませんわ。せっかくのアズマですのよ? これから過酷な魔界での戦いが始まるし、悔いは残したくありませんわ!!」
「そ、そうか。で……何がしたいんだ?」
「ずばり、アレですわ」
ピアソラがビシッと指差したのは、綺麗な『着物』を着て歩く女性だった。
アズマの文化衣装である『着物』だ。サーシャはやや嫌そうに言う。
「まさか、アレを着る……なんていうんじゃ」
「ええ。サーシャに着せたいですわ」
「わ、私か!? いや……何度もすれ違っているからわかったが、アレはどう見ても鑑賞用だ。日常着にするには動きにくすぎるし、着るのも面倒そうだし、装飾や素材を見ただけで汚したら大変なものだとわかる」
「暴れることを前提としないでくださいな。ただ着て、飾って、鑑賞するためのものですわ。せっかくアズマにいるんだし、アレを着たサーシャを見たいんですの!!」
「……お前は着ないのか?」
「フン。わたくしなんてどうでもいいですわ。大事なのは、サーシャが着ること!!」
顔を近づけられ引くサーシャ。こういう時のピアソラの威圧感は、サーシャですら恐れるほど強い。
ロビンは「まーた始まった」とジト目で、エアリアはどうでもいいのか首をかしげていた。
すると、着物を着た女性が近づいてきた。
「異国のお嬢さんがた、話を聞いちまって申し訳ないねぇ……アズマの『着物』に興味があるのかい?」
四十代半ばほどの女性だった。
だが、着ている着物、化粧のせいなのか、妖艶な熟女としての魅力が半端ではない。手には煙管を持ち、煙をフウッと吐き出す。
ピアソラの目がキラッと光った。
「興味津々!! こちらの銀髪美女に似合う着物を探していますの!!」
「お、おい!!」
「これはこれは……ほほう、いいねえ」
女性はサーシャをジロジロ見て、ニヤリと口を歪める。
「アタシはそこの芝居小屋を経営してる『おりょう』ってモンだ。お嬢さん、給金払うから、仕事の手伝いしてくれないかね」
「もちろんですわ。報酬はサーシャの着物姿で!!」
こうして、サーシャたちは半ば強引に、芝居小屋での手伝いをすることになるのだった。
◇◇◇◇◇◇
「……な、なんだこれ」
芝居小屋に入るなり、サーシャは更衣室へ連れて行かれた。
装備を全てひっぺがされ、裸にされ、身体を測られ、よくわからない薄い下着のような服を何枚も着せられ……最後に、白無地、銀と金の死臭が入った着物を着せられた。
帯をぎっちりと締められ苦しく、袖が長すぎて動きにくいし、帯がだらりと垂れてみっともない……とサーシャは思ったが、世話をしてくれるおりょう、そして女性たちが真剣だったので何も言えない。
薄化粧を施し、髪も丁寧にまとめられ、簪で固定される。
そして、完成。
「……こりゃあ、とんでもないねえ」
おりょうは、自らの仕事で着飾ったサーシャの姿に、感動していた。
異国、人種の違うサーシャがアズマの着物を着た姿は、あまりにもマッチしていた。
白銀……そうとしか言いようのない着物美女。
サーシャは、紅を引いた唇に軽く触れ、姿見で自分の姿を見る。
「……私じゃないみたいだな」
サーシャは、自分の容姿にこれといった感情を持ち合わせていない。
胸が邪魔、もっと筋力を付けたい、正直長い髪をバッサリ切りたいが仲間たちが泣きそうになるので仕方なく伸ばしている……と、けっこうな脳筋だ。
だが、今この姿は、美しいと思った。
そして、ピアソラたちが控室に入り、サーシャを見た。
「───っ」
「わわ、ピアソラ!!」
ピアソラが、膝から崩れ落ちた。
感動で声が出せないのか、震え、祈りを捧げ、泣いていた。
ロビンはドン引きしていたが、咳払いをしてサーシャに言う。
「サーシャ、すっごい美人だね!! いつもと違う感じってこうも輝いて見えるんだー……」
「あ、ありがとう」
「なーなー、動きにくくないのか? おっぱいギッチギチだろ? トイレとかどーすんだ?」
エアリアの質問は無視するサーシャ。
すると、おりょうがパチパチ手を叩き、サーシャに言う。
「いやあ、素晴らしいねえ。さてさて、仕事の時間だよ。サーシャだったか……芝居小屋の外に出て、立ってておくれ」
「え? 立つだけ?」
「その姿を見せるだけで客引きになる。もちろん給金は支払うし、仲間が傍で守ってるのもいいさ。ちゃんとした客引きは別にいるから、安心して立っててくれ」
「まあ、それだけなら」
さっそく、サーシャたちは外へ出るのだった。
◇◇◇◇◇◇
おりょうの芝居小屋は、城下町では五指に入る大きさらしい。
着物を着た男性が客引きをして、着物女性数名が立っていた。
傘を手にくるりと回る女性もいれば、その場で軽く踊る女性もいる。
「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!! 舞姫たちによる演武、楽しんでちょうだい!!」
サーシャは、本当に立っているだけだった。
というか、近くにいるピアソラが犬歯剥き出しで威嚇をしていた。
「ガルルル!! サーシャに近づくオトコ、コロス……!!」
「大丈夫だって。というか……」
サーシャは、ただ立っているだけ。
それだけなのに、圧倒的な存在感で周囲を魅了していた。
老若男女問わず、サーシャが視界に入ると、視線が固定される。
手足は動くのに、視線が固定されてしまい、サーシャに釘付けになったまま歩き、道行く人たちがなんどもぶつかっていた。
ふらふらと、芝居小屋に引き寄せられる客も多かった。
「……むう」
サーシャは、どこか見世物のような気がして、どうも落ち着かない。
そんな時だった。
「どけどけどけ!!」
「強盗だー!!」
通りの向こう側から、ガタイのいい男数名が走って来た。
強盗。だが、住人たちをなぎ倒しながら逃げる者は止まらない。
ロビン、エアリアが前に出ようとした時、すでにサーシャは動いていた。
裾を上げて生足を見せ、袖をまくって走り出す。
そして、メインの装備を入れているアイテムボックスの指輪から剣を出そうとしたが、チェーンで胸に下げているせいなのか、分厚い着物に邪魔をされて取り出せない。
なので、指にはめていた道具用のアイテムボックスから、名刀『国崩』を出した。
「ああん? 邪魔すんじゃねぇぞ!!」
「悪いが、悪行を見過ごすことはできん」
サーシャは抜刀、闘気を漲らせ、向かって来る男たちの首筋に一瞬で剣を叩きこむ。
峰打ち……男たちは一瞬で意識を刈り取られ気を失い倒れた。
だが、もう誰も男たちを見ていない。
「罪を償え」
素足を見せ、着物が着崩され、刀を鞘に納めるサーシャ。
ふわりと風が舞い、簪が外れ……美しい銀髪がはらりとほどけ、太陽の輝きでまばゆく光る。
その姿に、その場にいた誰もが魅了されるのだった。
◇◇◇◇◇◇
強盗は、警備隊に連れて行かれた。
芝居小屋に戻ったサーシャは着替え、いつもの鎧姿へ。
おりょうはサーシャに言う。
「いやあ、最高の客引きだったよ。見ての通り、うちは大繫盛だ」
「だろうね……すっごいよ、外」
芝居小屋の外では、大勢の客が詰め掛けていた。
全員、サーシャが何者なのか知りたい客たちだろう。
おりょうは、金貨の詰まった袋、そして着物が入った木箱をサーシャに渡す。
「これは?」
「給金と、アタシからのお礼さね。着物……アンタに似合ってるからあげるよ」
「いいのか?」
「着方は覚えただろう?」
「当然ですわ!!」
なぜかピアソラが自信満々に答えた。
おりょうは、サーシャに顔を近づけて言う。
「また来ておくれ。ふふ、うちで働くならアンタは看板になれるよ」
「かんばん? なんだそれー?」
「主役、ってことさ。ささ、裏口から出な。またね」
サーシャたちは裏口から、コソコソしながら出た。
エアリアはサーシャに言う。
「サーシャ、またやるのか?」
「……まあ、動きにくかったが、悪くない体験だった」
「サーシャ!! 着物を着るならいつでも言って!! 魔界でだって着れますわ!!」
「あはは。ねーねーサーシャ、ハイセに見せたりしたら驚くんじゃない?」
「そ、それは……」
サーシャは、着物姿の自分を思い浮かべ、やっぱり恥ずかしいのでハイセには見せられないと、ブンブン首を振るのだった。





