すぐに行くなんてとんでもない
歩いていると、ハイセとサーシャの耳に、プレセアの声が響いてきた。
町の中心地から少し外れた観光地にある一番大きな宿。そこに部屋を取ったと。
二人が向かうと、大きな広場にある巨大な『城』のような建物があり、その前にエクリプスがいた。
ハイセたちを見つけると、エクリプスは手を振って出迎える。
「おかえりなさい、報告は済んだのかしら?」
「ああ。終わった……連中は?」
「みんな部屋にいるわ。自由時間という話だったけれど、レイノルドが『ハイセたちを待つ』って言うからね。皆、従ったわ」
「……レイノルドが? ハイセ、どういうことだ?」
「俺に言われてもな。とりあえず行くか」
城……ではなく、城下町で一番大きい宿屋に入り、エクリプスに案内され大部屋へ。
そこに入ると、全員が揃っていた。
だが、ヒジリやエアリアが不機嫌で、他のメンバーも待ちくたびれているようだ。
「あー!! やっと帰って来た……くんくん、アンタら何か食べて来たでしょ!!」
「近づくな匂いを嗅ぐなくっつくな。なんだよお前……メシ食ってないのか?」
「レイノルドが話あるって言うからみんな待機してたのよ」
ムスッとするヒジリを突き放し、レイノルドに確認する。
「おいレイノルド。どうしたんだよ」
「悪いな。まあ座れ」
大部屋……宴会場でもあるのだろうか、タタミ敷きでみんなが靴を脱いで座っている。
エアリア、ヒジリなどはうつ伏せになって足をパタパタさせ、ロビンは仰向けで天井を眺めていた。意外にもクレアは上品に座り、エクリプスとサーシャは並んで座る。
他の面子も、やや不満そうだがきちんと座っていた。
それよりも、ハイセは少し驚いていた。
(……驚いたな。全員、レイノルドの言うこと聞いて待ってたのか)
ヒジリやエアリアなら飛び出していただろう。だが、こうして座っている。
カリスマ、リーダー性という言葉がハイセに浮かぶ。レイノルドの言葉はなぜか、聞かなければならないような、威厳にあふれていた。
戦闘力じゃない真似のできない素養。サーシャ以上に、レイノルドは『リーダー』としての素質に溢れていると、ハイセは再認識した。
と、考え事をやめて座るとサーシャが言う。
「レイノルド。私とハイセを待つほど重要な話があるのだろう。説明してくれ」
「おう」
レイノルドは足を崩し、腕組みをして言う。
「まず、自由時間だってのに、メシも食いに行かせずこうして集まってもらって感謝してる。ここで自由行動にしちまうと、今後のこと含めて、ちゃんと話せるとは思えないからな」
不満そうな面子の顔が、少し和らいだ。
レイノルドは目を閉じ、厳しい顔で言う。
「……オレらはスタンダード発生という重要な依頼をクリアし、こうしてアズマに到着した」
重苦しい言葉だった。
全員がいつの間にか、レイノルドの言葉を真剣に聞く。
「東方アズマ。城下町クウカイ……異国情緒あふれる街だ。見るモンすべてが知らん物ばかり。どこに視線を移しても興味深いモンばかり。だが、オレはこの国から、海の向こうにある魔界へ行く」
「……ああ。ここは中継地点だ。ギルドの報告も終わったし、物資を追加補給して、最終チェックをする。恐らく、カーリープーランからの接触もあるはずだ」
ハイセは言うと、レイノルドは深く頷く。
「なあ、もったいなくねぇか?」
「…………は?」
「今言っただろ? 異国情緒あふれる街、見るモンすべてが珍しい……そんな異国を、ただの中継地点として通り過ぎるのは、あまりにももったいない!!」
「…………は?」
ハイセは滅多にしない「ポカン」とした表情になる。
すると、クレア、ヒジリ、エアリア、ロビンが何かを察したのか、寝そべっていた状態からガバッと立ち上がり、なぜか目を輝かせる。
レイノルドはそれを見てニヤリとした。
「ご褒美だ」
「…………は?」
「スタンピード阻止。これってよ、歴史を紐解いてもそうはないんじゃねぇか? スタンピード発生直前のダンジョンに踏み込んで核を破壊するなんて所業、そうはないだろ? なあタイクーン」
「確かに。ボクの知る限り事例は存在しない」
「おう。つまり……オレら十一人は、歴史で初めて、スタンピード発生を阻止した英雄ってことだ。で、さらにこれから禁忌六迷宮最後の一つに挑戦しようとしている……」
「…………で?」
「これから魔界に行く。でも、魔界はどういうところかわかんねぇ……生きるか死ぬかもわからない状況では、悔いを残したくねえ!! ってわけで、スタンピード阻止の祝い、そして自分へのご褒美として、アズマで休暇を取ることを提案する!!」
「…………」
要は、見知らぬ異国の地であるアズマを観光し、休暇を取りたいということだ。
それっぽい理屈を並べ、いかにもな理由付けとして。
レイノルドのカリスマ性は止まらない。
「決を採る!! アズマ観光をし、悔いを残さず魔界に行きたい人は挙手!!」
「「「「「はい!!」」」」」
クレア、ヒジリ、エアリア、ロビン、ピアソラ。そしてレイノルドが挙手した。
六人……この時点で決まってしまった。
「よし決定!! ハイセ、魔界前にアズマで休暇を取るぜ!!」
「…………頭痛くなってきた」
「やれやれ。ハイセ、いいのか?」
「おいタイクーン。休暇があれば、アズマの書店とかで珍しい本とか買えるかもしれねぇぜ」
「…………ぐっ」
タイクーンは心揺れる。
レイノルドはプレセア、エクリプスを見る。
「私はハイセがいるだけで幸せだから、どうでもいいわ」
「……私も別に。まあ、アズマの薬局とか、薬草とか見てみたい気持ちはあるけど」
レイノルドは最後、サーシャを見た。
「サーシャはどうだ?」
「……先ほど、ハイセとアズマの城を間近で見て、ふとしたきっかけでこの剣を手に入れた」
サーシャはアイテムボックスから『国崩』を出し、畳に置く。
「アズマの武具……魔界でも役立つかもしれん。装備を整えるという意味で滞在するのはいいと思う。レイノルドの言う通り、一度魔界に行けば、こちらに戻ってくるのは容易ではないからな」
「お、おう」
実はアズマの酒を飲んでみたいから……という理由が根底にあるレイノルド。こうも真面目に返答され、少しだけ罪悪感。
そして最後、全員の視線がハイセに集中する。
ハイセは、大きなため息を吐いた。
「……どのみち、カーリープーランに接触しないと、魔界に行く道は開けない。物資の補給もあるし、サーシャの言う通り魔界で役立つ装備もあるかもしれん」
「いいんだな? よし!! じゃあ魔界に行く前、最後の休みだ!! 話は終わり、みんなメシ食いに行こうぜ!!」
「「「「「おーっ!!」」」」」
レイノルドを筆頭に、空腹メンバーが部屋を飛び出していった。
そして、残ったのはタイクーン、サーシャ、エクリプス、プレセア。
「……ったく、あいつらは変わらないな」
「ふふ、まあいいじゃないか。魔界では何が待っているのかわからない……アズマで戦いの疲れを癒すことも大事だろう」
サーシャがほほ笑むと、ハイセは再びため息を吐く。
すると、エクリプスがハイセの隣に。
「ね、ハイセ。食事は済ませたのよね? その……私、まだなのだけれど」
「じゃあ食いに行けよ」
「……食事の後、お散歩もしたいわ。付き合ってくれない?」
「それいいわね。私も付き合うわ」
と、プレセアが割り込んできた。
エクリプスがジロっとプレセアを睨むが、プレセアはどこ吹く風。
サーシャが咳払いし、さらに割り込む。
「ゴホン。食事なら私も付き合おうか。その、まだ食べ足りないからな」
「あなた、太るわよ」
「ええ。せっかく新調した鎧、胸がギュウギュウになるんじゃない?」
「む、胸は変わらん!! ええい、バカにするな!!」
ギャーギャー騒ぐ三人を無視し、ハイセは言う。
「タイクーン、通りに本屋あった。付き合え」
「構わない。むしろ喜んでいこう」
「メシは?」
「アイテムボックスにサンドイッチがある。食べながら行くさ」
「じゃあ行くか」
ハイセは、三人を無視してタイクーンと本屋へ向かうのだった。
こうして、魔界行き前、最後の休暇が始まった。





