城下町クウカイと魔刀『国崩』
東方アズマ、城下町クウカイ。
ハイセ、サーシャの二人は並んで歩き、今更ながら気付いた。
「しまったな……ロビンのヤツ、どこに宿を取ったんだ?」
宿を取れ、としか言わなかった。
連絡手段のないハイセ、サーシャ。サーシャはハイセに言う。
「まあ、問題ないだろう。恐らく、エクリプスかプレセア辺りが、私たちに連絡するはずだ」
「……確かにな。じゃあ、腹も減ったしメシでも食うか。どうせあいつらも自由行動してるだろ」
「う、うむ……あの、ハイセ」
「ん」
周囲を確認しつつ、ハイセは返事をする。
サーシャは、どこか照れているのか、微妙にハイセと距離を詰めてきた。
「その、少しだけ……行きたいところがあるんだ」
「行きたいところ?」
「ああ。アズマ名物の『クサナギ城』だ。その……そんな暇はないし、アズマはあくまで中継地点として立ち寄るだけとはわかっている。でも、異国の城というのを、一度見てみたくて」
「…………まあ、いいけど」
現状、カーリープーランと連絡する方法はないし、相手からのコンタクトを待つしかない。
それまでは、アズマで待機する予定なので、少しは時間がある。
それに、カーリープーランなら、ハイセたちがアズマに入ったことも気付いている可能性がある。入ってそうそうに、魔界へ行くとは思っていない。
城を見るくらいならと、ハイセとサーシャは向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇
クサナギ城。
東方の国アズマの名物の一つ。木造で、ハイセやサーシャが見たことのない形状の城だった。
石垣、木造、天守閣……断片的な知識ならハイセにもあるが、それがどこを差し、何を示すのかまではわからない。
巨大な正門を抜け、玉砂利の道を進んでいくと、近くに見えた。
「おお……これが、クサナギ城」
サーシャは感動していた。
ハイセには、『屋根がやたら多い建物』としかわからない。天守閣という言葉が何なのか、アズマに関しての知識は人より多いつもりだが、それでも首を傾げていた。
「ハイセ、すごいな!!」
「ああ。確かに……アズマについて多少は学んで来たが、文章を読むのと見るのじゃ大違いだ」
「ん? 見ろ、あれ」
城前広場には、多くの着物を着た剣士たちがいた。
二人が近づくと、剣士たちが剣を抜き、演武を始める。
観客たちも、演武を見て手を鳴らしたり、歓声を上げていた。どうやらこの広場で定期的に開催されている出し物のようだ。
「細い剣だな……アズマの剣か?」
「カタナってやつだ。強度は大したことないが、何よりも『斬る』ことに特化した武器だ。アズマでしか作れない、アズマ最強の武器だ」
「ほう……面白いな、一振り買っていきたい。魔界でも役に立つかもしれん」
「町に武器屋くらいあるだろ。見かけたら入ってみるか」
「うむ。ふふふ、楽しみができた」
子供のような笑みを浮かべるサーシャに、ハイセも少しだけ微笑んでしまう。
「あ……ハイセ、今」
「……こっち見んな」
「……ふふっ」
ぐいっと顔を近づけて来るサーシャから顔を逸らすハイセ。
そんな時だった。
「見よ!! これこそ、ヤマトに伝わる伝説の刀にして、呪われし刀、その名も『国崩』!!」
演武が終わり、出し物が始まった。
マゲを結った武士が二人、台座に安置された『刀』を、二人がかりで運んできた。
少しだけ、ハイセの背にチリッとした『殺気』が感じられた。
それはサーシャも同じ。観客たちはどよめき、何人か恐ろしさからその場を離れた。
「この『国崩』は、刀に魅入られし鍛冶師が生み出した、伝説にして呪われた一振り!! あらゆる力を弾き、その切れ味は国を崩す!!」
なんとも胡散臭い口上だった。
だが、ハイセとサーシャは顔を見合わせる。
「……妙に殺気を感じる剣だ」
「同感だ。だが、面白いな」
胡散臭い口上は続く。
「この『国崩』を作り出した刀鍛冶は、かつて最高の刀鍛冶と言われ、様々な刀を生み出したとされる。しかし、その鍛冶師は決して、自分が刀を打つところを誰にも見せなかったそうな……そんなある日、刀鍛冶は気付いた。これ以上ない刀を作るには命を賭けるしかないと、そこで生み出されたのがこの国崩!! 鍛冶師は最後、この刀を握り、満足そうに微笑んでいたそうな」
ハイセは考え、思ったことを言う。
「……刀を打つ音がしない、誰にも刀を打つところを見せなかった。でも、様々な刀を生み出した、か……」
「何か気になるのか?」
「……推測だが、恐らくその鍛冶師はリネットと同じ、『摸剣マスター』だった可能性が高いな。あの『国崩』も、能力で生み出した物なら納得できる。模剣マスターは、あらゆる属性、能力を付与した剣を作り出せるからな」
「なるほど。面白い考えだ」
口上はまだ続いた。
「この剣に認められぬ者は、使うだけで命を削られ、最後には死に至るという……この剣に認められる方法はただ一つ!!」
すると、巨大な槌を手にした筋骨隆々の男が、刃を剥き出しにした『国崩』に向かって槌を振り下ろした。だが、刀は刃こぼれすらせず、逆に槌が真っ二つになってしまう。
「見ての通り。この刀は破壊できない!! この刀に認められるためには……この刀を破壊すること!! それが、この国崩を振るうたった一つの条件!! さあさあ、お客さんの中にいないか!? 勇気ある武士、戦士たち!! 挑戦権は金貨一枚!! もし国崩を折ることができれば、この刀が手に入るぞ!!」
「……それが目的か。金稼ぎの道具にされているとはな」
呆れるハイセ。くだらなそうに刀を眺めて鼻を鳴らし、サーシャに言う。
「おい、もう行くぞ。そろそろメシ……」
「…………」
「……おい、サーシャ、まさか」
するとサーシャは、金貨を一枚手に、人をかき分けて金貨を掲げた。
「私が挑戦しよう!!」
どよめく周囲。
いきなり現れた銀髪の美少女が、自信満々に金貨を掲げたのだ。
武士は言う。
「これはこれは、挑戦者は異国の少女、銀髪の異人の挑戦だぁ!!」
サーシャは金貨を支払い前に。
観客たちに軽く手を振り、武士に聞いた。
「破壊の方法は?」
「なーんでもありだ。斬ってよし、叩いてよし、殴ってよし……とにかく、こいつを破壊だ。チャンスは何度でもあり、壊せればなんでもよし」
「シンプルでいい」
サーシャは、自身の愛剣を手にする。
そして、闘気を放つ。
「──っ!? なな、なんと、『異能持ち』、異能持ちの挑戦だあ!! これまで数々の異能持ちが挑戦したが、結果は全て惨敗……さあ、彼女はどうなる!?」
「……ったく、目立ちすぎだぞ」
呆れるハイセ。だが、少しワクワクしている自分がいた。
サーシャは剣を抜き、切っ先を軽く国崩に触れさせる。
「……聞こえるぞ、お前の声。お前は……飢えている。戦いを求めている」
サーシャにはわかった。
国崩……この刀は、観賞用でも、恐れ敬う刀ではない。
斬る。そのために生み出された、刀鍛冶士の最高傑作。
「私が、お前を連れて行こう。魔界……まだ見ぬ地、戦いの果てへ!!」
サーシャの闘気が膨れ上がり、剣を頭上に掲げる。
そして、サーシャは一気に振り下ろした。
「───っ!!」
『……』
サーシャは、見たような気がした。
国崩……呪われた刀の意思、そしてかつての所有者の影を。
そして、サーシャの剣が国崩の刀身を真っ二つに切断すると同時に、国崩がふわりと浮き上がり……サーシャの目の前で、折れた刀身がピタッとくっついた。
サーシャは、国崩を手に軽く振る。
風を切り、光を帯びて眩く輝く刀身……この場にいる誰もが、国崩がサーシャを認めたと理解した。
サーシャは鞘を拾い、刀を納め、武士に微笑んだ。
「───もらっていく」
武士はウンウンウンと頷いた。
サーシャが歩くと観客たちが道を譲り、ハイセの元へ。
「目立ちすぎだ、バカ」
「だが、いい武器が手に入った。国崩……魔界でその力、存分に振るわせてもらおう」
いまだに一言も発せない観客、武士たちは、歩き去るサーシャとハイセの背を静かに見送るのだった。
 





