異文化
入国審査は、S級冒険者のライセンスを見せるだけで通過できた。
馬車が二台進むと、御者をしていたロビンがハイセに言う。
「ね、ね、さっきの門兵さん、すっごい髪型だったね!!」
「『マゲ』っていうらしい。頭髪を剃り、残った髪を結んで油で固めるんだ」
「なんでそんなめんどくさいことするの?」
「確か……兜をかぶるためだったかな。鉄製の兜は長く被ると頭が蒸れる。だから髪を剃った……だったかな」
「ハイセ、詳しいね。見ると、いろんな人が「まげ?」やってるね。女の人はさすがにやってないけど」
馬車は、土を踏み固めた地面をゆっくり進む。
異国、異文化がこれほど強い土地に入るのは、ハイセも初めてだった。
周りを見ると、アズマ人が大半を占める。ハイセたちのような冒険者は、全く見かけない。
「……一応、冒険者ギルドはあるはずだ。そこでスタンピード阻止の報告をする」
「うん。ねえねえ、アズマの服って変わってるねー」
「『キモノ』だ。変わっているというか、動きにくそうだ」
そんな会話をしながら、馬車は進んだ。
そして、完全木像の『冒険者ぎるど』へ到着。馬車を止め、ハイセは言う。
「報告に行ってくる。ロビン、今日の宿を確保しておいてくれ」
「わかった。でも、一人でいいの?」
「ああ」
そう言うと、馬車のドアが開き、サーシャが降りて来た。
「私も行こう。一応、このチームのリーダーだからな」
「……まあ、いいか」
「ねえねえハイセ、サーシャ。宿を確保したら自由にしていい?」
「構わないが、目立つ行動は取らないように」
「やった!!」
ロビンがニカッと微笑むと、馬車は走り出した。
◇◇◇◇◇◇
ハイセとサーシャは冒険者ギルド内へ。
完全木造。しかも冒険者たちもアズマ人ばかり。
異人であるハイセ、サーシャに視線が集中するが、二人は慣れっこなのか全く無視。
サーシャは、受付で質問する。
「失礼。当ギルドのギルドマスターに取り次いでくれないか? 近隣のダンジョンで発生しかけていたスタンピードの件で話がある」
「はあ……わかりました」
やや気だるげな受付嬢。
すると、ハイセたちの背後に数人のアズマ人が立っていた。
「異人が、この地に何用かな?」
「…………」
「貴殿らには関係のないことだ。すまんが、構わないでくれ」
サーシャが言うと、男の一人がハイセの肩に触れた。
「そうはいかねぇんだよ。異人が、このアズマに何をしに来た? オレらアズマ人はそれを知る権利があるんだ。さっさと吐け……刻むぞ、ガキ」
男の手は、腰の剣に触れていた。
ハイセは、男の顔を見て、止めようともしない受付嬢たちを見て、興味深そうにハイセたちを見ている周りの冒険者を見て……「ハッ」と笑った。
「なあサーシャ、こういうの久しぶりだな」
「……確かに。だが、トラブルを起こすなよ?」
「まあ、この国は素通りみたいなモンだ。こういう勘違いした連中の相手なんざしたくねぇがな」
「おい!! 無視してんじゃねぇぞ!!」
「おい」
と、ハイセは殺気を込めて男を睨む。
数々の死線を潜り抜けたS級冒険者序列一位の殺気は、男だけでなく受付嬢、そして周囲でニヤニヤしていた冒険者たちを射抜いた。
ゾッとするような殺気に、男は一瞬で汗だくになる。
「手、離せ。殺すぞ」
「っ……」
手が震え、動かない。
離したいのだが、恐怖で手が動かない。
すると、冒険者ギルドの階段をゆっくり歩き、一人の老人が降りて来た。
「ほっほっほ。そのへんにしてくれんかの」
腰の曲がった、杖を突いた老人だった。
八十を越えているだろう。着物に羽織り、帽子を被った髭の老人は、ハイセたちにぺこっと頭を下げる。
「ウチのモンが申し訳なかったの。ほほほ……そのくらいで、勘弁してやってくれ」
「…………」
ハイセは、男の手を払いのけ、周囲を威嚇するように言う。
「喧嘩を売るのはいい。だけどな……確実に後悔するとだけ言っておく。ここでは何もしないし、言わない。でもな……外じゃ容赦しない」
サーシャも、何も言わなかった。
そして、サーシャは老人に頭を下げる。
「ギルドマスター殿とお見受けする。話の場を設けていただいてもよろしいだろうか」
「構わんよ。さ、ワシの部屋に来なさい」
ハイセ、サーシャは、老人の案内でギルドマスターの部屋へ。
二階にある、意外にも狭い部屋だった。
対面式のソファ、書類棚、机に椅子しかない。
ハイセとサーシャが並んで座り、老人がその前に座る。
「初めまして。ワシはバショウ……見ての通り、この冒険者ギルドのマスターじゃ」
「ハイセだ」
「サーシャと申します。さっそくですが……クリシュナ遺跡について」
サーシャは、スタンピードを阻止したこと、もう危険がないこと……そして、ダンジョンが崩壊せず、ただの遺跡になったことを説明した。
バショウは、ウンウンと聞いている。
「というわけで、ダンジョンの機能は消滅し、十階層ある遺跡だけが残りました。もしかしたら、これから先、何かで使えるかもしれません」
「ふむ。それは面白いの……新人冒険者の育成や、有事の際の避難所としても使えるかもしれん。こちらはアズマ政府と相談することにしよう」
「はい、よろしくお願いします」
「うむ。報酬も支払おう」
サーシャは、ガイストから預かった依頼書をバショウに渡す。
依頼書に書かれている金額は、白金貨五枚。バショウは自分の机から白金貨を出し、木製のトレイに置いてサーシャの前へ。
サーシャはそれを受け取り、依頼が完了した。
完了すると、ハイセは立ち上がる。
「は、ハイセ?」
「帰る。もうここに用はない」
「はっはっは。若いの、少し話でもせんか?」
「……」
ハイセはめんどくさそうだったが、仕方なく座った。
バショウは、ドアを開けて「おーい、お茶を」と受付嬢にお願いし、再びソファへ。
「いやはや、すまんの……異国の冒険者は久しぶりでなあ」
「……アズマは、閉鎖的な国と聞きました。異国の人間も少なからずいましたが……何か理由が?」
「うむ。アズマ人は、他国の文化を嫌うのじゃ。着る物、食べる物、武器や防具、書物など……あるモノの大半がアズマ製のモノばかり。異国から商人が来ないでもないが、町ぐるみで嫌がらせを受けたりして根付かんのじゃよ」
「根暗な国だ」
「おい、ハイセ!!」
「ははは、構わんよ。まあ……異国のきみたちには過ごしにくいとは思うが、どうか楽しんでくれ」
話は終わり、ハイセたちはギルドの外へ。
やはり、外に出てもアズマ人ばかり。
「……ハイセ。この国を見ていると……私たちが魔界の町に入った時、どういう風に見られるのか、わかるような気がする」
「同感だ。異物は排除……以前、カーリープーランも言っていたな。ここはまだ魔族の領地じゃないだけマシか」
「…………」
「とにかく、さっさとこんなとこ出るぞ。カーリープーランの奴なら、俺らがこの国に入ったことくらい気付いているはずだ」
「あ、ああ。その……」
と、サーシャはやや顔を赤くして、言いにくそうだった。
ハイセは首を軽く傾げて聞く。
「なんだよ、言いたいことでもあるのか?」
「その……ロビンたちには自由時間と言ったし、宿へ行く前に少し散歩でもしないか?」
「…………は?」
「むぅ……その、気分転換がしたいんだ!!」
「お、おう。そんなデカい声出さなくても聞こえてる。わかったよ」
「よし!! じゃあ、散歩しよう!!」
こうして、ハイセはサーシャと二人、アズマの城下町を散策するのだった。





