スタンピード戦③
ハイベルク王国、王都内は静寂に包まれていた。
それもそのはず……本来いるべき住人たちは皆、自宅待機を命じられ、冒険者たちが王都内を巡回して町に人がいないか確認をしていた。
そして、多くの冒険者たちが、ハイベルク王国の正門前にいた。
これから向かってくる、魔獣たちを相手するために。
サーシャは、正門前で静かに佇んでいた。
「…………」
「静かだな、サーシャ」
「ああ」
レイノルドが、サーシャの隣で呟く。
両手に、異なる大きさの盾を装備したレイノルドは、サーシャの横顔を見る。
大きな戦いの前に、いつもサーシャは無言で精神統一をしていた。
精神統一後のサーシャは、どんな敵でも必ず勝利していた。
「勝とうぜ、サーシャ」
「ああ」
「あのさ、この戦いが終わったらよ……その、美味いモン食おうぜ」
「ふ……そうだな」
「その、それと……いい店があるんだ。美味いワインでも、どうだ?」
「……ああ。いただこう」
「……おう!!」
レイノルドが笑い、サーシャも笑った。
サーシャは、周囲を見渡す。
多くの冒険者たちが、自分の武器を手に前を見つめていた。
スタンピード戦。魔獣の数は推定七万。その全てがハイベルク王国の正門前から、ただひたすら直進してくる。
ダンジョンから溢れた魔獣は《スタンピード魔獣》といい、その全てが討伐レート以上の強さを誇る。そして、ほぼ全てが理性を失っており、ただひたすら前を目指して進む。
途中、町や村などがあっても、とにかく前に進む。
町や村は、そうやって蹂躙される。
七万の数が、ハイベルク王国になだれ込んだら……そこは、ただの廃墟となるだろう。
なので、絶対に止めなければならない。
すると───サーシャたちの真上を飛ぶ鷹が叫んだ。
『スタンピード魔獣確認!! 距離、約五キロ!!』
能力により使役された使い魔だ。
すると、別の鷹が叫ぶ。
『遠距離攻撃班、攻撃準備!! 攻撃可能ラインを超えたら攻撃開始だ。スタンピード魔獣を、一歩たりとも王都に入れるなよ!!』
ガイストの声。
総指揮官であるガイストは、鷹を経由して指示を出す。
すると、ガイストは言う。
『先陣は『闇の化身』ハイセが斬る。見れる者は見ておけよ……ハイセが自ら先陣を切ると言い出した理由が、わかるだろう』
「……ハイセ?」
サーシャが疑問符を浮かべた。
「お、おい!?」
そして、レイノルドを置いて近くの高台へ登り、正門の向こう側を見た。
ハイベルク王国から先の平原に、ハイセがいた。
遠距離攻撃部隊が、その先にいるサーシャたち最前線部隊。さらにその先に、たった一人でハイセは立っていた。
多くの最前線部隊が、ハイセの背中を見ていた。
◇◇◇◇◇◇
「ったく、ガイストさん……余計なこと、言わなくてもいいのに」
ハイセは、たった一人で多くの視線を背中で受け止めながら苦笑する。
地面から振動が伝わってくる。
多くの魔獣が迫ってくるのがわかった。
スタンピード魔獣。ただひたすら前だけを見て走る魔獣たち。
討伐レート以上の強さを誇り、通った後には何も残らない。
ハイセは、ポツリと言った。
「ただ前を見て進む、か……羨ましいかもな」
振り返らず走るだけ。
過去を振り切ったつもりが、本人を前にするとまだ未練があるハイセからすれば、羨ましい。
一人で戦うと決めたが……今は少しだけ、心細かった。
たった一人で、先陣を切る。
今になり、その恐ろしさを実感する。
ハイセは、一度だけ、首だけで後ろを見た。
そして───見た。
「…………」
「…………」
最前線部隊の先頭に立つ、サーシャの姿を。
ハイセをまっすぐ見る、美しい銀髪の少女を。
その視線を背中で受け止めたことをハイセは誇らしく感じた。
そして、気が付くと……恐怖が、消えていた。
「へっ」
ニヤリと笑い、両手をバッと広げる。
ハイセの能力、『武器マスター』により、巨大で細長い直方体の『筒』が二つ、左右の手に持ち、両肩で支えられるように現れたのだ。
同時に、見えた。
地面が揺れる。
七万の軍勢が迫る。
ハイセは、両肩で支えた二つの巨大な『筒』をスタンピード魔獣の群れに向ける。
そして、上空を飛ぶ鷹が叫んだ。
『頼むぞ、ハイセ!!』
「行くぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
筒から発射されたのは、焼夷ロケット弾。
ハイセが両肩で支える武器の名は、ロケットランチャー
発射された合計八発のロケット弾は、ばらけるように飛び、魔獣の群れに着弾すると同時に大爆発を引き起こした。
上空に吹き飛ばされるオーク、オーガ、コング系魔獣。バラバラになり肉片が飛び散り、八発のロケット弾で二百以上の魔獣が吹き飛んだ。
ハイセはロケットランチャーを投げ捨て、両手に新たな武器を生み出す。
「ブチ撒けろァァァァァァァァァァァァ!!」
ガトリング砲
本来、『セントウキ』という物に取り付ける大型の武器を手持ちに改造した武器。一分間に四千発の弾丸を発射する武器が、ハイセの両腕にあった。
かなりの重量だが、ハイセは両手に持ち引金を引く。
すると───一分間に八千発という、冗談みたいな数の銃弾が発射され、向かってくる魔獣たちが挽肉となった。
「うぉぁァァァァァッ!!」
ガルルルルルルルルルルルル!! と、薬莢がハイセの傍で山のように積まれていく。
ハイセは、たった一人で千以上の魔獣を屠っていた。
想像以上の成果に、ガイストは声が出ない。ハイセの背後にいた最前線部隊も、愕然としていた。
サーシャも、驚愕する。
「あ、あれが……ハイセの『能力』」
ガトリング砲が弾切れになり投げ捨て、ロケットランチャーとガトリング砲を両手に生み出し乱射。爆発と弾丸の雨が降り注ぎ、魔獣たちを蹂躙する。
だが───さすがに、ハイセ一人では無理だった。
二千を倒すか倒さないかというところで、魔獣たちが遠距離攻撃部隊の射程に入ったのだ。
「ガイストさん!!」
ハイセは叫び、ロケットランチャーを投げ捨て離脱。
右手にアサルトライフルを持ち、威嚇射撃をしながら後退した。
ガイストが叫ぶ。
『遠距離攻撃開始!!』
能力により強化された矢、魔法が飛び始め、スタンピード魔獣への攻撃が始まった。