東方の国アズマ
戦いが終わり、ハイセたちは遺跡を脱出。そして、魔獣の気配がないことを確認し、数キロ離れた川べりで野営の準備をした。
見通しのいい川べりで、誰かが焚火や釣りをした痕跡が残っていた。
寝台馬車、居住用馬車とあるが、ハイセは少し離れた場所でテントを張った。すると、当たり前のようにクレアが自分のテントを張り、ハイセの隣に来る。
「……んだよ」
「えへへ、ようやく終わったので甘えに来ました」
「はあ?」
びしっと敬礼し、クレアはハイセの腕をギュッと掴む。
「あ~……本当に疲れました。激闘です激闘、死ぬかと……いや、死ぬとは思いませんでした」
「……お前な。俺も疲れてるんだ。いちいちひっつくな」
「え~……」
ハイセは腕を外し、グランドッグのウノー、サノーにブラッシングをしているサーシャを見ると、サーシャと目が合った。
「師匠、どうしたんです?」
「……別に。とにかく、疲れてるんだ。今日は一人にしてくれ」
「ちぇー」
クレアは離れ、サーシャの元へ。
ブラッシングを手伝いながら、自分がいかに強く戦ったのかを話していた。
「……ふう」
サーシャからは、見張りの交代時間の説明だけ聞いた。
あとは、見張りの時間になったら仕事をするだけ。食事も、休憩も自由。
周りを見る。
「あ~……今日はマジで食うわ」
「わあ、でっかい肉!! あたいも欲しいぞ!!」
「あたしも~」
「ダメ!! 自分で焼きなさいよ」
ヒジリが肉塊に鉄棒を差し、焚火というか櫓を豪快に燃やし、牛一頭分くらいの肉を豪快に焼いていた。その匂いに釣られ、エアリアとロビンが近づいて来る。
二人は交換条件に、アイテムボックスからお菓子や飲み物を出していた。どうやら三人で食べることにしたようだ。
「わあ~、かわいいですっ」
「ああ、どうやらクレア、お前にも懐いたようだな」
「へへ、ウノーとサノーは頭が良くてな、気に入らないヤツのブラッシングは嫌がるんだよ。まあ……大抵の女は受け入れるが」
「ふふ、お前そっくりだな」
クレア、サーシャ、レイノルドはブラッシング。
馬のような犬、ウノーとサノーは、クレアとサーシャのブラッシングに恍惚の表情を浮かべていた。しかし、ヒジリの焼く肉が気になるのか、ヒジリたちの方を見ては尻尾をブンブン振っている。
「さて……お風呂の支度をしようかしら」
「お風呂? あなた、ハイセのように樽をお持ちなので?」
「違うわ。ダンジョン内では使わなかったけど、土魔法で岩の壁と浴槽を作って、水魔法でお湯を入れるの。野外ではよくやるのよ」
「……へえ」
「ふふ、一緒に入る? できれば、髪を洗うの手伝ってほしいのだけれど……」
「……わ、わたくしはサーシャ一筋!! で、でも……お風呂は欲しいですわね」
ピアソラとエクリプスは、川べりに巨大な『砦』のようなものを魔法で作り、中へ消えた。
どうやら風呂らしい。
「お風呂……いいわね。ねえ、私の作ったアロマがあるんだけど、試さない?」
プレセアが言うと、入口の岩が少し開いた。どうやら三人で試すようだ。
それぞれが、自由な時間を満喫していた。
「ハイセ、いいか?」
「ん、ああ」
タイクーンが、ノート片手にやってきた。
「核魔獣について聞きたい。一応、固体名『ジャランダーラ』として冒険者ギルドに報告しておく」
「ジャランダーラ?」
「古代語をつなげて『核として生まれし物』と言う意味だ。まあ、名前はどうでもいい。スタンピードでわかったことを冒険者ギルドに報告しておけば、将来、我々のようにスタンピード発生直前のダンジョンに踏み込む冒険者たちの役に立つ」
「なるほどな」
ハイセは椅子、テーブルを出し、タイクーンと議論し、報告書をまとめる。
その途中で、こんな話もした。
「ハイセ、次は魔界だな……」
「ああ。カーリープーランが、アズマの町で準備をして待っているはずだ。タイクーン……魔界に行けば、いつ戻れるかわからない。準備はできてるか?」
「愚問だね。むしろ、ワクワクしているよ」
タイクーンは眼鏡をクイッと上げる。
「……ここから先、頭脳担当のお前には負担をかけると思う」
「……意外なことを言う。むしろ、ボクも同じことを考えていた。正直……この面子でボクと議論ができるのは、キミかエクリプス・ゾロアスターくらいだと思っている。魔界で見聞きした情報は全て共有し、話し合わないとね」
「だな。頼りにしてる」
「…………」
「……なんだよ」
「いや。意味のない話だが、もしキミの『能力』が、サーシャと同時に真なる意味で目覚めていたら……恐らく、禁忌六迷宮の攻略は、もっと速かっただろうね」
「……本当に、意味がないな」
そう言いつつ、ハイセは笑った。
「むしろ、きっと俺は弱いまま、強くなっていたと思う」
「……何?」
「……まあ、気にするな。それより、アズマまでの距離は?」
「二日ほど進めば到着するだろう。アズマは海沿いの国で、独自の文化がある……今ある情報を共有し、補完しておこう」
ハイセとタイクーンは、そのままアズマについて話をするのだった。
◇◇◇◇◇◇
二日間、馬車は順調に進んだ。
特に戦闘もなく、真っすぐに伸びる街道をただ進む。
クリシュナ遺跡のスタンピード阻止という大仕事を終えた一行は、やや気が抜けていた。
クレアは、ハイセに寄りかかりながら腕を取る。
「はぁ~……なんか、眠いです」
「お前な……もういい」
もう、何度言ってもベタベタするのをやめないので、ハイセは諦めた。
サーシャは、そんなハイセをチラチラ見つつ言う。
「……もうすぐ到着だな。そう言えば、この中でアズマに行ったことがある者はいるか?」
全員、沈黙。
寝台馬車の方にいるヒジリ、エアリア、タイクーンもないだろう。
ハイセは言う。
「アズマは、独自の文化で発展をしている国だ。入国には厳しい条件などがあるが……俺たちなら問題ない」
「まあ、S級冒険者ばかりですし、ハイベルク国王陛下の書状もありますしねー」
書状は、何かの役にたつかもと、決起会の時にもらったものだ。
他にも、スタンピード阻止の依頼状や、S級冒険者という資格もあるので、入国には問題ない。
と、そんな話をしていると、御者をしていたロビンが、御者席の小窓を開けて言う。
「見えてきたよ、アズマ!! それと海!!」
「お、マジだぜ。ハイセ、見てみろよ」
窓際にいたレイノルドが窓を開けて外を見ていた。
ハイセも、自分の近くにある窓を開ける。
「……あれが、アズマか」
見えたのは、海。
そして、巨大な『城』だった。
ハイセには理解のできない形状だ。すると、クレアが身体をねじ込んできた。
「おお~!! あれがアズマですか!!」
「お前な、おい、くっつくな」
密着しているため、胸がハイセの後頭部に当たっている。
グニグニと柔らかな感触。すると、クレアが引き戻され、サーシャが割り込んできた。
「私も見せろ。ほう……立派な建物だな。あれは、なんだ?」
「…………」
サーシャも、ハイセの後頭部に胸を押し付けてきた。
クレアよりも大きい。ハイセは身体を戻し、席を立って外へ通じるドアを開け、ロビンの隣に座った。
「あれ、どうしたの?」
「……今は、お前の隣がいい」
「へ? よくわかんないけど、あたしの隣ならいつでもどーぞ」
「……ああ」
こうして、ハイセたちは『東方の国アズマ』へ到着するのだった。





