クリシュナ遺跡核魔獣ジャランダーラ②
「核魔獣。スタンピード直前のダンジョンでは、こういう変化があるのか……」
ハイセは素直に関心していた。
スタンピード。それは、ダンジョンから魔獣が噴き出し、周辺地域を蹂躙する『災害』というのが世間一般での常識。
それを止めるには、冒険者総出で魔獣を止めるしかない。
ダンジョンに入り、核となる魔獣を倒すという方法も考案されたが、ダンジョンに踏み込んだ冒険者は誰も戻ってこなかった。なので、今まさに目の前で、スタンピード直前の『核』を見るのは、ハイセたちが初めてだろう。
素直に、いいデータになるとハイセは思った。
「ああもう、うっざぁぁ!!」
ヒジリが叫ぶ。
現在ハイセたちは、『核』から生み出される異形の魔獣と戦っていた。
核魔獣は、まるで巨大な樹木、そして繭のように膨らんでおり、そこから血管のように枝分かれした肉の枝から、小さな繭が膨らむ。
それが弾け、異形の魔獣が襲って来る。
その数、数えるのも馬鹿らしい。
魔獣は、タコのような何か。地面をズルズル這い、触手を伸ばして襲って来る。意外にもその動きはすばしっこい。
ハイセは言う。
「だいたい、三秒に二十匹くらいのペースで生み出されてやがる。とにかく蹴散らして、最奥にある『核』を潰せ!!」
「だったら、あたいの出番!!」
と、ここでエアリアが飛び出した。
背中には光る翼。両足には鉤爪のようなレガースブーツがあり、急降下しての斬撃が主な武器。
だが、エアリアは背中に何枚もの翼を生やす。
「あたいの必殺技!! こいつでブチ抜いてやるっ!!」
翼が、エアリアの身体に巻き付く。
何枚も、何枚も巻き付き、まるで光る弾丸のような形状へ。
そして、高速回転しながら光るエアリアが特攻する。
「必殺!! 『バード・ストライク』ぅぅぅぅぅ!!」
まるで、急降下するハヤブサのような速度で、エアリアが『核』に突っ込んでいく。
すると、核の枝がさらに伸び、枝そのものが触手のようになりエアリアに向かっていく。
「だぁぁァァァァァッ!!」
だが、エアリアは触手を回転で弾き飛ばし、核の大樹……ちょうど、幹の部分に突っ込んだ。
ズドン!! と、衝撃音が響く。
「───……チッ」
ハイセは舌打ちした。
ロビンが気付く。
「ダメ、貫いてない!! やばい、枝がエアリアに伸びてるっ!!」
ロビンには見えていた。
血管のような枝が無数に伸び、複雑に編み込まれ弱点である繭の部分を保護していたのだ。
たかが繭……だが、エアリアの攻撃を危機と感じ、一瞬で対策を練り、実行した。
枝を編み込んでジャケットのようにし、エアリアの突進を受け止める。
「う、ぐぅ」
翼が解除され、エアリアの姿が見え……枝が、エアリアの手足に絡みついた。
「うぁぁ!? 食われるぅぅぅぅぅ!!」
「エアリア!!」
ロビンが叫ぶと同時に、闘気を全開にしたサーシャが飛び出し、マシンガンを具現化したハイセがサーシャの背後で連射……道を作る。
同時に、ハイセの背からヒジリが飛び出し、サーシャに続いた。
「エアリア!! 今行く!!」
「サーシャ、雑魚は任せて!!」
無数のタコが群がってくるが、跳躍した状態で両腕を突き上げる。
そして、着地と同時に、両腕を地面に叩き付けた。
「金剛拳、爆式!! 『掛矢爆』!!」
ズドン!! と、ダンジョンの床が揺れた。
ヒジリは顔を歪める……ダンジョンの床である鉱石に干渉し、その構造自体を揺さぶったのだ。
自分で生み出した鉱石なら自在に操れるが、そうでない物質に干渉するのは、まだヒジリでも難しい……半ば、自滅のような技。
そのせいで、ヒジリの両腕から血が噴き出す。
「う、っぐ」
「ヒジリ!! 今治しますわ!! 『ヒーリング』!!」
ピアソラの遠隔治療。
ヒジリの両腕が光に包まれ、折れた腕、破れた皮膚が一瞬で回復。
ヒジリはピアソラに向かって親指を立てる。
「白帝剣、『白帝神話連剣』!!」
斬撃を無数に飛ばし、エアリアに絡みついた枝を切断。
だが、切断と同時に枝が伸びてくる。地面に落ちたエアリアを回収しようとするが、自分とエアリアに伸びてくる枝を斬り飛ばすので精一杯。
すると、いつの間にか接近していたロビンが、エアリアに向かって矢を放つ。
その矢は、エアリアの身体に巻き付くと、矢じり部分が変形し、矢羽根部分に付いていた鎖と合体した。
「ハイセ、お願い!!」
「おう!!」
ハイセはロビンから鎖を受け取ると、全力で引っ張る。
エアリアは思い切り引っ張られ、その場から離脱。サーシャもその場から離脱し、繭から離れた。
ハイセはエアリアを受け取り、ピアソラの元へ。
「うぐぅ……」
「怪我は……大したことありませんわね。枝が数か所、腕や足を貫通してますわ……でも」
ピアソラが手をかざすと、エアリアの怪我が治療された。
ハイセはピアソラに託し、右手を敵に向けた。
「サーシャ、ヒジリ、俺が道を切り開く……核をぶっ潰せ」
「だが、敵の数が多すぎる」
「やっばいわ。五百以上いるんじゃない?」
今は、ヒジリが生み出した《壁》で敵が近づけない状態にあるが、いつまでのこのままというわけにはいかない。
すると、ハイセの前に地上用三脚に架装された重機関銃が現れた。
コッキングレバーを引き、砲身を真正面に向ける。
「真っすぐ突っ込め。フラフラ動くと当てちまう……いいな」
「「…………」」
目の前にある『これ』が、どれだけの破壊を生み出すのかわからない。
だが、間違いなく……ハイセの『武器』の中でも、上位に位置する威力だろう。
ヒジリはサーシャを見て頷き、サーシャも頷き返す。
そして、壁が解除されると同時に、ハイセは押金を押す。
「爆ぜろ」
ボボボボボボボボ!! と、2連装ヘビー・マシンガンが火を噴いた。
タコの数は五百を超える。だが、大量に吐き出される弾丸がタコを蹴散らし、肉塊としていく。
ヒジリ、サーシャは真っすぐ走る。余所見をしたり、左右に動いたりすれば、自分も挽肉になる可能性を感じていた。
(私の鎧、闘気じゃ……)
(アタシの金属じゃ……)
防げない。
攻撃力では、ハイセに敵わないと二人は改めて実感。
だが、今は頼もしい。
五百以上のタコが肉片となり、さらに無数の枝もハイセの銃弾で砕け散る。
無防備となった核に向かって、サーシャは剣を振り上げ、ヒジリは拳を握った。
「白帝剣、『白帝神話聖剣』!!」
「金剛拳、『合掌菩薩』!!」
純白の斬撃、金剛石の両拳による打撃が、クリシュナ遺跡の核を破壊した。
◇◇◇◇◇◇
核が破壊され、繭、肉の樹木がボロボロと崩れていく。
ハイセは重機関銃から手を放す。
「……すっごい威力だね、これ。なんで使わなかったの?」
ロビンが近づき、手で触れた……その瞬間、砕け散る。
ハイセ以外が触れると銃器はガラスのように砕け、消滅する。
だが、ハイセは興味なさそうに言った。
「見ての通り、台座が固定されてるから、動けないんだよ。俺も動けないから的になるし、背後から狙われたらアウトだ。聞いての通り、発砲音もやかましいから、背後から誰か近づいてきて、ブスッと刺されたら終わりだしな」
「へえ~……でもでも、みんないるから使ったんだよね」
「……まあな」
「師匠ー!!」
と、クレアの声。
後ろを見ると、入口を守っていたクレアたちが来た。
「師匠、終わりました!! なんか急に魔獣が来なくなって……あ、こっちも終わってる!!」
「ふむ。核魔獣の消滅と同時に、魔獣も消えたということか? ハイセ、核魔獣はどのような姿だった? 興味が尽きん」
「おいおいタイクーン、後にしろって。おいハイセ、怪我ねぇか?」
レイノルド、タイクーン、プレセアにエクリプスも来た。
エアリアも起き上がり、サーシャとヒジリも戻って来た。
サーシャは言う。
「全員、無事なようだ。エアリア、怪我は?」
「平気だぞ。う~……あたいの必殺技、ぜんぜん通じなかった」
やや気落ちするエアリア。
核魔獣のいた場所には何も残っていない。
「……これで終わり、か。プレセア、何か感じるか?」
「…………いいえ。何も。騒がしかったダンジョンが、今はとても静か……ダンジョンというか、ただの遺跡みたい。核が消滅したからかしら」
「ふむ。本来、核が破壊されたダンジョンは崩壊するものだが……特に何も起きないな」
タイクーンが周囲を観察する。
ハイセも周りを見たが、隠し部屋があるわけでも、財宝があるわけでもない。
すると、ヒジリが言う。
「え、じゃあ……ここ、ただの遺跡になっちゃったの?」
「恐らく。ふむ、魔法的な仕掛けも全て消滅したようだ……残念ながら、帰りは徒歩だな」
「えええ~……めんどくさあ」
「ハイセ、これは面白いぞ。核を破壊されたダンジョンは崩壊、消滅するが、スタンピード直前のダンジョンで核魔獣を破壊すれば、ダンジョンは消滅しない。魔法的な仕掛けも全て消滅し、ダンジョンという構造体だけが残る仕組みのようだ」
「ああ。魔獣も生まれない、ただの十階層の遺跡……もしかしたら、何か再利用できるかもな。ギルドに報告して、今後何か役立てるよう進言するか」
「うむ!! くくく、面白い……実に面白い」
タイクーンが眼鏡をクイッと上げ、ニヤニヤする。
サーシャが咳払いをした。
「こほん。とにかく、皆……よくやった。これでスタンピードを阻止できた。時間的に、まだ午前中だろう。ダンジョンを出るだけなら数時間かからんだろう。このままダンジョンを出て野営し、明日、アズマに向けて出発だ」
こうして、クリシュナ遺跡のスタンピードが阻止された。
次、向かうのはアズマ。そして、そこから魔界。
戦いが終わっても、新たな戦いが始まるのだった。





