再来のスタンピード②/スタンピード直前
遺跡手前に到着した一行。
まず、生物専用のアイテムボックスに、グランドッグのウノー、サノーを収納。二台の荷車もアイテムボックスに入れる予定だ。
そして、偵察に出ていたロビンが戻り、ハイセに言う。
「遺跡前まで行ってきたけど……ヤバイいね。魔獣こそ溢れ出してなかったけど、殺気というか、なんかこう……嫌な感じびりびりしてる。スタンピード直前……たぶんだけど、溢れたらヤバイ」
「わかった。おつかれ」
現在、ハイセはタイクーンと最終的な確認をしていた。
今日は野営し、明日挑む。
ロビンは「じゃ、あたしあっちでお菓子食べてくるね」と行ってしまった。
タイクーン、ハイセはクリシュナ遺跡のマップを見る。
「タイクーン……スタンピードは予定通り始まるか?」
「ああ。一週間後には決壊し、魔獣が一気に放出されるだろうね。ボクたちが挑むにはいいタイミングだ……命懸けという意味ではね」
魔獣は基本的に、ダンジョンの外には出ない。
ダンジョンの魔獣はダンジョンで生まれ、その生涯を終える。
稀に外へ出る魔獣もいるが……それは『稀』なのであり、普通はない。
スタンピードとは、ダンジョンの核である魔獣が、新たな核となる魔獣を生み出す時に生じる『搾りかす』が、一気に溢れ出す現象……というのが、ダンジョン研究者による結論だ。
タイクーンが言う。
「ダンジョンは、核が魔獣そのものであったり、ダンジョン内に封印されていたりと種類が違う。基本的に、スタンピードが発生するダンジョンは、魔獣が核である場合の話だ。『核魔獣』の命も永遠ではない……後継者を生み出す際に生じる『搾りかす』が魔獣となる」
「問題は、その搾りかすの量が尋常じゃない、ってことか」
「ああ。後継者を生み出す……まあ、『転生』に近い。これまで生きてきた年月が『老廃物』として一気に放出される。それこそダンジョンを圧迫しかねないほどに。行き場のない魔獣は、一気に放出され……」
「スタンピードとなる、か」
かつて、ハイベルク王国を襲ったスタンピード。その魔獣の数は数万。
高難易度のダンジョンであればあるほど、スタンピードの規模は計り知れない。
クリシュナ遺跡も高難易度のダンジョン。ハイセはニヤリと笑う。
「やりがいしかないな」
「やれやれ……キミは理性的で頭脳明晰、ボクも話していて楽しいが……たまに、ヒジリのように好戦的な顔を見せる」
「悪いな。根本的な部分では、俺もヒジリと同類だ。あいつはそれを隠そうとしないところか」
「フ……でも、今回に関してはその『顔』を見せるのだろう?」
「ああ。命懸けになる……タイクーン、お前は覚悟できてんのか?」
「覚悟は冒険者になった時からできているさ。それに、スタンピード直前のダンジョン内部にも興味がある……知っていると思うが、スタンピードはこれまで、発生するのを止めるためにはダンジョン内部に入り、核魔獣を倒すことだけだった。だが、長い歴史を見ても、発生前にスタンピードを止めた事例は、ボクの知る限りない……ククク、新生直前の核魔獣とはどのような状態なのか、興味が尽きない」
「お前らしいな。まあ、俺も興味はあるけど」
時間は夕方、ダンジョンから一キロほど離れた林にいるハイセたち。
明日はダンジョンに挑戦……死闘となる。
「エクリプスが魔法で見張るから、今日はしっかり休んでおけよ」
「フン、ボクではなく他の連中に言うといい」
「……確かにな」
ダンジョン挑戦前日の夜は、更けていく。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
全員が装備を整え、林の前に集まった。
十一人を率いるのはハイセ……ではなく、サーシャ。
このチームのリーダーとなったサーシャは、全員に確認をする。
「これより、我らはクリシュナ遺跡に踏み込み、最奥にいる『核魔獣』の討伐する。道中の戦いは死闘となる……全員、気を引き締めていくぞ」
全員が頷いた。
サーシャを先頭に、一キロ先にあるクリシュナ遺跡に向かって歩き出す。
ハイセは、サーシャの隣に並んで言う。
「おい、あまり気負いすぎるなよ」
「わかっている。だがハイセ……本当にいいのか? 私がその、リーダーで」
「ああ。俺はそういうのに向いていない。やるならお前しかいないだろ」
「だが……」
「お前の言葉のが安心できるんだよ。俺は、思ったことや分析したことを言うだけで、命令するのは苦手だしな。ずっとチームを、クランを率いてきたお前がリーダーに相応しい」
「ハイセ……わかった。そこまで買ってくれているなら、期待に応えねばな」
「ああ。それと……ひとついいか?」
「む、なんだ?」
ハイセがチラッと見たのは、クレア。
白に近い青銀の鎧一式を身に纏っていた。ハイセも初めて見る装備だ。
「あの鎧、お前が?」
「ああ。いつまでも皮鎧というわけにもいかないし、うちの専属ドワーフに作らせたんだ。知っていると思ったが……」
「今日、初めて見た」
「そ、そうなのか? うちに身体の測定に来たり、新装備のことで私とも何度か話したが……てっきり知っているのかと」
すると、クレアがハイセの腕にしがみついた。
「師匠~!! えへへ、どうですどうです? 驚きました? 新装備っ!!」
「…………」
「えへへ。あたしも皮鎧は卒業かなーと。もうS級冒険者ですし!! ふふん、師匠を驚かせる作戦、大成功ですっ!! あ、でも剣は師匠のプレゼントのままですけどね」
「…………はあ」
どこまでもお気楽な弟子だった。
サーシャは言う。
「こほん。クレア……これから命懸けの戦いになる。その、ハイセに甘えるのではなく、気を引き締めてだな」
「命懸けだからこそ、あたしは普段のままのあたしで行きます!! ふふん、サーシャさんもしかして~……羨ましいとか? えいえい、うりうり」
クレアはサーシャに見せつけるように、ハイセの腕に甘えた。
鎧のおかげで胸が当たることはないが、しがみつくような甘えっぷりにハイセはゾワゾワする。
「おい、離れろ」
「え~? これから戦いだし、甘えさせてくださいよお」
「S級冒険者は、戦い前に甘えるようなことしないっつの」
「あう」
腕を離し、ハイセはサーシャから離れた。
そして、たまたま傍にいたピアソラの隣へ。
「ふふ、愛されてますわね」
「うるせ。ところで、お前はどうなんだよ……覚悟、できてんのか?」
「もちろん。ふふ、私も日々成長してましてね。一日に一人、三分以内の死亡なら蘇生することができるようになりましたわ。部位欠損も治せますし、重篤な病も治療できます。まあ……私自身を治せないという弱点はありますけど」
「十分だ。お前が危険に晒されることはないからな。俺たち前衛、それとレイノルドが守る」
「頼もしいわね」
こうやって、ピアソラと雑談できるなんて、考えたことはなかったハイセ。
不思議と、以前のような嫌悪感はなかった。
互いに認め合うことを確認しただけで、こうも話しやすくなるとは。
「──っきゃ!?」
「っと」
すると、ピアソラが石で躓き、ハイセは受け止めた。
互いの距離が近くなり、ピアソラがハイセの胸の中へ。
「おい、足元気を付けろ」
「ご……ごめんなさい」
ハイセから離れ、ピアソラは「で、ではまた」と早足で歩き出した。
ピアソラは、妙に胸が高鳴るのを誤魔化すように、サーシャの腕に甘えるのだった。
◇◇◇◇◇◇
クリシュナ遺跡に到着した。
倒壊し、風化した遺跡という表現がぴったりだった。
入口の石門は崩れ、周囲には崩れ落ちた石の建造物が多くある。
地図によると、中央付近に地下へ通じる道があり、地下は広い迷路となっており、魔獣が大量に生息しているはず。
魔獣の討伐レートもハネ上がっており、最深部には『核魔獣』が転生のための準備をしている。
サーシャは言う。
「……ロビンの言う通り、強烈な殺気を感じるな」
「でしょでしょ!! うう、ちょっと怖いかも」
「……アタシ、生まれてきてよかったわ。本気で、命懸けで、マジで暴れていい日が来るなんて!!」
ヒジリは興奮して、笑顔が止まらない。
ハイセに向かって笑いかける。
「ハイセ、どっちが多く狩るか勝負しない?」
「アホかお前……って、普段なら言うけど、今日は乗ってもいい気分だ」
ハイセは自動拳銃を抜き、クルクル回転させて両手に持つ。
こちらも好戦的な顔になっていた。
サーシャは「やれやれ」と言いつつ、剣を抜く。
「ではこれより、クリシュナ遺跡攻略……スタンピードを阻止する!! 目標はダンジョン最奥にいる『核魔獣』の討伐。道中の魔獣は……蹴散らす!! 全員、行くぞ!!」
サーシャが剣を掲げた。
こうして、十一人の冒険者たちによる、前代未聞の『スタンピード阻止』が始まるのだった。





