再来のスタンピード①/クリシュナ遺跡
それから数日、馬車はクリシュナ遺跡に向かって進んだ。
そして、出発から五日目。あと二日ほどの距離になり、野営の時にタイクーンが全員を集めた。
クリシュナ遺跡攻略、スタンピード阻止の最終打ち合わせである。
居住馬車の中では狭いので、少し早めに野営をしての打ち合わせだ。
川べりに馬車を止め、人数分の椅子、そしてボードを出しての説明である。
タイクーンは、ボードの前に立つ。
「改めて、クリシュナ遺跡について。そしてスタンピード前のダンジョンに入る危険性についての説明……対策について話をしよう。ハイセ、キミも前に出てくれ」
「わかった」
ハイセはタイクーンの隣へ。ボードを挟むように立つ。
タイクーンは眼鏡をクイッと上げ、アイテムボックスから教鞭を取り出した。
「まず、クリシュナ遺跡について。東方の国アズマの国境付近にある、A級難易度の遺跡型ダンジョンだ。ここは十階層までのダンジョンだが……一つの階層の広さが並みではない」
「はいはーい!! 偵察とか、地下への入口を探すのは、あたし大得意っ!!」
「私も、精霊を使えばすぐに見つけることができるわ」
ロビンが挙手、プレセアも合わせて言う。
タイクーンは頷くが、ハイセは言う。
「普段ならロビンに任せれば問題ない。だが今回はスタンピード直前の遺跡だ。討伐レートのハネ上がった魔獣があり得ないほど徘徊し、探すのも苦労するだろう」
「その通りだ。さてハイセ、どうすべきだと思う?」
タイクーンが言う。
ハイセは、この場にいる面子を見ながら迷わず言った。
「今回、スタンピード戦の目的は『引き締め』でもある。チマチマした策を弄することなく、力技でブチ抜いて進む」
「……キミらしくない意見だが、キミらしいとも言える」
「ああ。いいか、このスタンピード……今の俺らなら、策を弄すれば難なく突破できると確信している。だが、ここはあえて『命を賭けて戦う』ぞ。策はなし、ロビンとプレセアが地下への道を探す間、俺たち全員で魔獣を相手に進む。持てる力を出し切り進む……一日で終わらせるぞ」
「い、一日とは……大胆だね」
タイクーンが眼鏡をクイッと上げる。
だが、ヒジリが拳を叩き音を出した。
「アタシ向きね。命懸け上等!! 大暴れしていいんでしょ!?」
「大暴れ上等だ。俺も暴れる。全力で、息切れするくらいな……サーシャ、クレア、お前らもだぞ」
「「!!」」
「タイクーン、エクリプスは補助、場合によっては攻撃。ピアソラは全員の回復。ロビンとプレセアは階層の探索。レイノルドは全員の防御。エアリアは全員の援護。俺、クレア、ヒジリ、サーシャは前衛だ。全員、死ぬ気で戦って気を引き締めるぞ」
「ッ最高!! アタシ大賛成!!」
「……全力、命懸けの力か。ふふふ……そういえばいつだったか、本当の意味で全力を出したのは。私もやらせてもらおう」
「わ、私もです!! 師匠の弟子として恥ずかしくない、サーシャさん以上の『ソードマスター』として剣を振るいますよ!!」
ヒジリは興奮し、サーシャは剣を鞘から抜いて刀身を眺め、クレアは双剣を掲げた。
レイノルドはニヤリと笑って指を鳴らす。
「オレが全力で守ったらどうなるか、教えてやるよ」
「あら、それじゃあわたくしの出番はないのかしら?」
ピアソラがクスクス笑う。
エアリアは、足をバタバタさせた。
「ふふん。空を飛ぶだけがあたいじゃないぞ。室内でもできる戦闘法、編み出したのだ!!」
「あたしだって援護するよ!! プレセア、一緒にやろうね!!」
「そうね。全力……せっかくだし、『大精霊』にお願いしてみようかしら」
ロビンが胸を張り、プレセアが考え込む。
エクリプスは、アイテムボックスから金色の本を取り出した。
「『黄金禁忌の書』の禁忌項目……さて、どうしようかしらね」
タイクーンは頭を抱えた。
「やれやれ。この戦意、もう策を講じても聞き入れるつもりはなさそうだ」
「だろ。タイクーン、お前も全力出せ。考えてばかりじゃなくて、考えずに『賢者』の魔法を片っ端からぶっ放すのも悪くないぞ? お前にもあるんだろ? 魔法の切り札が」
「……まあね。だが、使うかどうかはボクが決めることだ」
タイクーンは意味深にほほ笑む。
ハイセは全員に向かって言った。
「決まりだな。明日中に遺跡の近くまで行って、翌日の早朝から攻略を開始する。スタンピード発生まで時間はあるが、ダンジョン内の平均アベレージはS以上だと思え」
「よっしゃ。じゃあハイセ、今日は決起会やろうぜ!! お前、たんまり食料用意してんだろ? 食いきれないくらい出してくれよ。ああ、酒もな!!」
「レイノルド、お前な……」
サーシャが止めようとするが、ハイセはサーシャを止めた。
「いい。そうだな……食った分はアズマで補給すればいい。今日は山ほどメシと酒出してやる。ピアソラ、体調不良とか、二日酔いの連中がいたら頼むぞ」
「仕方ありませんわね……ふふ、その代わり、わたくしにも美味しいケーキ出してくれますか?」
「いくらでも出してやるよ」
ハイセ、ピアソラが仲良くしている姿に全員が驚きながら、今日は決起会となるのだった。
◇◇◇◇◇◇
その日は、ハイセも参加しての食事会となった。
「肉!! ん~おいしい食べ放題!! サーシャ、アンタも遠慮しないで食べなさいよー」
「う、うむ……なんというか、ガツガツ食べる姿を見せたくないというか」
「誰によ。ってかこれからデカい戦いあるのに遠慮すんじゃないわよ。ほれ」
ヒジリは骨付き肉をサーシャへ。サーシャは喉を鳴らし、肉にかぶりついた。
「……うまい」
「でしょ? ほれほれ、もっと食べるわよ!!」
「う、うむ……」
「……ハイセなら見てないわよ。ってか、ハイセだったら、コソコソ肉食べるような女より、美味しそうに肉を食べる女のが好きだと思うけどー」
「む……」
「ふふん。アタシは豪快に食べるからね!!」
「ええい、私も食べる!!」
ヒジリとサーシャは、競う合うように肉にがっつくのだった。
◇◇◇◇◇◇
ロビン、クレア、エアリア、そしてピアソラの四人は、食事を終えてデザートを満喫していた。
「ん~、師匠のアイテムボックスって何でも入ってます。こんなおいしいスイーツがいっぱい!!」
「これ、シムーンが作ったんだよね。おいしい~」
「うまい!! さっすがハイセなのだ!!」
「ふふ、美味しいですわ。シムーン……あの子、うちの専属菓子職人として欲しいですわね」
すると、ピアソラに視線が集中する。
「……な、なんですの?」
「いやー、人って変わるんだなーって。ピアソラ、ハイセと仲良くなったじゃん」
「別に、仲良しじゃありませんわ。互いに認め合っただけ」
「どーいう意味だ?」
「さあ、でもでも、師匠と仲良しなのは嬉しいです」
ロビンは、ニヤニヤしながらピアソラに寄った。
「で、どうなの?」
「……何がですの」
「ハイセのこと、好き?」
「はぁぁ? 全く、お子様のあなたには理解できないかもしれませんけど、私とあの男の間にあるのは、そういう感情じゃありませんわ」
「ふ~ん……まあ、それでいいかもね」
「意味不明ですわ。まったくもう」
「んん~ケーキおいしいです」
「おかわりー!!」
女子トークは、まだまだ続きそうだ。
◇◇◇◇◇◇
レイノルド、タイクーン、エクリプスの三人は、エクリプスを挟むように酒を飲んでいた。
「いやー、こんな美女と飲めるなんて嬉しいぜ。なあタイクーン」
「そんなことより、エクリプス・ゾロアスター……キミの魔法について質問したいのだが」
レイノルドはやや下心、タイクーンは完全に魔法の研究対象としか見ていない。
エクリプスは、ワインを飲む。
「いいワインね……さすがハイセ」
「いい飲みっぷりだぜ。ささ、もう一杯」
「あら、ありがとう」
「エクリプス・ゾロアスター……キミの魔法だが、どういう原理なんだ? 生物を模した魔法……ボクの『賢者』でも再現できるだろうか」
「おいタイクーン、美味い酒の話題じゃねぇぞ」
「酒よりも魔法だ。エクリプス・ゾロアスター……キミはどっちだ?」
「悪いけど、今はお酒の気分。ふふ、ごめんなさいね、タイクーン」
「む……」
「はっはっは。じゃあエクリプス・ゾロアスター……オレと飲もうぜ」
「いいわよ。ところで、あなたの名前は?」
「……タイクーンは知っててオレは知らねぇのかい」
落ち込むレイノルド、そしてタイクーンなのであった。
◇◇◇◇◇◇
ハイセは、プレセアと飲んでいた。
「意外ね。あなたが食事会なんて言い出すの」
「……全員がやる気出すならそれでいい。お前はどうだ?」
「やる気、あるわよ」
プレセアはハイセにグラスを向けると、ハイセは軽く自分のグラスと合わせた。
「……以前のあなただったら、グラスを合わせないと思うけど」
「俺も変わったんだ……認めるよ」
「ふぅん。じゃあ、ここにいる全員を仲間と認める?」
「…………さーな」
その質問には答えず、ハイセは酒を飲む。
スタンピード戦まで、もう間もなく。





