東へ出発
食事会を終えた翌日。
ハイセは宿の受付で、主人と話をしていた。
「とりあえず数か月……いや、もっと早いかもしれない。とにかく、留守にする」
「ああ」
主人は頷く。
たったそれだけのやり取り。だが、今日は珍しく主人が言った。
「……気を付けてな」
「……あ「ご主人!! 私、三ヶ月延長で!!」
「あたいもっ!!」
だが、クレアとエアリアが割り込み、ハイセの返事はかき消された。
一年分の支払いを終えているエクリプスはシムーン、イーサンに言う。
「じゃあ行ってくるわね。イーサン、この宿をしっかり守るのよ」
「はい!!」
「それとシムーン、帰ってきたらまた、おいしいお茶と料理をお願いね」
「はい!!」
その様子を眺めていると、足元にフェンリル。そしてリネットが来た。
『くーん』
「あ、あの……師匠」
「リネット。宿のことは任せるぞ。何かあったらガイストさんを頼れ」
「はい……」
ハイセはフェンリルを撫でながら言う。またサイズが大きくなったのか、すでに成犬より大きい。
成長に喜びつつ、フェンリルの頭を撫でていると、リネットが何かを差し出した。
「あの、これ……」
「……これは?」
それは、小さな黒い板……ではなかった。
ボタンがあり、押してみると板からナイフが飛び出した。
飛び出しナイフ。しかもこれは投擲用のナイフだ。
リネットは、投擲用ナイフを百本以上、箱に入れてハイセへ渡した。
「あの、わたしが作りました。ゾッドおじさんに相談したら、師匠は刃物とか全然使わない。だからこそ用意してやれ、って……」
「…………」
リネットはさらに、ナックルガード付きのナイフを出した。
指に絡めるタイプのナックルガード。打撃にも使えるし、そのままナイフとしても使える。
接近戦ではナイフが強い。ノブナガの日記にもそう書いてあった。ナイフは何本か持っているが、戦闘用ではなくどちらかと言えばサバイバル用だ。
このナイフは、完全な実戦仕様……リネットだけで考えた物ではない。ゾッドのアイデアもあるだろうとハイセは思った。
ハイセは、リネットが「これ、ゾッドおじさんからです」と言って差し出したナイフホルスターにナイフを差し、太ももにバンドを通し下げた。これでいつでもナイフ戦闘ができる。
「ありがとう、リネット」
「あ……」
リネットを撫で、ハイセは微笑んだ。
「じゃあ、行ってくる。シムーンとイーサン、爺さんの助けになってやってくれ」
「……はい!! 師匠、気を付けて」
「リネットー!! 私もいますよ!!」
「姉弟子、師匠に迷惑をかけないように、ですよ」
「ええええ!? り、リネットぉ~」
ハイセ、エアリア、エクリプス、クレアの四人は、合流場所へ向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇
向かったのは、ハイベルク王国東門。
東門の傍には、大きな寝台馬車が二台、そして二頭の巨大犬がいた。
真っ先に、クレアとエアリアが気付いた。
「あれ、スノウドッグですよね?」
「ほんとだ。でもでも、毛が短いぞー?」
馬車の傍には、サーシャにレイノルド、タイクーン、ピアソラ、ロビン。そして骨付き肉を食べているヒジリ、プレセアがいた。
十一人、全員が揃った。サーシャが言う。
「全員揃ったな。ではこれより東……スタンピードが起きるダンジョン、クリシュナ遺跡に向けて出発する」
「はいはい!! サーシャに質問だ!! その犬ってスノウドッグかー?」
エアリアの疑問。クレアが「私が聞きたかった~」と先を越された顔をしていた。
質問に答えたのはタイクーンだ。
「スノウドッグではない。これは『グランドッグ』というスノウドッグの亜種だ。クラン『セイクリッド』で育てている二匹を今回連れてきた。こいつの素晴らしいところは、馬よりも体力があり、戦闘力、そして力に優れている。この程度の寝台馬車なら、十台まとめて引けるほどの力だ」
「「へえ~」」
エアリア、クレアがグランドッグを撫でた。
レイノルドが言う。
「へへへ、実はそいつら、オレが育ててるんだよ。名前はウノー、そっちがサノーだ」
『オフ』『オゥゥ』
「わあ、かわいい……なでなで」
『オウウウ』『クルル』
二匹のグランドッグは尻尾をブンブン振っていた。
サーシャがコホンと咳払いする。
「馬車は二台。ウノーの馬車は寝台馬車、サノーの馬車は居住空間として使えるようになっている。どちらも二階建てで、足回りもうちのドワーフに強化してもらった特注品だ。魔界でも役に立つだろう」
ウノー、サノーは生物用のアイテムボックスに入れる予定だ。
寝台馬車は、二階、一階にベッドが合計で十台ある。居住馬車は、一階が談話室で、二階はダイニングルームになっていた。
「さて、何か質問はあるか? なければ、好きな方の馬車に乗り込んでくれ」
「ふぁぁ、アタシお腹いっぱいになったし、寝台の方で寝るわ」
ヒジリが寝台へ。他のメンバーもそれぞれ馬車に乗り込む。
ハイセは、東門を眺めた。その隣にサーシャが立つ。
「……ハイセ、いよいよだな」
「ああ。禁忌六迷宮、最後の一つ……恐らく、これまでにない冒険になる」
「その前に、スタンピードだ」
「……そっちは心配していない。見ろよ」
馬車を見ると、早々たる面子がいた。
ハイベルク王国最強メンバーと言っても過言ではない。魔界攻略の十一人だ。
ハイセは言う。
「俺の最強、お前の最高を証明する時が来た。サーシャ……覚悟はいいな?」
「……フン。当然だ」
サーシャが拳を突き出したので、ハイセも拳を合わせた。
「まずはスタンピード。さて、軽く蹴散らそうか」
「ああ、負ける気がしない」
魔界への旅立ち、そしてスタンピードを止める戦いが始まろうとしていた。





