出発前日③
ピアソラは、ロビンと二人でスイーツを満喫していた。
クッキーは大盛、ケーキはホール、他にも見たことのないスイーツがテーブル一つに山のようになっている。本職の菓子屋でもここまでの量はない。
ロビンは、焼き菓子を食べながら言う。
「ん~おいしい!! ね、ね、こんなに美味しいのはじめてかも」
「確かに……驚きですわ。わたくしたち、ハイベルク王国のスイーツ店をけっこう回ってますわよね? でも、こんなに美味しいのは……」
ピアソラは「むむむ」とケーキを堪能する。
すると、エプロン姿のシムーンが追加のケーキを持って来た。
「まだまだありますから、いっぱい食べてくださいね!!」
「うん。ね、ね、シムーン。お菓子余ったらアイテムボックスに入れていい? これ、魔界に持って行って食べるからさ」
「もちろん。あ……でもでも、お出かけ用のスイーツもいっぱい用意したんです。みなさん、魔界に行ったらきっとおいしい食事は食べられないと思うので……」
ふと、シムーンが魔族だと二人は思い出す。
顔を見合わせ、話題を変えようとした……が。
「わたしやイーサンは、食事に関しての思い出がないんです。いつも余り物とか、残飯とか食べていたので……それに、住んでいたところが海沿いってことは覚えていますけど、地名とかもわからなくて。ごめんなさい、魔族なのに役に立てなくて」
「そんなことないよ!! シムーン、あたしたち、シムーンのお菓子あれば何でもできるよ!!」
「そうですわ!! これだけ美味しいなら、魔界でも食べて元気いっぱいですわ!!」
「……ふふ、ありがとうございます!! いっぱい食べてくださいね」
シムーンはお辞儀し、キッチンへ戻った。
ピアソラとロビンは顔を見合わせ、クッキーを手に取る。
「なんか、やる気出るね」
「ええ。とっても」
シムーンの焼いたクッキーは甘く、力になるのだった。
◇◇◇◇◇◇
タイクーンは一人、壁際で読書しながらパンを食べていた。
「……ふむ、ここはこういう訳し方で」
読んでいるのは古文書。ハイセのマネをして文章を訳しながら読むのはなかなか楽しい。
特に誰とも会話せずに本を読んでいると。
「あ、あの……」
「……ん、ああ。すまない、何か用か」
「神は言っています。『メシ食いながらの読書は行儀悪い』と」
なぜかメイド服を着ているリネット、ラプラスだった。
指摘され、タイクーンは少し考え、本を閉じる。
「確かに、無礼だった。申し訳ない」
「い、いえ……あの、パン、美味しいですか?」
「パン?」
「リネットが焼いたパンです。感想をもらっているのですよ」
ラプラスに言われ、タイクーンは考える。
「悪くない。焼きが少し強かったのか、硬めだがね。まあ、ボクはこっちのが好きだ」
「そうですか……もう少し焼きを弱くする、と」
リネットはメモを取る。
真面目な性格なのだろうとタイクーンは思った。そして質問する。
「リネットだったか。キミも、マスター系能力者だったかな」
「は、はい」
「ハイセを師にしていると聞いたが、どうだ? 成長しているかい?」
「はい。師匠のおかげで、いろいろ知ることができました。能力も成長して……今、シムーンさんが使っている包丁、わたしが作ったんです」
「ほ、包丁か……ふむ、では剣などは作れるか?」
「はい。師匠の教えで、毎日一本ずつ作ってます」
「毎日、一本?」
「はい。えっと……毎日一本、『自分がイメージできる最強の剣を作れ』って言われて、いろんな剣を作ってるんです」
「……ほう。例えば?」
「えっと、見せますね。たとえば……この『グニャグニャする剣』とか」
リネットが出したのは、一般的なロングソードだ。だが、振ると刀身がグニャグニャ曲がる。
「折れない剣ってあったらいいなと思って。なので、切れ味はそのまま、グニャグニャの剣を作ってみました」
「……ふむ。どういう素材なのか」
刀身が面白いくらいにグニャグニャだった。
考察していると、リネットは別の剣を出す。
「あとは、燃える剣とか、薄い刃の剣とか、氷の剣とか」
「……」
刀身が燃えている剣、透き通るガラスのような刀身の剣、氷がそのまま刃になった剣などを見せる。
どれも、普通の鍛冶屋では絶対に作らない剣だ。これも『模剣マスター』だからこそ作れる剣だ。
「失敗もありますけど……いろいろ作れて、毎日楽しいです!!」
「……これは素晴らしい」
「え?」
「……リネットだったか。今ある剣を全て、譲ってくれないか? もちろん、金は払おう」
「はあ、別に構いませんけど……でも、変な剣ばかりですよ?」
「ふふ、いいさ。むしろ……これはボクにも使えるかもしれん」
タイクーンはニヤリと笑い、リネットから剣を買うのだった。
リネットは気付いていなかった。自作した剣を見せ、お金を出して買うという行為……売買が成立したということに。
ラプラスは、それを見ていたが言わなかった。
◇◇◇◇◇◇
ガイストは、バルバロスと向かい合って酒を飲んでいた。
ハイセの出した高級酒、そして美味いおつまみ。バルバロスはご機嫌だった。
「はっはっは!! 酒もツマミも美味い。ボネットも連れてくればよかった!!」
「やれやれ……おい、飲み過ぎるなよ。もう歳なんだ」
「馬鹿モン。まだまだ若いわ……おいガイスト、どうなんだ?」
「何がだ?」
「禁忌六迷宮。最後の一つ……踏破できるのか?」
そう言われ、ガイストはハイセを見た。
いつの間にか一人になり、窓際で酒を飲んでいる。
「……できるだろうな」
「ほう」
「スタンピードも止める。禁忌六迷宮も踏破するだろう」
「ははは!! そりゃあすごいな。っと……実はな、ハイセに渡す土地の用意はもうできてるんだ。ワシの遺言に『冒険者ハイセに土地を残すように』と書き記しておいたからな」
「……準備が良すぎるな」
「うむ。踏破したら渡すつもりでいたが……」
と、ハイセの傍にイーサンとシムーンが向かい、何かを話している。
ハイセも微笑み、二人に何かを言うと、二人は顔を見合わせ笑った。
バルバロスは言う。
「あんな顔を見せられたら、土地や豪華な屋敷よりも、ここで生活する方がいいのかもしれん」
イーサンとシムーンは、宿屋の主人が座るテーブルに向かい、嬉しそうに話をしていた。
頭を撫でられ、ニコニコしている姿は子供にしか見えない。宿の主人も幸せそうだ。
すると、ヒジリとエアリアがガイストたちの席に乱入してきた。
「おっさん!! おっさん二人で辛気臭い顔してないで、肉食べなよ肉!!」
「そうだそうだ!! あたいらが肉の食い方教えてやるぞー!!」
大量の肉を皿に乗せ、デカいジョッキにエールを注いで持って来た。
バルバロスは大笑いし、骨付き肉を掴む。
「まあいい!! 今は、楽しい時間を過ごそうではないか!!」
「……やれやれ。よし、ワシも久しぶりに食べようかの」
「そうそう!! まだまだ食うわよー!!」
「食うぞー!!」
ガイストたちの席は、この中で一番騒がしい席となるのだった。
◇◇◇◇◇◇
ハイセは一人、外の空気を吸うため外に出た。
昼前から始めた食事会は終わる気配がない。すっかり日も暮れ、空には星が出ている。
空を見上げながら、ハイセは言う。
「明日、出発なんだが……終わる気配ねぇな」
「全くだ」
と、サーシャも外に出てきた。
二人並び、建物の壁に寄りかかり、空を見上げる。
「明日、正門前に集合だが……時間を少しずらした方がいいかもしれんな」
「だな。馬車の手配とかは済んでんのか?」
「ああ。頑丈なのを二台手配してある」
「……準備は?」
「完璧だ。お前ほどではないが、物資も装備も準備万端だ」
「そうか」
「……ハイセ」
「ん?」
サーシャに顔を向けると、サーシャはゆっくりとハイセを見た。
「私は、スタンピードでも、魔界でも……お前と共に戦えることを、嬉しく思う」
「……なんだよいきなり」
「お前は?」
「……さぁな。でも、昔の俺だったら、一人で魔界に行ってたかもな」
そう言い、ハイセは窓を覗く。
そこには、これから魔界行きとなるメンバーが、楽しそうに笑い、食事をしている姿が見えた。
「俺も変わったな。誰かを頼るなんて、昔じゃ考えられなかった……一人じゃできないって素直に認めちまってる」
「…………」
「サーシャ、頼りにしてる」
「ああ……一緒に戦おう」
ハイセとサーシャは互いに頷き、星空を眺めるのだった。
「あー!! 師匠、いたぁ!! もう、いなくなったのかと思って、部屋に押しかけてやろうと思っちゃいましたよー!!」
クレアがドアを開け、ハイセの腕に飛び込んできた。
腕にしがみつき、胸をギュッと押し付ける……ハイセは嫌そうに、顔をしかめた。
「おま、酒臭いぞ……どんだけ飲んだんだ」
「えへへ。師匠のお酒、おいしかったですー、サーシャさんも飲みましょうよお」
「い、いや私は……」
「ふふん。わたしのおさけがのめないんですかぁ? うりうり、師匠にくっついちゃう。うりうり」
「おい、くっつきすぎだ。離れろっつの」
クレアは悪酔いしていた。腕だけじゃなく身体全体でしがみついている。
サーシャの目元がピクピク動き、ハイセに言う。
「は、ハイセ。クレアを引き剥がした方がいいのでは?」
「わかってる。おいクレア……って、おい」
なんとクレア、食器のナイフを手に闘気を発現。ハイセでも振りほどけない力で正面から抱き着き、なんと顔を近づけキスしようとしてきた。
「ししょ~……ちゅ~」
「おい馬鹿!! やめろっつのこの馬鹿!!」
「さ、さすがにこれは見過ごせん!!」
サーシャもナイフを手に闘気を放出、クレアを引き剝がそうとするのだった。
楽しい時間は深夜まで続き、スタンピード戦の時間が近づいて来る。





