二日前
全ての準備を終え、ハイセは宿の自室にいた。
物資は十分すぎるほどアイテムボックスへ入れた。軍の遠征規模の物資を入れ、ハイセ一人で兵士数千人分が数年は飢えることなく、快適に生活できるくらいの準備を終えた。
装備も新調した。
いつも着てる黒いコートを手入れしてもらい、背中に散弾銃やライフルを背負えるように改造し、『虹色奇跡石』を薄くプレート状にして、急所を守るガードも付けた。
愛用の自動拳銃も、新しいホルスターに入れ、マガジンケースも新調した。
背中にはリボルバーを背負い、いつでも抜けるようにしている。
「…………よし」
全ての支度を終え、ハイセは部屋を出た。
すると、クレアがエクリプスの部屋からちょうど出てきた。
「あ、師匠」
「……お前、明後日には出発だぞ。装備は整えたのか? テントは?」
「もう、心配しすぎですよー、ちゃんとばっちりです!!」
「……泣き言言っても貸さないからな」
「そんなこと言わないでくださいよ。かわいい弟子が困ってたら、師匠の出番ですー」
クレアは当たり前のように近づき、腕を取って甘えてくる。
もはやハイセの腕を取るのが当たり前となりつつあり、ハイセははっきり言った。
「お前な、いい加減にくっつくのやめろ。子供じゃあるまいし」
「えー、でもでも、師匠と弟子のスキンシップを」
「いらん。ったく……とにかく、もう一度ちゃんと準備しろ」
「はーい」
クレアは部屋に戻った。
ハイセはため息を吐き一階へ。そこにはモップ掃除をするリネット、新聞を読む店主がいた。
「あ、師匠」
「ああ。と……リネット、少しいいか?」
「はい」
「……明後日には、俺もクレアも出発する。しばらく戻らない」
「……はい」
「だから、宿のことは任せるぞ」
「はい!!」
リネットの頭を撫で、ハイセは店主の元へ。
金貨を大目に置き、店主に言う。
「延長、三か月分」
「……うむ」
「それと、三か月分を超えるかもしれない。リネットのこと、任せていいか?」
「……ああ、わかっておる」
それだけ言い、ハイセは離れようとした。が……意外なことが。
「待て」
「……? あんたが呼び止めるとは、初めてか?」
「フン。少し、頼みがある。実はシムーンとイーサンが……その、明後日お前さんたちが出発すると聞いてな、食事会を開きたいんだそうだ」
「……は?」
「食事会だ。隣のカフェを全部使って、お前さんたち十一人だったか? 遠出する冒険者たちに美味しい物を食べて欲しいと」
「…………」
「…………察しろ」
「…………まさか、俺に十一人集めろって?」
「…………」
こうして、ハイセは十一人に声を掛けるべく、宿を出るのだった。
◇◇◇◇◇◇
「……ったく、なんで俺が」
「まあまあ師匠。えへへ……一緒におでかけ、うれしいです」
リネットを連れて行っていい、とのことだったので二人で宿を出た。
クレアも誘おうとリネットが言ったがハイセが許可せず……最近、どうも距離が近いので、どうせベタベタ甘えるに決まっている。しかも、今は荷物の最終チェックをしているだろう。
最初に向かったのは、プレセアとヒジリの宿。
「ここが、プレセアさんたちの……」
「でかくて、立派で、広い宿……そう思ったか?」
「いい、いえいえ、そんな。うう、師匠……」
「冗談だ。ほら、行くぞ」
リネットを連れ中へ。
受付も広く、置いてある調度品やソファも真新しい。リネットは宿で働いているからか、自分の宿とこの宿の違いを探しているようだった。
ハイセは受付に聞く。
「ここに宿泊している、プレセアかヒジリに用がある」
「……あんた、何だい? あの二人、うちの上客なんだ。下手なちょっかい出すつもりじゃないだろうね」
当然のことだが、警戒された。
ハイセはめんどくさそうにため息を吐き、会えないなら手紙でも……と思った時だった。
「ハイセじゃない」
「……いいタイミングだ。お前、まさか俺にまた精霊を」
「あなたじゃなくて、リネットね」
プレセアが階段から降りてきた。
部屋着なのか、肩が剥き出しで、胸を覆うチューブトップに短パンという姿だ。下着姿ではないが、肌の露出が多い。
プレセアを見て、リネットが頭を下げた。
「何か用? 今、薬の調合をしていたの」
「薬……魔界用にか?」
「ええ。回復魔法があると言っても、準備は必要でしょう?」
「……ああ。確かにな」
ハイセも、薬品は何種類も用意した。だが、プレセアの作る薬品に比べたら質は雲泥の差。
こうして用意してくれるのは、実にありがたい。
プレセアは言う。
「で、何の用?」
「……リネット、説明」
「わ、わたしですか。は、はい……えっと」
リネットは、シムーンとイーサン主催の『食事会』について説明。
プレセアは、クスっと微笑んだ。
「あの子たちらしいわね。いいわ、参加する……ヒジリにも伝えておくから」
「任せる」
「あ、師匠」
それだけ言うと、ハイセは踵を返す。
リネットが慌てて追い、プレセアがハイセの背に向かって言う。
「次は、サーシャかしら。教えてあげる。サーシャは……今、『セイクリッド』の五人と一緒に冒険者ギルドにいるわ。一塊になって動かないから、ギルドマスターとお話してるんじゃない?」
「………感謝する」
クラン『セイクリッド』に行かずに済んだと、ハイセは感謝した。
リネットと二人、冒険者ギルドに向かう。
ギルド内に入ると、リネットがキョロキョロした。
「わたし、はじめて入りました」
「そういやそうか。って待てよ」
「ハイセさーん!!」
と、ミイナがブンブン手を振っていた。
リネットに興味津々なのか、眼が輝いている。
「あの、師匠……あの人は?」
「無視しろ。今日は依頼じゃないし」
「無視しないでくださいいー!!」
と、なんとカウンター席を越えてきた。
ハイセに接近し、ビシッと敬礼する。
「どもども、お久しぶりです。そして初めまして、私はミイナです!! 冒険者ギルドの受付やってます!! こっちはサイアちゃんで、後輩です!!」
「は、初めまして、リネットです」
「ど、どうも……サイアです」
「おい、職務放棄するな。受付戻れ」
「ひどいですね。ハイセさんが無視するから挨拶に来たんですよ。ね、リネットさん」
「え、あ」
「はあ……おい、サーシャたち来てるか?」
「いますよ。今、ギルマスとお話し中ですー」
「……ガイストさんも誘ってみるか」
「え、え、飲みに行くんですか!! 私も行きます!!」
「……お前はダメ」
すると、先輩受付嬢がミイナを羽交い締めにし、首を絞めて意識を刈り取った。
ハイセに頭を下げ、青ざめるサイアを引っ張って受付へ。
「リネット、あれが職務放棄した受付嬢の末路だ」
「は、はい……」
「じゃあ、上の階に行くぞ」
ハイセは、リネットを連れてギルマス部屋へ向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇
ギルマス部屋の前に到着すると、いいタイミングでドアが開いた。
「ん? ハイセ?」
「よう、レイノルド」
ドアを開けたのはレイノルド。
その後ろにピアソラ、ロビン、タイクーン、そしてサーシャがいた。
奥にはガイストも見える。
「なんだ、ガイストさんに用事か? オレらは終わったぜ」
「いや、お前たちに用事がある。あと、ガイストさんも……三分で話終わるから、少しいいか?」
「んん? 別にいいけどよ」
レイノルドが「ハイセが話あるってよ」と言い、全員で中へ。
リネットは、今更ながら場違いなのではと思っていたが、どうしようもないのでハイセの背にこそっと隠れた。
「ハイセか。ワシと、チーム『セイクリッド』に話とは……」
「ハイセ、重要なことか?」
ガイスト、サーシャが真剣な表情になる。だがハイセは首を振った。
「そんな大したことじゃないです。実は……」
ハイセは『食事会』の説明をすると、レイノルドが笑った。
「はっはっは。いいね、酒は出るのか?」
「俺が持ってる高級酒、飲みきれないほど出してやるよ」
「あたし、甘いのいっぱい食べたいっ!!」
「シム-ンの菓子は絶品だ。リネットも手伝うしな」
「が、がんばります!!」
「……ふむ。食事会というのも悪くない。チームワークを深める儀式といったところか。ボクは賛成だ」
「お前ならそう言うと思った。サーシャ、お前はどうだ?」
「うむ。もちろん賛成だ。一度、全員で顔合わせしなくてはと思っていたしな。出発二日前……準備もあるし、明日あたりか?」
「ああ、そうなると思う。ガイストさんもぜひ」
「ふむ。これは、行かねばな」
こうして、『セイクリッド』の参加も決定するのだった。
◇◇◇◇◇◇
ハイセ、リネットは休憩がてらカフェでお茶を飲み、宿へ戻った。
すると、エクリプスとエアリア、どこかムスッとしたクレアがいた。
「あ、師匠……ふん、私を置いてリネットと二人でおでかけした師匠」
「お前、拗ねてんのか?」
「ふーんだ。師匠、私のことそんなに邪魔なんですねー……ふーんだ」
「わかったわかった。もう邪険にしない。機嫌直せ」
「……まあいいです!! その代わり、くっついても文句なしで!!」
クレアは、ハイセの腕にくっついて甘えだす……ハイセは嫌そうだったが、仕方なく甘えさせた。
すると、エクリプスと、クッキーをボリボリ食べていたエアリアが言う。
「食事会のこと、聞いたわ。ふふ、楽しみね」
「あたい、うまいものいっぱい食うぞ!! 楽しみだー!!」
「ああ、シム-ンは?」
「カフェにいるわ。あなたが食事会のために奔走してるって聞いて、すごく張り切ってる。たくさん料理を作って、アイテムボックスに入れてるわよ」
「カフェ、今日はお休みなのだ。イーサンが掃除、飾り付けをしてたぞ!!」
「……そうか。明日が楽しみだな」
明日は食事会。ハイセは今のうちに、アイテムボックスに入れておいた高級酒を出しておくのだった。





