三日前
ハイセは一人、ハイベルク王国郊外にある平原に立っていた。
手には硬いクカの木。円柱の形をしており、大きさも片手で持てるほど。
ハイセは深呼吸し、眼を閉じ……木材を回転させて上空に放り投げた。
そして、カッと目を開く。
「───ッシ」
腰のホルスターから自動拳銃を抜いて連射、空中で木材が何度も跳ねる。
弾切れと同時に自動拳銃をホルスターに戻し、今度は背負っていたリボルバーを抜きファニングショット。円柱が再び何度も跳ね、最終的にハイセの真上に落下……ハイセは木材を掴み、じっくり見る。
「……チッ」
木材には、穴が三つ開いていた。
「二発、外したか……くそ、やっぱ鈍ってるな」
銃弾は、円柱のど真ん中を貫通していた。
それとは別に、側面にも二発の穴が空いている。
ハイセは、全弾、一発目で貫通させた穴に通すつもりだったが、二発外してしまった。
驚異的な視力、そして精密射撃。
「今日は一人だし、久しぶりに射撃訓練をじっくりやるか」
使える武器は、二百を超えた。
危険すぎて使えない、そして目立ちすぎる『兵器』もある。
人間界でできることに限界はあるが、それでもハイセはできる訓練を始めるのだった。
◇◇◇◇◇◇
夕方、ハイセは射撃訓練を終え、王都に向かっていた。
久しぶりにじっくり銃器に触れることができ、ハイセも満足している。
使える武器は二百を超えたが、その全てを使うことはない。手に馴染む武器、適性、射程、威力などを吟味した武器だけを使っている。
今、ハイセが戦闘で使う武器は、二十種類もない。今日は久しぶりに使ったことのない武器にも触れ、感触を確かめてみた。
「悪くない……俺と違ってノブナガは、これらすべてを使いこなしていたのかな」
そんなことを考えつつ歩いていると、王都正門付近に見知った顔たちがいた。
「あれー? ハイセじゃん」
最初に気付いたのはロビン。
そして、サーシャが振り返り、レイノルドが「よっ」と片手をあげ、ピアソラが「ふん」とそっぽ向いたがチラチラ視線を送り、タイクーンが眼鏡をクイッと上げる。
チーム『セイクリッド』が揃い、こうしてハイセと出会うのは久しぶりだった。
普段なら無視していくが、これから魔界行きとなるメンバーだ。少し迷い、仕方ないと思いつつ、この中では仲のいいタイクーンに聞く。
「依頼か」
「ああ。魔界行きも近いからね、戦術の確認を兼ねた依頼をこなしていた。それと、今日一日、クラン『セイクリッド』を信頼できるチームに任せ、運営もさせている。我々が魔界に行った時、クランがきちんと動くかどうかの確認としてね」
思った以上に答えが帰ってきた。
魔界行きまであと三日。まずはスタンピードを止めるため、東へ向かう。
「我々の準備は完了した。今日の戦術確認も手ごたえがあった。ハイセ、キミはどうだい?」
「俺も問題ない」
「くくく、スタンピードはともかく、魔界は楽しみだ。どのような文化、どのような書物があるのか……ふうう、今から興奮する!!」
「お前はブレないな……まあ、書物は俺も楽しみにしている」
「そうか!! くっくっく、やはり、ボクの趣味を理解してくれるのはキミだけだ」
「お、おう」
顔をズイッと近づけ興奮するタイクーン。すると、タイクーンの襟をグイっとレイノルドが引く。
「なに興奮してんだよ。悪いなハイセ」
「ああ、お前も準備できてるんだな?」
「おう。新装備の確認も終わったし、これまで以上の『守り』を展開できる」
「守り……お前も、能力が進化したのか?」
能力は、進化する。
ハイセが『武器』から『兵器』を使用できるように、サーシャの闘気の色が変わって強力になるように、マスター系能力は進化する。
レイノルドは『シールドマスター』で、守り専門。どのような進化をしたのか不明だが、間違いなく頼りになることだろう。
すると、レイノルドを押しのけロビンが前に出る。
「ねね、ハイセ!! 見てみて、新装備っ!!」
「うおっ」
「カッコいいでしょ。新しい弓に、ゴーグルも新調したんだ。それと、服もそれに合わせて変えるんだ。チーム『セイクリッド』の新装備に新衣装、ハイセにも見せてあげるね!!」
「あ、ああ」
新しい弓とゴーグルを見せてくるロビン。おもちゃを買い与えてもらった子供のようにはしゃいでいる……まだ、子供だった。
「装備で言えば、サーシャが一番変わったかなあ。鎧とか、マントとか、すっごくカッコよくなったんだよ」
「へえ……」
「ま、まあ……見る機会はある。その、今度見せてやる」
「いや、そこまで見たいわけじゃないけど」
「む、見たくないのか?」
「あはは、サーシャも見せたいんだねー」
「そ、そういうわけではない!!」
けらけら笑うロビン。サーシャは顔を赤くしてロビンを背後から捕まえる。
笑うレイノルド、呆れるタイクーン。
チーム『セイクリッド』は、これからスタンピード、そして魔界に行くというのに、リラックスしているようだった。
これなら心配ないなと思い、ハイセは宿に帰ろうとする。
「ハイセ、お待ちなさいな」
と、意外も意外……ピアソラが話しかけてきた。
これにはサーシャたちも驚き、ピアソラを見る。
「あなた、予定は?」
「宿に戻ってメシ食うだけだ」
「なら、少し付き合いなさい」
「「「「え……」」」」
サーシャ、レイノルド、ロビン、タイクーンが同時に驚いた。
まさか、ピアソラがハイセを誘うなんて、王都に魔族の集団が攻めてくるくらいあり得ない。
ハイセは、隠すことのない不信感をあらわにする。
「……何が目的だ」
「そういう態度を取るのもわかりますわ。でも、一度あなたと話しておきたいことがありますの。サーシャ……悪いけど、先に帰ってくださいな」
「え、あ、ああ……う、うん」
「面白そうだけど、邪魔しない方がよさそうだ。おい、帰るぞ」
レイノルドに引っ張られ、サーシャたちはそのまま王都へ。
クラン本部ではなく、王都の支部に戻るようだ。
ピアソラは言う。
「すぐに終わります。ついてきなさい」
ピアソラが歩き出した。
無視して帰っても問題ないし、少し前のハイセならそうした。
だが、着いていかねばならない。そんな風に思い、ピアソラの後に続くのだった。
◇◇◇◇◇◇
ハイセの入ったことのない、静かなバーだった。
そこのカウンター席に並んで座り、ピアソラが酒を注文……ハイセの前に。
乾杯はしない。酒が来るなり、ピアソラは飲み干した。
「これから、スタンピードと魔界……わたくしたち始まって以来の、大きな戦いが始まりますわ」
「…………」
「だからこそ、今のうちに言っておきます」
ハイセは酒を飲み、チラッとピアソラを見る。
ピアソラは、グラスを置いてハイセを見た。
目が合う。だがピアソラはハイセと目を逸らさない。
「あなたは以前言いました。俺を嫌いなままでいろ、と……その気持ちは変わることはありません」
「……で?」
「ですが、わたくしは……あなたを認めますわ。一人の冒険者として、S級冒険者として。かつて『セイクリッド』のお荷物だったあなたを、わたくしが大嫌いなあなたを……認めます」
「…………」
「あなたは、わたくしが嫌いですわね?」
「ああ、そうだな」
「わたくしも。その感情は互いに一致していますし、変わることはありませんわ」
「…………」
「ハイセ。質問します。 わたくしはあなたを認めました。あなたは……わたくしを、認めますの?」
それは、確認だ。
これからスタンピード戦、魔界と未知の戦いになる。
いがみ合い、険悪なままで向かうのは、メリットがない。
だからこそピアソラは宣言しに来たのだ。ハイセに向かって『ハイセを認める』と言うことで、背中を預け、信用すると。
かつてピアソラは、破滅のグレイブヤードでハイセに守られた。それだけじゃない、自分の実力で禁忌六迷宮を踏破し続け、その実力を認めていた。
こうして面と向かって言う必要はない。だが、意を決して伝えに来たのだ。
ハイセはグラスを置き、ピアソラの目を見て言う。
「十一人。今回のメンバーで回復が使えるのは、お前とエクリプスだけだ。正直……俺が負傷しても、お前が俺を治療しない可能性はあると思っていた」
「…………」
「でも、その不安は消えた。ああ、認めてやる。ピアソラ……お前はチームの要だ」
「……っ」
「以前、回復は必要ない、次に切り捨てられるのはお前と言ったが撤回する」
その言葉を聞き、ピアソラが軽く目を見張った。
「俺は相変わらずお前のことが嫌いだし、お前も俺のことが嫌い……それでいい。でも、スタンピードと魔界行きでは頼りにしている」
グラスをピアソラに向けると、ピアソラは少しだけ微笑み……自分のグラスを手に、ハイセのグラスに軽く合わせた。
「フン。相変わらずムカつきますけど……まあ、いいですわ」
「そうかい」
「よし、じゃあもう少し飲みますわよ。三日後には出発ですし、しばらくハイベルク王国には戻りませんからね……晩酌の相手があなたというのは不満ですけど、付き合いなさい!!」
「帰る」
その後、ピアソラがハイセを無理やり引き留めたり、酔っ払って爆睡して店を追い出されたりするのだが……嫌々ながらもハイセは、ピアソラを送り届けるのだった。
全ての不安が消えた。
出発まで、残り三日。





