一週間前
ハイセは、クレアと一緒に城下町を歩いていた。
「いやー、今日も大変な依頼でした!!」
「……帰ってメシだ」
「はい!!」
今日は二人で依頼を受け、当然のごとく達成……そして、冒険者ギルドに報告した帰りである。
クレアはウキウキしていた。それもそのはず、なんとクレアにS級昇格の話が持ち上がったのだ。その話をガイストから聞き、こうして喜んでいるのである。
クレアは、ウキウキしながらハイセの腕を取る。
「えへへ、師匠~!! 私もS級ですって!! 二つ名が付きますー」
「お前だけじゃなく、プレセアもだぞ」
「あ、そうでした。えへへ」
嬉しいのか、ハイセの腕にギューッと抱き着く。
胸を押し当て、猫のように甘えるクレア……最近、スキンシップが激しい。ハイセはため息を吐き、クレアの腕を外した。
「師匠、二つ名って誰が決めるんですか?」
「……自分で決めることもできるし、冒険者ギルドが決めることもある。今回の場合、プレセアはアイビスさんからの推薦もあって、アイビスさんが『草麗の妖精』っていう二つ名を提出したそうだ」
「へ~……私は?」
「お前は、功績を積み重ねての昇格だ。特に推薦者もいないし、自分で考えるか、ギルドに丸投げしろ」
「じゃあ師匠が」
「パス」
「まだ最後まで言ってないのにぃ」
ムスッとするクレア。すると、思い出したように言う。
「そう言えば私、周りから『青藍の双剣姫』って呼ばれてたっけ……カッコいいし、それにしちゃおうかなー」
「好きにしろ」
「師匠は? あ~……自分でカッコいいの決める感じじゃないし、ギルドに丸投げした感じですか?」
「……」
ハイセは答えず、そのままスタスタ歩くのだった。
◇◇◇◇◇◇
夕飯までは少し早いので、バー『ブラッドスターク』で軽く飲んで帰ることにした。
ハイセ、クレアが店に入ると、ヘルミネの顔色がやや悪い。
「……いらっしゃい。二人とも」
「……お任せで軽く」
「私も師匠と同じで」
「はぁい。ふふ、お仕事終わりかな?」
「はい!! まだ晩ごはんまで早いので、一杯飲んで帰ろうかと」
「じゃあ、シムーンちゃんの夕飯が待ってるのね。ふふ、おつまみは一品だけで、お酒も軽くするわね……ふう」
ヘルミネの顔色が優れないことに、ハイセもクレアも気が付いた。
クレアが、心配そうに言う。
「あの、ヘルミネさん……体調、悪いんですか?」
「え? あ、ああ……少しだけね。大丈夫、問題ないわ」
「うう、心配です。ね、師匠」
「……無理、しないでいいですよ」
「ううん、お客様にはしっかりおもてなししないとね。少し待ってて」
ヘルミネはカクテルの準備をする。
少し心配だったが、クレアは話題を変えた。
「そうだ師匠。あの~……S級冒険者になると、王族と一緒に依頼を受けるんですよね?」
「ああ、そういう風習がある」
「それ、師匠も一緒に……ダメですか?」
「お前な、もうS級になるんだ。いつまでも俺のこと頼りにするな」
「でもでも、私……師匠がいいです。師匠が大好きだから、頼りにしちゃうんです」
「…………」
天然なのか、本気なのか……まるで愛の告白。恐ろしいのは、クレアが照れもせず、本気の言葉を当然のように言っている。
ハイセは何も言わず、聞いていたヘルミネも驚いていた。
妹……以前もそんな考えがよぎったが、ハイセもつい甘やかしてしまう。
「……クレス殿下と二人きりって可能性もあるしな。どうしても無理だったら言え」
「師匠!! やったあ、ありがとうございますー!!」
「だから、くっつくなっての」
ハイセの腕を取り甘えるクレア。実力ではS級に相応しいが……やはり、まだ早いのではとハイセは思ってしまうのだった。
そして、二人の前におつまみとカクテルが出され、それぞれ飲む。
「あ、そうだ。師匠、S級になったらお祝いしてください!!」
「……は?」
「それと、プレゼントも欲しいです!! 一日甘えてもいいですか?」
「もう甘えてるだろうが」
「じゃあプレゼント!!」
「…………はあ」
図々しいというか、不思議なことにハイセは嫌な気がしなかった。
めんどうなので「S級になったらな」と言い、カクテルを飲む……すると、店のドアが開いた。
「あら」
入ってきたのはプレセアだった。
ヘルミネに軽く手を振り、ハイセの隣に座り、「おまかせで」と注文する。
「あと一週間。私、準備できたから」
座るなり、プレセアが言う。
それは、スタンピード戦、そして魔界へ行く準備が整ったという意味だった。
ハイセはプレセアをチラッと見て言う。
「お前のことは心配していない。ヒジリは?」
「相変わらず討伐依頼ばかり。準備なんて何もしてないわ」
「……手、貸してやってくれ」
「ええ。そのつもり」
「プレセアさん!! S級昇格ですね!! やりましたね!!」
「声がデカいわ」
「声がデカい」
二人に注意され、クレアは慌てて口をつぐむ……そして小声で言う。
「プレセアさん、一緒にS級になれますね。えへへ、うれしいです」
「そうね」
「あの、王族からの依頼ってあるんですけど、プレセアさん、大丈夫ですか?」
「何が?」
「その、第一王子のクレス様と、王女のミュアネ様と一緒に依頼を受けるんですけど」
「別に、問題ないわ。あなたは?」
「私は無理なので、師匠に同行をお願いしました」
「……本当に、クレアに甘いわね」
「うるせ。自覚はあるよ」
すると、ヘルミネがプレセアの前にお酒とおつまみを置く。
プレセアは「ありがと」と言い、ヘルミネを見て……目を細めた。
「……ヘルミネ」
「ん? なに、プレセアちゃん」
「……ちょっといい?」
「え? え?」
プレセアは立ち上がりカウンター内へ。ヘルミネの額に手を当て、腕を取り、脈を取り……人差し指を淡く発光させると、ヘルミネの心臓付近に触れた。
そして、驚いたように顔を上げ、ヘルミネを見る。
一連の行動をハイセ、クレアはジッと見ていた。
「ヘルミネ、あなた……」
「ど、どうしたの?」
「体調、悪いわね? 食欲もないし、ずっとだるいでしょ?」
「え、ええ……シグが家のことをやってくれるから、せめてお仕事だけでもって思って」
「しばらく休業するべきね。シグムントはいる?」
「ええ、二階の自宅にいるけど」
「大至急……ううん、私が呼ぶわ。クレア、お店の看板下げてきて」
「は、はい」
「ちょ、ぷ、プレセアちゃん?」
プレセアが指を鳴らすと、二階からドタドタと音がして、シグムントが駆け下りてきた。
エプロン姿で、頭に手ぬぐいを巻いている。
「どうしたどうした!! そこのエルフさん、ヘルミネの体調不良とは何事か!!」
精霊で呼んだのだろう。シグムントはヘルミネの傍へ。
クレアが看板を下げて戻ってくると同時に、プレセアが言った。
「すぐ医者に行った方がいいわ。ヘルミネ……あなた、妊娠してるわよ」
「「…………え」」
「ににに、妊娠!! しし、師匠、マジですか!?」
「……俺に聞くな」
たっぷり数秒沈黙し、ヘルミネがお腹を押さえる。
「に、妊娠って……わ、私が?」
「覚えはあるんでしょ? こう見えて私、医者の資格もあるし、薬師でもあるのよ」
「……へ、ヘルミネが、妊娠!! お、オレの子供……!!」
「し、シグ……」
「はは、ははは!! やったぞ!! オレとヘルミネの子供だ!! やったあああああ!! って!! 嬉しいけどそれどころじゃない!! へへ、ヘルミネ!! 店じまい!! べ、ベッドへ!! うおおおおおおおどうすれば!!」
「落ち着きなさい。ヘルミネは私が見てるから、そうね……私の知り合いにエルフの医師がいるわ。家まで精霊に案内させるから呼んできなさい。その医師、何度も出産に立ち会ったことのあるベテランだから。私の紹介状を持っていけばいいわ」
「わわ、わかったあ!! うおおおおおおおおお精霊ェェェェ!!」
プレセアが指を鳴らすと、淡い光がシグムントを包み込む。
シグムントは店を飛び出した。
「クレア、そこの水差しを持って一緒に来て。ハイセ、あなたはここで待機してて」
「わかりました!!」
「……まあ、いるだけなら」
「ごめんなさい。その、迷惑かけるわね」
「何言ってるんですか!! おめでたいです。ヘルミネさん、おめでとうございます!!」
「……うん。ありがとう」
「そういうこと。さ、二階へ」
三人は店の奥へ消えた。
残されたハイセは座り、残った酒を飲む。
「……子供、か」
それから十分もしないうちに、エルフの女医を抱えてダッシュで戻って来たシグムントが、ダッシュで二階へ駆け上るのだった。





