二週間前
ハイセが宿に戻ると、クレアがちょうど風呂から出てきたところだった。
「あ、師匠。おかえりなさい」
「ああ。ちょうどいい、お前に話がある」
「はい?」
「その前に……エクリプスとエアリアは?」
「エアリアさんは隣のカフェでケーキ食べてます。エクリプスさんはお部屋かなあ」
「わかった。少しの時間でいい、エアリアを呼んで来てくれ」
「わかりました」
ハイセは二階へ。
エクリプスの部屋のドアをノックしようとして気づく……誰かの部屋を訪ねるなんて、これまで一度もなかったと。
少し考え、「用件を話すだけだ」と切り替えノックする。
すると、すぐにドアが開いた。
「ちょうどよかった。クレア、あなた用の……え?」
「……」
「は、ハイセ? ぁ……」
エクリプスは、なぜか下着姿だった。
黒の上下、そして手に緑色のショーツを手にしていた。
顔を赤らめ、胸を隠すような素振りをしたところで、ようやくハイセはドアを閉めた。
それから三分後……エクリプスがドアを開ける。
「ご、ごめんなさい。はしたない姿を……」
「……俺も悪かった」
ドアをノックしたし、開けたのはエクリプス。ハイセの落ち度は全くないが、とりあえず謝罪。
ハイセは要件を告げる。
「少し話がある。すぐに終わるから、下に来てくれ」
「え、ええ……じゃあ、行きましょうか」
二人は一階へ。休憩スペースにはクレア、そしてクッキーを食べるエアリアがいた。
エクリプスがクレアの隣に座ると、クレアは「あれ、顔赤いですけど」と言う……だがエクリプスは何も言わず、そっぽ向くだけだった。
ハイセは、サーシャと話した魔界行きの説明をした。
「……二週間後、アズマに向かう。その道中にある『クリシュナ遺跡』に入り、スタンピードが起きる前にダンジョンボスを始末する。魔界に向かう前の最終調整だと思え」
「す、スタンピードって……確か、スタンピードが起きる前のダンジョンって、魔獣の等級がハネ上がるんじゃ……」
「だからこそ、意味がある。クレア……お前の実力はもうS級冒険者と遜色ない。今のお前なら、問題はない」
「し、師匠……」
「エクリプス、お前はどうだ?」
「問題ないわ。スタンピード……ふふ、ハイセは経験があるのよね? ハイベルク王国を襲った、過去最大のスタンピードを止めたのよね」
「ああ。お前はどうだ、エアリア」
「ん~……いいけど、遺跡って室内だろ? あたい、狭い空間じゃ能力をフルに活かせないぞ」
「だったら、室内でできる戦闘法を考えろ。そういう状況での戦いもある」
「む~……わかった」
「以上だ。質問は」
ハイセが言うと、クレアが挙手。
「はいはーい!! あの師匠、不安なので毎日稽古を付けてください!!」
「わかった。これから二週間は、依頼を受けつつ訓練をする」
「はい!! よーっし!!」
「あたい、ガイストのおっさんのところ行こっと。あのおっさん、頭いいし相談するぞー」
「……まあ、好きにしろ」
「……私も、戦術の確認をしないとね。久しぶり……ううん、生まれて初めて、命を賭けた戦いになるかもしれない。いろいろ想定しておかないと、ね」
こうして、ハイセたちは二週間後、スタンピードダンジョン『クリシュナ遺跡』に挑戦することになった。
◇◇◇◇◇◇
サーシャは、屋台を出てハイセと別れた後、一人でプレセアとヒジリの宿へ向かった。
場所は聞いているので知っている。ちょうど酔い覚ましが効く頃に宿に到着し中へ入り、受付へ。
「すまない、ここに長期宿泊している、プレセアとヒジリはいるだろうか」
受付は女性だった。
サーシャを見て少し驚きつつも答える。
「ああ、ついさっき帰ってきたよ。部屋に戻ったから呼んで──」
「あら、珍しいわね」
と、階段を降りてくるプレセア。
「……私に付けた精霊が近づくのを感じたのか?」
「ふふ、わかってるじゃない」
「冗談だったのだが……まあいい。ヒジリはいるか?」
「いるわ。何か用事?」
「ああ、二人に話がある」
プレセアは「呼んで来るわ」と言って二階へ。
サーシャは休憩用のソファに座る。
ハイセの住む宿より高級なところだ。三階建てで部屋数も多く、食堂とラウンジが別々になっている。居心地のよさそうな宿であり、サーシャも落ち着いていた。
「あれー? ほんとにサーシャじゃん。なになに、こんな時間に遊び来たの?」
「違うわよ。お仕事のことじゃない?」
すると、ヒジリとプレセアが階段を降りてきた。
二人とも、ラフな格好だ。あまり見ない姿である。
二人はサーシャの前に座る。
「で、なんか用事?」
「ああ。魔界行きの件でな」
「魔界……いい話? 悪い話?」
「悪くもあるが、いい話でもある」
サーシャは、二人にスタンピードのこと、クリシュナ遺跡のことを説明。
予想通り、ヒジリは喜んでいた。
「マジ? 最高じゃん……スタンピード前のダンジョンに殴り込みなんてさ!!」
「……スタンピード。まさか、発生前のダンジョンに踏み込むなんてね」
「ああ。だが、私たちならいける。考えてみろ、私にハイセ、ヒジリ、エクリプス、エアリア。そして『セイクリッド』のメンバーにお前、そしてクレアだ。恐らく……このメンバーは人間最強とも言える」
「確かにね。ふふ、そのメンバーだけで、かつてハイベルク王国を襲ったスタンピード、止められるんじゃないかしら」
「……私も、同じことを思った」
サーシャ、プレセアは苦笑した。
「出発は二週間後。一週間かけてクリシュナ遺跡まで向かい、スタンピード前のダンジョンを攻略……その後、アズマに向かい、カーリープーランの転移魔法陣で魔界へ行く。このダンジョン攻略は、魔界に行く前の最終調整だと考えてくれ」
「わかった。しっかり準備しないとね」
「むっふっふ……アタシ、なんか燃えてきた!!」
サーシャは立ち上がり、帰ろうとした……が。
「待った。ねえサーシャ、お腹空いてない? せっかくだしご飯行こっ!!」
「え?」
「今の話聞いたらお腹減ってきたわ。プレセア、アンタも」
「……カフェがいいわ。お茶が飲みたいわね」
「え~? 焼肉がいい。お茶はそのあとで!!」
「お、おい、行くとは言って……肉か…」
「いいじゃんいいじゃん、行こっ!!」
ヒジリはサーシャの腕を取り、ズンズンと歩き出す。
その後ろを、プレセアが仕方ないとばかりに付いて歩き出す。
サーシャも観念したのか、ヒジリと並んで歩き出す。
二週間後にスタンピードダンジョンへ挑む。そうは見えないくらい、女子三人は楽しそうに歩くのだった。





