魔界へ向かう前、最後の引き締め
朝食後、ガイストのいる冒険者ギルドへ。
すると、久しぶりに聞く声が。
「あ、ハイセさん!!」
ミイナが、ハイセに向かってブンブン手を振った。しかもその声のデカいこと……ギルド内にいた冒険者たちが「ハイセって、一位の……」や、「マジか、初めて見た」などの囁きも聞こえてきた。
明らかに新人みたいな冒険者たちも、眼を輝かせて見ている。
ハイセは小さくため息を吐き、ミイナの元へ。
「お久しぶりですねー、いろんな国に行ったって聞いてましたけど、お土産ありますか?」
「お前にあると思うか? ってか声デカい」
「えへへ。あのあの、久しぶりに飲みに行きません? ギルマスも誘って!!」
「……はあ、仕方ないな」
「…………」
「……なんだよ、その沈黙は」
ミイナは首を傾げ、不思議そうに言う。
「なんか、ハイセさん変わりましたね。優しくって親しみやすいです」
「……俺は変わってない」
「うーん、あたしはそうは思わないですけどねえ。あ、そうだ!!」
するとミイナが、チョイチョイと手招きする。
誰を呼ぶのかと思ったら、眼鏡を掛けた三つ編みの少女を読んだ。
「ふふふ。彼女はあたしの後輩でサイアちゃんです!! 十六歳、期待の新人受付嬢ですよ!!」
「せせ、せ、先輩、あのあの、わ、私は別にその」
サイアは、どう見てもハイセに対し緊張していた。ベテランでもハイセには緊張するのだが、緊張とは無縁のミイナは嬉しそうに言う。
「いやあ、あたしも後輩を指導する側に回るとは……時間の経過って早いですねえ」
「……おい。ガイストさんいるか?」
めんどうなので、無理やり話を進めることにした。
ミイナは言う。
「ギルマスなら、サーシャさんとお話してますよ。もうすぐ終わるんじゃないですかね」
「サーシャが?」
「ええ。反省会とか言ってましたけど」
「……わかった。部屋の前で待ってる」
ハイセは階段を上がり、ガイストの部屋の前まで向かった。
◇◇◇◇◇◇
部屋の前に行くと、ちょうどサーシャとガイストが出てきた。
「ではガイストさん。よろしくお願いします」
「ああ、頼んだ……今のお前になら任せられる。ん?」
サーシャ、ガイストが視線を向けた先には、ハイセがいた。
サーシャは少しだけ微笑む。
「ハイセ。戻ってきたのか」
「ああ。話中だったか」
「いや、もう終わった。ハイセも、ガイストさんに話を?」
「ああ……少し、相談をな」
「ワシにか。いいだろう、話を聞こう。入れ」
「……サーシャ、お前もいいか?」
「え? わ、私も?」
「ああ、お前にも聞いてほしい」
三人で部屋に入り、ハイセは座るなり言う。
「魔界に行く前に、鈍った身体を引き締めたい。ガイストさん……SSレート以上、できればSSSレートの魔獣がいるダンジョン、生息地に心当たりありませんか」
「……何を言いだすかと思えば。SSSレートなぞ出たら、国中の冒険者を招集、それこそスタンピード戦の再来になるぞ」
「今の俺なら、スタンピードも制圧できる。自惚れでも何でもありません、事実です」
「ふむ……」
「俺は、ここ最近『命を賭けた戦い』に身を置いていない。このまま魔界に行って、そういう戦いになったら……」
「……なるほどな」
すると、サーシャが言う。
「ガイストさん。先ほどの話ですが……クランではなく、私『たち』で受けてもいいですか? いや……魔界に行くメンバー全員で受けます」
「……何の話だ?」
ハイセがサーシャを見ると、ガイストが言う。
「……実は、スタンピードの兆候があるダンジョンが発見された」
「!!」
「場所は、東にある迷宮型ダンジョン、A級難易度の『クリシュナ遺跡』だ。恐らく一ヶ月以内に、大規模なスタンピードが起こる」
「先ほど、ガイストさんから依頼を受けた。クリシュナ遺跡に踏み込み、スタンピードの元凶であるダンジョンボスの討伐をしろとな」
サーシャが言う。
かつて、ハイベルク王国で起きたスタンピードとは対応が違う。
ダンジョンが寿命を迎え、ダンジョンボスが後継を生み出すために魔獣を無限に生み出し、ダンジョンから溢れ出すことでスタンピードが発生する。
ダンジョンボスを討伐できればスタンピードは防げる。しかしスタンピードが近いダンジョン内の魔獣たちは、討伐レートが跳ね上がる。それはダンジョンボスも同様なので、スタンピードが発生し、現れる魔獣を全て討伐することが最善策と言われていた。
だが……今のサーシャなら、チーム『セイクリッド』を率いて、スタンピード発生前のダンジョンに踏み込み、元凶であるダンジョンボスを討伐できるかもしれない。
「間違いなく、ダンジョンボスの討伐レートはSSSだろう。道中で現れる魔獣も、討伐アベレージはSを超える…場合によっては指名依頼も考えていた…」
「面白い。それにぴったりだ」
サーシャは真剣に言い、ハイセは笑って言った。
サーシャはガイストに言う。
「ガイストさん『セイクリッド』ではなく、魔界に向かう十一人で、この依頼を受けます。ハイセ、いいな?」
「……そうだな。俺もだけど、お前らも気を引き締めるにはちょうどいい。魔界に向かうのは、そのスタンピードを阻止してからだ」
「そうだ。ちょうど、東はアズマがある。スタンピードを阻止し、そのままアズマに向かい、魔界へ向かうのがいい」
サーシャは少し考え、指を二本立てる。
「二週間後に出発でどうだ。ハイベルク王国で用意をし、アズマに向かう。『クリシュナ遺跡』までは一週間……スタンピード発生の一週間前か。発生直前、魔獣の討伐レートもアベレージSSに近いだろう。だが、それくらいでないと意味がない」
「いいな。それでいい。ガイストさん、スタンピード発生まで一ヶ月ってのは、信用できる情報ですよね?」
「ああ。間違いはない」
「よし……じゃあ決まりだ。魔界に向かう十一人は二週間後、アズマに向かう。そしてスタンピードを止め、そのまま魔界に向かうぞ」
「うむ。仮の決定だが、誰も反対しないだろう。『セイクリッド』とプレセア、ヒジリには私から伝えておく。クレア、エクリプス、エアリアにはお前から伝えてくれ」
「……わかった」
同じ宿なので仕方ないが、正直面倒だった。
話は終わり、ここでミイナがお茶を運んできた。ドアを開けたのはミイナで、お茶を運ぶのは新人受付嬢のサイアだ。
「皆さん、お茶をお持ちしましたー!! ギルマス、難しい話は終わりましたよね?」
「ああ、終わった」
「よし。じゃあサイアちゃん、皆さんにお茶を」
「は、はひ……」
サイアはガチガチに緊張していた。
ガイストにお茶を渡し、サーシャの前にお茶を置く。サーシャはサイアに微笑みかけると、サイアは真っ赤になった。
「ひっ」
だが、ハイセと目が合い怯えてしまう。お茶をこぼしそうになったが何とか置いた。
「ギルマス、ハイセさんも帰って来たし、今夜一杯どうです?」
グラスをクイッと傾ける仕草……十七歳の女の子がやる仕草ではない。
ガイストは苦笑し、ハイセとサーシャに言う。
「そうだな。久しぶりに、ワシが奢ろう。デイモンも呼んで屋台にでも行くか」
「……まあ、そうですね」
「うむ。久しぶりにガポ爺さんの煮込みを私も食べたい」
「やった、ギルマスの奢りっ!! やったねサイアちゃん!!」
「え、わ、私も行くんですか」
この日、久しぶりに飲み会となった。
ハイセはサーシャにエクリプスとの決闘話を聞いたり、酔ったサーシャがハイセの旅のことをしつこく聞いたり、デイモンが茶化してハイセが苦笑いしたり、酔ったミイナがハイセをブンブン揺すったりと、楽しい飲み会になるのだった。





