ハイセの思うこと
ハイセが宿に戻ると、エクリプスが一階のソファに座り、新聞を読んでいた。
そして、ハイセを見て新聞を閉じ、華のような微笑を浮かべる。
「おかえりなさい」
「ああ」
それだけしか言わなかった。
エクリプスはそれでも満足したのか、ハイセに言う。
「ね、少しお話しない? あなたの旅……聞きたいわ」
「特に面白いことはないぞ。五大クランのマスターに会って、話を聞いただけだ。観光とか、遊んだ話ならクレアから聞け」
「そう……こっちはいろいろあったわ。私、サーシャに挑まれたの」
「……何?」
と、エクリプスは立たず、ソファに座ったまま。
仕方なく、ハイセはエクリプスの対面へ。こうして向かい合って座ると、初めて『銀の明星』で会った日のことを少しだけ思い出す。
今は、とても眩しい笑みを浮かべているエクリプス。
「サーシャが、私の強さを知りたいと言ってね……私も運動不足だったから、魔界に行く前に準備運動をしたのよ」
「……戦ったのか」
「ええ。サーシャ本気だった。私は軽い準備運動のつもりだったけど、まさか『禁忌項目』の一枚を使わされるとは思わなかった。サーシャ……彼女は強いわ」
禁忌項目が何なのかハイセは知らないが、エクリプスの切り札の一つなのだろう。
それを使わせただけで、序列二位のエクリプスが、序列四位のサーシャよりも強いことに間違いはない。同時に、ハイセも思う。
「……俺とお前、どのくらい差がある?」
「あなたの方が強いわ。命懸けになれば相打ちに持ち込めるかも……と、昔の私なら思ったでしょうけど、『銀の明星』を破壊した攻撃は、私の魔法じゃ完全に防御できない……あるんでしょう? あれ以上の攻撃が」
「まあな」
「ふふ。七大冒険者の序列は正しいわね」
エクリプスがクスっと微笑む。
そして、やっぱりと思っていると…。
「……少し、身体が鈍ってる」
「え?」
冒険者として、数多くの魔獣を屠ってきたハイセだが……近頃は物足りなさもあった。
クロスファルドと摸擬戦をした時、普段より動きが鈍く感じた。
命を賭けたような、全力の戦いから遠ざかっており、ハイセは強くなっていない。サーシャやヒジリ、エクリプスが強くなるが、ハイセは全く伸びていない。
「……このままじゃ、少しまずいな。エクリプス、カーリープーランの方はどうなってる?」
「魔界行きの準備はできてるそうよ。準備ができたら、東の『アズマ』まで来て欲しいと言ってたわ」
「アズマ? 魔界に最も近い国か……?」
「ええ。転移魔法陣は、そこに張ってあるみたい。どうやら、魔界行きの魔法は、私たちが思っている以上に万能じゃなさそうね」
「仕方ないか。まだ時間に余裕があるなら……俺も、少し追い込む必要がある」
「……何をするの?」
ハイセは拳を見つめ、強く握った。
「俺も、一度全力を出したい。出したことのない力を出して、万全にしたい」
その勢いに、エクリプスは息を飲むのだった。
◇◇◇◇◇◇
その日の夜。ハイセは、新しくなった宿のカフェスペースで夕食を取っていた。
「ん~!! なんだか新鮮な感じですね、師匠」
「まあな」
「なんだか、料理もおいしく感じます」
ハイセ、クレア、リネットのテーブル。本来なら一人ひとつのテーブルなのだが、ハイセと一緒に食べたいとクレア、リネットが自分の机をくっつけて食べていた。
そして、少し離れたところにエクリプス、そしてエアリア。
「なーなーエクリプス、食べたらお風呂入るぞ!!」
「結構よ」
「即答!! あんた、うちのこと嫌いなのかー!!」
「ええ」
「そ、即答……なんだか悲しいぞ」
エアリアは、エクリプスにかまいぞんざいな扱いを受けていた。
カフェは夜営業はしていない。すると、妙にフリフリしたメイド服を着たラプラスが、ワイン片手にやって来た。
「ダークストーカー様。ワインはいかがですか」
「お前、なんだその恰好」
「ふふふ。当店の制服です。神は言いました……『追加料金を支払っても今日中に仕上げてもらう価値はあった』と」
「まだ手伝い頼んで半日も経ってないだろうが。どんだけ無茶させたんだ」
呆れるハイセ。すると同じメイド服を着たシムーンが、お皿を下げておつまみを置いた。
「宿泊者様には、お酒のご提供もしますね。おじいちゃんにいろいろ聞いて、ワインやブランデーを仕入れたんです」
「……お前、その服」
「えへへ。なんだか可愛いですよね。エプロンもあるので、このまま調理もできます」
「そ、そうか……気に入ったならいい」
「ふふふ。ダークストーカー様も大喜び……と。あ、リネットさんの分もあるので」
「えええ!?」
シムーンが嬉しそうだったので、ハイセはもう気にしないことにした。
すると、エクリプスとエアリアがハイセの前へ座る。
「お酒も飲めるなら、一緒に呑みましょう」
「あたいも飲むぞ!! ふふん、ハイセと飲むのは久しぶりなのだ!!」
「あ!! 私も飲みます!! リネット、宿のおじいさんを呼んでください。飲み会です!!」
「はーい」
「おい、勝手に……ああもう、なんでこうも騒がしいんだ」
結局……この日は、帰って早々、帰還祝いということで飲むことになるのだった。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
ハイセは誰より早く朝食を食べに一階へ。するとリネットが、制服を着てテーブルを拭いていた。
「あ、師匠……あ」
と、制服が恥ずかしいのか、きゅっと胸元を押さえる。
ハイセは気にしないように座ると、テーブルにあった新聞を読み始めた。
「もう、手伝いしてるのか?」
「はい。ラプラスさんが朝食後に来るので、それまでは宿泊者さんの朝食手伝いで……ラプラスさんが来たら、イーサンくんと宿のお掃除をします」
「そうか。頑張れよ」
「はい。その……師匠、今日は冒険者のお仕事ですか?」
「いや、メシ食ったらすぐにガイストさんのところに行く。やることがまたできたからな」
魔界に行く前に、一度全力で『能力』を行使する。
リネットは言う。
「あの、私の修行も、見ていただけたら……」
「ああ、帰ったら見る。悪いな、構ってやれなくて」
「いえ。師匠、頑張ってくださいね」
リネットは奥へ。そして、朝食のプレートを運んできた。
ハイセは食事を始め、リネットが運んできた紅茶を味わい、いい気分で宿を出るのだった。





