ハイベルク王国へ
聖十字アドラメルク神国から、ようやくハイベルク王国に戻ってきた。
クロスファルドの用意した寝台馬車から降り、ハイセは御者にチップを渡す。
正門前で馬車から降りると、クレアがグーっと背伸びした。
「いや~、楽しい旅行でした!! ね、リネット」
「は、はい。すごく楽しかったです!! えへへ、お土産もいっぱい」
旅行ではないが、リネットが喜んでいるのでハイセは何も言わない。
すると、ラプラスがハイセの前へ。
「ダークストーカー様、私はここで」
「ああ」
「プレセア様。またいつでもお呼びください、格安でお受けしますので」
「そうね。はい、依頼料」
雇い主はプレセアなので、報酬はプレセアからもらうラプラス。
そして、みんなにぺこっと頭を下げる。
「皆さん、楽しい旅でした。機会があればまた」
「はい!! ラプラスさん、また!!」
「あ、あの……また、いつか」
ラプラスはにこっと微笑み……ハイセの腕にぎゅっとしがみ付いた。
「……なんだよ」
「いえ、ご迷惑をおかけしたのでお詫びです」
「暑苦しいから離れろ」
「あう……この程度じゃダメですか。いずれきちんと借りは返すので」
ラプラスはハイセから離れると、そのまま町中へ消えた。
そして、欠伸をしながらヒジリも前に出る。
「アタシも、宿帰って寝よっと。プレセア、アンタも同じ宿だし、一緒に帰ろ」
「……そうね。今日はもう帰ろうかしら。じゃあ、明日にでもシムーンたちにお土産渡しに行くから、そう伝えておいて」
「じゃあね。クレア、リネット、ハイセ。楽しい旅行だったわ!!」
「じゃあ、また」
ヒジリ、プレセアも自分の宿に帰った。
残ったのは、ハイセ、クレア、リネット。
「……帰るぞ」
「はい!!」
「はい、師匠、姉弟子」
ハイセが歩き出すと、クレアが腕を掴む。リネットは迷ったが、ハイセの一歩後ろを歩き出す。
ハイセは嫌そうに腕を払い、クレアはもう一度腕を取る。リネットはそんな二人を見て困ったようにする。
ようやく、ハイセたちは、ハイベルク王国に戻ってきた。
◇◇◇◇◇◇
宿に戻ると、建物の大きさが変わっていることにクレアが気付いた。
「あれー? なんか、違和感が……」
「俺らが出た後、増築するって言ってただろ。こっちは、シムーンのカフェだ」
「姉弟子、看板あります。カフェ『アトゥム』ですって」
「ほんとだ。営業中……よし、行きましょうリネット!!」
「は、はい」
「……俺は宿の方に行く」
クレア、リネットはカフェへ。
ハイセはいつも通り、宿の入口に入る。すると、主人が相変わらず新聞を読み、ハイセをチラッと見てすぐに視線を新聞へ戻した。
いらっしゃいも、おかえりもない。だが、それがハイセにはありがたい。
カウンターに近づき、主人に聞いた。
「シムーンのカフェ、営業始めたのか」
「……ああ。なかなか好評のようだ」
「……少し、広く感じるな」
宿屋の一階は、受付、トイレ、風呂の入口、そして食事を取っていたスペースにはソファやテーブルが置かれ、休憩スペースになっていた。
これだけでも広く感じる。さらに、カフェであり、宿泊者の食堂でもある空間に続くドアが増設されていた。
「……忙しくないのか?」
「ああ。今はまだ、な……今はシムーン一人でなんとかなってはいるが、いずれはシムーンの補佐も必要かもしれんの」
「補佐か……」
宿屋は、イーサンと主人がメインで掃除やベッドメイクをしている。食事はシムーンの担当だ。
母屋の掃除もあり、古い個所の修繕もあるので忙しい。リネットが働き手として加わり、宿屋と母屋に関しては何とかなりそうだが……宿泊者の食事、カフェ営業を一人でこなすのは重労働だ。
「ワシも食事の手伝いくらいはできるが……カフェ営業はなあ。こんなジジイに、あんな華やかな店での接客が務まるとは思えん」
「わかってるじゃねぇか」
「やかましい。フン、若い娘で、カフェ営業の手伝いができる者を探さねばな」
「…………」
現在、宿屋にはハイセ、クレア、リネット、エクリプス、エアリアの五人が宿泊している。
エクリプスとハイセが二部屋使っていたが開け、六部屋あるうちの五部屋が使用中。
これまでは二人分の食事を用意していたが、今日から五人分……さらに、イーサンや主人の食事も用意しなくてはいけないので、シムーンの負担は多い。
「あんた、母屋の食事とかは……」
「あの子がやると言って聞かんのだ。料理が本当に好きになっての……」
「……早急に、手伝いが必要だな。ちょっと待っててくれ」
と、ハイセはカフェに向かうことなく、再び宿を出た。
それから二十分ほどで再び宿へ。
今度は一人でなく、もう一人いた。
「あの、ダークストーカー様。ワリのいい仕事を紹介するとのことでしたが……」
「賃金は払うから、ここのカフェで働け。俺に借りを返すんだよな?」
「え?」
連れてきたのは、ラプラスだった。
ハイセに「いい仕事がある」と言われ、つい先ほど別れたばかりだが、こうして連れてきた。
ラプラスは首を傾げる。ハイセからカフェの手伝いをして欲しいと聞くと、「ふむ」と頷く。
「質問です。カフェということはメイドですか?」
「どういう意味だ。接客だよ、飲み物とか運んだり……だよな?」
「うむ。簡単なドリンクと、店内販売している菓子の提供だ」
「だとさ。ずっとじゃなくていい、しばらく手伝いしてくれ」
正式な従業員を雇うまでの繋ぎとして、ラプラスに依頼をする。
人を使うことにシムーンが慣れておく必要があるし、カフェ営業の流れもしっかり覚える必要がある……ちなみに、営業を始めてまだ二日目だそうだ。
ラプラスはピッと指を立てた。
「条件があります。私好みの制服を着用する許可を……」
「……いい、のか?」
「制服なぞ用意しとらんぞ」
「ふっふっふ。神は言いました……『メイドかシスター服』と。せっかくなので、私に制服のデザインをさせてください」
「…………シムーンと相談だな」
「…………若いモンのことは任せる」
こうして、やや不安を感じつつも、ラプラスをカフェ手伝いとして雇うことにした。
◇◇◇◇◇◇
さっそく、ラプラスを連れてカフェへ。
「あ、いらっしゃー……ハイセさん!!」
「ただいま、シムーン」
「おかえりなさい。今、お茶の支度しますね。宿泊者用の席へどうぞ!!」
部屋はかなり広い。
宿泊者用の食堂スぺースと、カフェに分かれていた。
カフェスペースにはオシャレな椅子テーブルが並び、お菓子の販売スペースもある。
食堂スぺースは、新しいテーブルや椅子があった。これまで使っていた狭い机や椅子ではない。テーブルクロスなども新しくなっており、快適そのものだ。
「あ、師匠!! それにラプラスさん!!」
「師匠、これおいしいです」
リネット、クレアがケーキと紅茶で一服していた。
そこにラプラスも混ざる。
「ほうほう、これは美味しそう……」
「あれれ、ラプラスさん? どうしたんですか?」
「いえ、ダークストーカー様に呼ばれまして」
「ハイセさん、ラプラスさん、紅茶をお持ちしました」
と、シムーンが紅茶を運んできた。
「忙しいか?」
「はい。少しだけ……でも、大丈夫です」
カフェを見ると、若い女性客が数名、お菓子を食べながらお茶をしていた。
みんな「美味しい」や「こんなカフェあったのね」など話している。仕切りがあり、宿泊者スぺースと別れているので、S級冒険者のハイセがいることには気づかれないようだ。
ハイセは紅茶を啜り、ラプラスを紹介する。
「さっそくだが……シムーン、ラプラスを手伝いに雇わないか?」
「え……?」
「お前は食事担当だろ。俺たち宿泊者や爺さん、イーサンの食事も作ってる。それに合わせてカフェ営業……配膳、片付け、洗い物とかもあるだろ。お前の負担がデカくなる」
「は、はい。でも……いいんですか? ラプラスさん、お仕事があるんじゃ」
「問題ありません。神は『労働こそ仕事』と言いますから」
「神に感謝だな。シム-ン、好きにコキ使え」
「え、えと……」
「ではさっそく。シム-ンさん、制服から決めましょう。ああ、リネットさんは宿屋のお手伝いでしたっけ? でもでも、忙しい時にはこっちのお手伝いもしてもらうので。制服を用意しましょう」
「わ、わたしもですか?」
「なんだか私も手伝いしたくなってきました!!」
ハイセは紅茶を飲み干し立ち上がる。
いつの間にか、女子四人でワイワイ話を始めていた。
「……さて、俺は部屋に戻るか」
今一度、カフェを見渡す。
綺麗なカフェ、客入りも上場……これからどんどん賑わうことだろう。
「……本当に、騒がしくなったもんだ」
そう呟き、ハイセは宿に戻るのだった。





