バーでプレセアと
宿に戻ると、まだクレアたちは戻っていない。
ハイセは「ふう」とため息を吐き、部屋に戻ろうとすると……ヒジリが腕を掴んだ。
「んだよ、腕を掴むな」
「むっふっふ。久しぶりに二人だし、イチャイチャしない?」
「はあ?」
「アンタがアタシを『女』と見るまで攻めるって決めたしね。ねえねえ、部屋行かない? アタシ、さっきのアンタの戦い見て興奮してんのよ。アタシの戦い話すから、アンタもおっさんとの戦いの感想聞かせてよ!!」
「……」
めんどくさい。
そう思ったが……ヒジリは腕を離さない。
癪な話だが、ハイセの力では、ヒジリの掴みから脱出できない。以前は腕の取り回しを工夫すれば簡単に抜け出せたが、どうも最近のヒジリは『硬い』だけじゃない『柔軟性』も身に付け、生半可な動きでは逃れられない。
もし戦いになり『組技』に持ち込まれたら、ハイセでも高確率で敗北する。
唯一の救いは、ヒジリがその気じゃないこと。
もし『女を教える』の意味を文字通り解釈し襲ってきたら、殺すつもりで挑まねば高確率で『やられて』しまうかもしれないことだった。
興奮した今、もしその気になれば……そう考え、ハイセは言う。
「わかった。お前から見たクロスファルドさんの話も聞きたいし、俺もあのディシアとかいう奴とお前の戦いの感想も少し気になる……部屋じゃなくて、メシ食いながらにするか」
「お、いいわね!! じゃあ外行こっ」
腕を掴まれ、胸を押し付けてはいるが……密室で二人きりという危機は免れた。
ヒジリはまだ気付いていない。その気になれば、ハイセに勝てるかもしれないということに。
◇◇◇◇◇◇
夕方になり、ハイセとヒジリは宿へ戻った。
食事しながらの会話が長引いた。ハイセも意外だったが、二人でアレコレ戦術や分析をしながらの会話は、楽しい時間だった。
「あ~楽しかった。ねえハイセ、楽しかった?」
「……まあな」
「んふふ。じゃあ、部屋で続きする? アタシはまあ……そっちでもいいけど」
「…………」
まずい。ハイセは一瞬だけ硬直しかける。
だが、宿屋に入ると。
「あ、師匠!! くんくん……なんかいい匂いしますね。あ、ご飯食べたんですね!? むうう、せっかくいいお店見つけて師匠と行こうと思ってたのにぃ」
クレアがいた。
犬みたいにハイセに近づき、胸元をクンクンする。
「……よし、付き合ってやる」
「へ?」
「リネットは? ラプラスは? プレセアは?」
「お、お部屋でシャワー浴びてますけど」
「じゃあ、みんなで行くぞ。俺が奢ってやる」
「えと……は、はい。なんか妙に優しいですね。ニセモノですか?」
「うるせ。さっさと呼んでこい」
「は、はいー」
クレアは部屋に行ってしまった。
ヒジリはムスッとしてハイセの腕を掴む。
「むー、二人の時間終わりかあ」
「……ってわけで、メシに行く。お前はどうする?」
「アタシも行くし!! まだまだ食べれるもん!!」
助かった──と、ハイセは安堵。
本気でクレアに感謝した……本人には絶対言うことはないだろうが。
◇◇◇◇◇◇
深夜。
ハイセは、プレセアと二人でバーに来ていた。
カウンター席だけの小さなバーで、マスターの背後には大きな水槽があり、魔法の光で青く輝いている。室内照明は薄暗い設定だが、この水槽の青光で明るさを保っていた。
よく見ると、壁には魚や海洋生物の絵が飾られている。もしかしたら海をイメージしているのかもしれない。
プレセアは、ハイセの隣で言う。
「どうだった?」
「……まあ、ボチボチだ」
「じゃあ、旅行はおしまい?」
「旅行じゃないけどな。とりあえず、用事はもう全部済んだ。ハイベルク王国に戻って、禁忌六迷宮『ネクロファンタジア・マウンテン』に向かう準備をする……ところで」
ハイセは考えた。
魔界に行けるのは十一人。ハイセ、クレア以外の人選はサーシャに任せている。
サーシャ、レイノルド、タイクーン、ピアソラ、ロビンの五人は確定。残りは四人。
恐らく、外部からの助っ人。
「サーシャにくっつけた精霊から得た情報。ハイベルク王国に戻ったら、私とヒジリに魔界への同行依頼が来るわ。魔界へ行くのは、『セイクリッド』の五人、あなた、クレア、エクリプス、エアリアね。そして私とヒジリで十一人。私は断らないし、ヒジリも喜んで同行しそう」
「やっぱりか……というか、お前の精霊、本当に便利だな」
「そうね。でも、普段は盗聴なんてしてないから安心して」
「……魔界行き、本当に大丈夫なのか? 正直、どんな危険があるかわからない」
「別にいいわ。それに、魔界には『闇』の精霊がいる。地水火風光雷の精霊はもうお友達だけど、新しいお友達も増やしたいしね」
そう言い、プレセアはアクアブルーのカクテルを飲む。
ハイセもウイスキーを飲み、おつまみの焼き魚を食べた。
「それにしても……エアリア、あいつ戻ってきたのか」
「いいタイミングだったみたい。サーシャとエクリプスにちょっかい出して怒られて、二人のこと警戒してるみたいよ。ふふ、猫みたい」
「なんだそれ。ってかあの二人にちょっかいとか、命知らずだな……」
自然と、会話が弾んでいた。
ついつい、プレセアはお酒を飲んでしまい、頬に赤みが指していく。
「シムーンに、お土産いっぱい買ったわ。イーサンにも買ったけど……あの子、思春期なのか私やエクリプスの前だと照れちゃうのよね。ヒジリのことは師匠として見てるから問題ないけど」
「そういうモン、なのか?」
「あなたは、私を女として見てる?」
「……当たり前だ。お前は女だろ? 男に見えるわけない」
「そういう意味じゃないけどね……ふふ」
やりづらい。
ヒジリとは別の意味で、プレセアは『女』を魅せてくる。
色香に惑わされることはないが、やはり話はしにくい。すると、プレセアは言う。
「一応、宿屋のおじいさんにエルフ族秘伝の栄養剤をたくさん用意しておくわ。ふふ、健康が何よりも大事だものね……それに、シムーンたちも喜ぶ」
「シムーンが嫁に、イーサンが妻を娶るまでは死なないってよ。二人の子供を抱っこしたいとさ」
「……きっと叶うわ。というか、あなたの周りにいろんな人いるけど、あのおじいさんとの付き合いが一番長いのかしら?」
「まあな。サーシャやガイストさん以外では、一番かもな」
宿屋の主人。名前はホーエンハイム。毎日カウンター席で新聞を読んでいる。
毎日ではないが、手料理も食べていた。今はシムーンが作る朝食がメインだが。
不思議なことに、知っていることはほとんどない。
「父親みたいなもの?」
「それはない。あの爺さんとは、どこまで行っても『他人』だよ」
「……悲しいこと言うのね」
「お前にはわからないよ。そういう距離感が心地いいし、崩したくないってことだ。向こうも同じ……俺のことは『客』としか見てないし、それはずっと変わらない」
一度だけ、スタンピード戦で感情を吐露したこともあった。
でも、それだけ。今はもう、楽しい思い出しかないだろう。
父でもない、祖父でもない……身内でもない。
客と主人。その関係性はきっと、死んでも変わらない。
「まあ、あの宿は最近騒がしいって俺のせいみたいにボヤいてたけどな。シムーンが喜んでるし、イーサンもボロ宿の修繕を楽しそうにやってるから、何とも言えない気分とは言ってたけどな」
「……ふふ。なんだかあなたも嬉しそう」
「……さぁな」
こうして、二人の夜は過ぎ、旅も終わりを迎えるのだった。





