ノブナガを知る旅⑰/同じ能力
クロスファルドは、おかわりのお茶を飲み干すと、腕組をして語り出した。
「ワシとノブナガの出会いは……『最悪』の一言だった」
「さ、最悪?」
「ああ。聞いているとは思うが、大昔……ハイベルク王国がまだ小国で、ユグドラやフリズドが大国で争いが絶えなかった頃、ワシはこの国で最強の竜騎士だったのだ」
「……竜騎士。アドラメルク神国で」
「あまり知られていないが、この聖十字アドラメルク神国は昔、ワシのような竜人の国だった。竜王国ウロボロスという」
「……し、知りませんでした。そんな国が?」
驚くハイセ。タイクーンほどではないが、歴史書や文献を数多く読んでいるが、竜王国という名前は初めて聞いた。
「まあ、ワシのように純粋な竜人はもう千人も存在していない。血は薄まり、人間と区別のつかない竜人も数多くいる。ワシはこの世で最も濃い竜の血を受け継ぐ、最後の竜人だ」
「…………」
「竜王国の戦士として、人間を配下として、ワシは世界統一のために戦った……若気の至りだな。戦いが終われば平和になると、『ソードマスター』として剣を振った。ワシは純粋な竜人だが、ほんの少しだけ人間の血も混ざっていたのか、『能力』が発現してな。おかげで、竜の力と無双の剣技で敵はいなかった……ノブナガが現れるまでな」
「……!」
クロスファルドは一呼吸置く。思い出すというより、懐かしがっているようだった。
「奴は強かった。アドラメルクの、ワシが鍛えた精鋭を相手に、たった四人で乗り込んで来てな。アイビス、メリーアベル、バルガンが大暴れし、ワシはノブナガと一騎打ち」
「……それで」
「負けた。全力だった。だが、奴の『武器』は、完全竜人態となったワシの外殻を容易く貫通した。鍛え抜いた精鋭もあの三人の前では無力だった……アドラメルクは、たった四人の『冒険者』に敗北したと言っていい……そんな『恥』である記録は残せないから、歴史には刻まれていないがな」
「…………」
クロスファルドは、どこか誇らしげだった。まるで、アドラメルクを倒す戦いに自分も加われていたらという願望と、負けて清々したという気持ちが混ざっているかのように。
「あいつは大馬鹿で、無茶苦茶だった。たった四人で玉座に乗り込み、『喧嘩は終わり、仲良くしようぜ!!』など、ガキのような……まあ、ガキだったが。そんなことを笑顔で言うのだ。それからだ、大国が徐々に戦力を縮小し、ハイベルク王国に戻ったノブナガを慕い、数多くの種族がハイベルクに流れ込み、文化を発展させ、世界最大の大国に成長したのは」
「え……じゃあ、ハイベルク王国が大国になったのは、ノブナガのおかげ?」
「ああ。それから、当時はまだ少なかった『冒険者』にワシらを誘い、『ヒノマルヤマト』を結成し、数多く存在したダンジョンを巡り……」
クロスファルドは懐かしみ、静かに目を閉じた。
ハイセは何も言わない。言うべきではないと口をつぐむ。
「あいつは、太陽のような男だった。たまに大喧嘩もしたが、面白いがって馬鹿にしたように笑った。ダンジョンの罠にはまって脱出が困難になった時も大笑いしていたし、酒場を飲み歩いて酔っ払って道端で寝ることも多かったし、女遊びがやめられず毎晩いろんな女を抱いては散財していた」
「……うわぁ」
「だが、誰も不幸にならなかった。あいつに抱かれた女は幸せな顔をしていたし、ハイベルクの飲み屋ではノブナガが現れるたびに宴会となった。あいつに憧れて冒険者を目指す者も数多くいた……ふむ」
と、クロスファルドはハイセを見て頷いた。
「ハイセ。ノブナガは……お前と正反対の人間だな」
「……今の話を聞いて、なんかソリ合わなそうだとは思いましたよ」
ハイセの正反対。
不思議なことに、その言葉はストンと落ちた。絶対にハイセがやらないことばかりやっている。
クロスファルドはクックと笑う。
「もしあいつが今いたら、きっとお前に絡んでは喧嘩することになるだろうな」
「ウザ絡みしてきたらブン殴るかもしれませんね……」
「ははは。そうなったら「お、やるか?」と言って殴り返してくるだろうな。で、最後には肩を組んで飲み屋に行くだろう」
「……それ、経験談ですか?」
「……」
クロスファルドはそっぽ向いた。図星らしい。
「こほん。あいつが魔界に行って、子孫を作っていたことは詳しく知らなかったな……メリーアベルやアイビスはノブナガの子供を欲しがっていたが、結局できなかったそうだ」
「…………」
「晩年のノブナガと一度だけ会った。ジジイのくせに、何も変わっていなかった。一言……『いつか魔界に来い』と言っていた。行く手段はないがな」
「魔界……」
ハイセは自動拳銃を抜き眺める。
「バルガンさんは警戒しろと。そして、この『銃』は交渉材料になるかもしれないと言ってました」
「ふむ……それもある。だが気を付けろ、その力は魔族にとって脅威とも希望ともなる力だ」
「……はい。でも、俺が思うにたぶん、再現は無理だと思います」
この世界には『火薬』がない。
銃の構造も複雑だ。量産は厳しく、さらに弾丸を造る技術も必要だ。
ノブナガが、銃に関して魔族にどこまで残したかは不明だが、デルマドロームの大迷宮で会った魔族の話を聞く限り、まだ再現もできないと考えている。
「……アイビスさん、バルガンさん、メリーアベルさん、クロスファルドさん。皆さんの話を聞いて、ノブナガって男がどういう奴かわかりました」
「ほう」
「正直、俺は苦手なタイプですね。まあ、最初からそんな気がしてましたけど」
「ははは、ワシもそう思う」
騒がしく、女好きで、冒険好きで、誰よりも強い。
笑顔が絶えず、誰とでも仲良くなれて、国を変えるカリスマもある。
ハイセと正反対。強さだけが共通している。
「ありがとうございました。魔界に行って、ノブナガの子孫かもしれないヒデヨシに会えたら……いろいろ、話ができたらしてみたいです」
「ふ……そうだな。ハイセ」
クロスファルドは、真面目な表情で言う。
「ノブナガと正反対と言ったが……ワシはお前にも感じる。強さだけじゃない、何かを変える『力』を、ノブナガと同じものをお前から感じるぞ」
「……はい」
話は終わった。
ハイセ、クロスファルドは立ち上がると、アヤメが襖を開ける。
二人で外に出ると……ボロボロのヒジリが駆け寄って来た。
「勝った!! ハイセ、アタシ勝ったぁ!!」
「うわっ!? おま、ボロボロじゃねーか、血が付くだろ、離れろ!!」
「あのね、サタヒコの剣、前は全然見えなかったけど、今はちゃんと見えたの!! ふふふ、なんかアタシめっちゃ強くなってる!!」
クロスファルドは驚いていた。
「ふむ、これが冒険者の成長か。ふふ、うちのクランもいい刺激になったかもしれんな」
「クロスファルドさん……負けたの、あなたのところの冒険者ですけど」
「ははは。サタヒコも最近、腕が鈍っていたようだしな。この敗北はいい刺激になる」
「はあ……」
「嬉しい~!! リベンジ大成功っ!!」
しがみつき、胸を押し付け、ハイセの胸に甘えるヒジリ。じゃじゃ馬なネコがくっついて離れないような感じで、ハイセとしても落ち着かない。
すると、クロスファルドが言う。
「さて、話の前に言ったな。頼みがあると」
「あ、はい」
「では……最近、ワシも少し鈍ってな。ノブナガの話をして、昔を思い出して少し滾っている。久しぶりに、ワシも身体を動かしたい、付き合ってくれ」
「……え、お、俺と?」
「え!! おっさんハイセと戦んの? アタシもやりたい!!」
「お前は黙ってろ。ってか離れろって」
「むがが」
ヒジリの口を押え、ようやく引き剥がす。
クロスファルドは、アイテムボックスから白銀の鞘に納められた剣を取り出した。
「ワシの牙から鍛えた『翠竜』……久しぶりに、使わせてもらおう」
「その剣……『刀』ってやつですね」
「ああ。魔界ではどんな敵が出てくるかわからん。お前も、ワシで気を引き締めていけ」
「……わかりました」
久しぶりに、ハイセも本気で『運動』をすることにした。





