番外編 サーシャVSエクリプス②/聖典、魔典
ガイストは、向かい合うサーシャとエクリプスに説明をする。
「決闘のルール確認をする。お前たちのどちらかが敗北を認めるか、我々立会人のうち二名が戦闘不能と判断した場合、そして我々が止める前にどちらかが死亡した場合、残った方が勝者となる。それと、決闘の邪魔は我々が絶対にさせん……安心して、全力を出せ」
ヒジリの時と同じ。
違うのは、ハイセではなくレイノルドがいること。
サーシャ、エクリプスは無言で頷き距離を取る。
「では……準備はいいな?」
「「…………」」
サーシャは剣を抜いて構え、エクリプスは二冊の本を取り出す。
本を手から離すと、黒い本、白い本はエクリプスの周囲に浮かび、旋回した。
「それでは……始めっ!!」
戦いが始まった。
サーシャは闘気を発現させ、対人用に特化した剣の構えを取る。
普段のサーシャなら特攻しただろう。だが、相手はS級冒険者序列二位。どんな罠を張っているかわからない以上、サーシャは慎重だった。
すると、エクリプスは両手を合わせ、指を絡め合わせる。まるで印を結ぶような動きに、サーシャは警戒をする。
「『聖典』、『魔典』」
白い本が開き、全てのページが爆ぜるように飛んだ。そして、黒い本も同じくページが爆ぜる。
本のページは数百枚、ヘタをしたら千を超える。白い本からは白いページ、黒い本からは黒いページが舞い、白黒のページが混ざりあうように周囲を包んだ。
「なっ……」
驚愕するサーシャ。
ページは全て、淡く輝いていた。
気付いたのはタイクーン。
「……なんという、恐ろしい魔力」
タイクーンは『賢者』であり、エクリプスの『マジックマスター』の下位能力。基本的には同じ系統の能力なので、誰よりも最初に気付く。
ロビン、ピアソラがタイクーンを見た。質問が来る前にタイクーンは答える。
「あのページ、一枚一枚に込められた恐るべき魔力。恐らく……一枚にボクの全魔力を数回分込めるくらいの魔力で満たされている。あの本……エクリプスの『武器』で、長い年月をかけて作った物で間違いない」
タイクーンは眼鏡を上げるが、その手は少し震えていた。
ピアソラも、能力で魔力を使う故に、タイクーンより遅れて気付く。
「……嫌な女としか思っていませんでしたけれど、とんでもない怪物でしたわ」
「うー、あたし魔法わかんないから意味不明。魔力多いってことはどういうこと?」
「見ればわかるさ」
エクリプスは、白いページの一枚を掴み、サーシャに言う。
「サーシャ。私に勝てたら、序列二位の称号をあげる」
「それは嬉しいな」
「でも、この『聖典魔卿』エクリプス・ゾロアスターの力を侮ると……ふふっ」
「ッ!!」
ページをサーシャに向けると、サーシャの頭上に真紅の魔法陣が展開された。
「『真紅石の輝き』」
魔法陣から、燃えるルビーが雨のように降り注ぐ。
サーシャは横っ飛びで回避。今立っていた地面にルビーが隕石のように落ち、一気に燃え上がった。
そして、エクリプスは数枚のページを手に持ち言う。
「『暗闇の女神』」
「えっ!?」
サーシャの四方に、黒い巨大球体が現れ押しつぶそうとする。
サーシャは闘気を剣に乗せ一閃。球体が消滅するが、すでに『電撃を帯びた岩の拳』が真正面から迫っていた。
「『雷神が放つ怒りの拳』」
「舐めるなぁ!!」
サーシャは闘気を全開。純白の闘気を剣に乗せ一閃。
「白帝剣、『白帝神話聖剣』!!」
「『災厄の豪雨』」
電撃を帯びた岩を叩き斬った瞬間、岩石の豪雨が降り注いだ。
「くっ……!?」
回避は不可能。
サーシャは闘気を全開にし、マントで身体を覆う。
『虹色奇跡石』のマントは防御に優れるが、落下する岩石の衝撃までは完全に殺せない。
サーシャはマントで防御しつつ、距離を稼ぐ。
すると、エクリプスは黒いページを手に言う。
「『川に潜む悪霊』」
すると、黒いページから半透明の『怪魚』が何匹も現れ、サーシャに襲い掛かる。
サーシャは剣を振るい両断。こうしている間にも、エクリプスは魔法を行使。
能力、マジックマスター。炎や氷を生み出すのではない、エクリプスが考え、生み出した数多の魔法が、ノータイムで放たれる。
サーシャは剣を振るいながら、歯噛みした。
「近づくことも、できない……ッ!!」
◇◇◇◇◇◇
タイクーンは本気で感心していた。
「素晴らしい。あのページ一枚一枚に、エクリプスが考え、生み出した魔法が込められているようだ。白いページは『魔法』が、黒いページには『魔法生物』が込められている。どうやら、ページを手に魔法名を唱えるだけで発動できるようだ」
タイクーンは眼鏡をクイッと上げる。すると、ロビンが肘打ちしてきた。
「冷静に言わないでよ!! どうすんの? サーシャ、近づくこともできないじゃん!!」
「うむ……炎や氷、雷を生み出すだけの魔法なら、サーシャの白い闘気で相殺できるだろう。だが、全てのオリジナル魔法には複雑な術式が込められている。岩石を硬化させ、さらに電撃を纏わせ、魔法操作により複雑な軌道を描きながら敵に命中させる……といった感じか。少なくとも、あれだけの魔法、ボクは一度使うだけで相当な魔力を持っていかれる」
「だから!! 冷静に言ってる場合じゃありませんわ!! 何か手は!?」
ロビン、ピアソラに睨まれタイクーンは一歩下がる。
再び眼鏡を上げ、分析した。
「……そうだな。全ての攻撃は大規模かつ攻撃力が高い。なら、接近しサーシャの土俵に持ち込むことができれば」
「サーシャ!! 接近して接近!!」
「接近戦!! ブッた斬っておやりなさい!!」
タイクーンを押しのけ、ロビンとピアソラは叫ぶのだった。
◇◇◇◇◇◇
ガイストも、同じく感心していた。
「魔法……これだけの使い手、ワシは知らんな」
「ガイストさんもっすか?」
レイノルドが腕組みし、冷や汗を流しながら言う。
間違いなく……あれだけの攻撃、レイノルドは防ぐことは不可能。防御に特化した『シールドマスター』でも、耐えきることはできない。
S級冒険者序列二位。その肩書に嘘はない。
「とんでもない女だ。序列二位? あんなの、ハイセでも勝てねえんじゃ……」
「ふむ……あのページには魔力が込められているようだ。サーシャの斬撃でも……」
ガイストがそう言うと、サーシャも同じことを考えたのか、ページを両断する。
だが、エクリプスの膨大な魔力が込められたページを斬ることはできなかった。それほどまでに濃密な魔力が込められている。
「ページを斬ることは無理か。だが……一度使ったページの魔力は消えている。全ての魔法を使わせることができれば、勝機はある」
「……それ、マジで言ってます?」
宙に浮かぶページは、ざっと千枚。
まだ、三十も魔法を使っていない。だが、闘気を全開にして戦うサーシャは、かなり疲弊していた。
レイノルドは、軽く舌打ちする。
「サーシャ……勝て」
レイノルドの願いは届くのか。決闘はまだ始まったばかりであった。





