番外編 サーシャVSエクリプス①/銀と明星
サーシャは、クラン『セイクリッド』の自室にある部屋で、装備を整えていた。
銀の鎧、羽根付きのサークレット、ガントレットにグリーブ。鎧には刃を仕込んだマントも付けられており、これまでとは全く違う装備となっていた。
「……よし」
「サーシャ、そろそろ出発~……って、おお!!」
「まあ!!」
部屋に入って来たロビン、ピアソラは目を輝かせる。
サーシャの新装備。魔界でどのような脅威にも対処できるように、装備を根本から見直し、セイクリッド専属の鍛冶師に依頼して作らせた、新しい鎧である。
ロビンは言う。
「カッコいいねぇ~!! 魔界行きの装備!!」
「ああ。これまでの装備とは違う……全力のさらに上を出せそうだ」
サーシャは剣に触れず『闘気』を発動させる。
「これまでは、剣に触れた状態でなければ全力の闘気は発動できなかった。つまり……剣が手から離れると、私は途端に無力になる」
クレアのように双剣ならば、片方の剣がなくても闘気を維持できる。さらに片方の剣に闘気を込めたまま手から離し、遠隔操作などもできる。これまでも小さなナイフを携えることで、剣を引き寄せたりはしていた。
だが、サーシャはクレアほど器用ではない。仮に剣を二本持っても、正確な闘気のコントロールは不可能だろう。
闘気の細かい操作に関してはクレアのが上。だが、総合的な闘気量、爆発力ではサーシャが遥か上をいく。
「この鎧には刃が仕込まれている。直接攻撃に使う刃ではない、私が常時、闘気を放出するための刃。そしてガントレットにも刃が仕込まれているから、剣がなくても常に強化可能。そしてマント……これは『虹色奇跡石』を溶かし、漬け込んだ繊維で編まれた特殊なマントだ。闘気を発動させれば自在に動かすことができるし、身体を覆えば盾にもなる」
サーシャは、オモチャを与えられた子供のようにウキウキ説明している。
ロビンもウンウン頷いた。
「あたしもピアソラも、タイクーンもレイノルドも新装備ゲットしたもんね。魔界行きの準備は万端っ……って、どしたのピアソラ」
「……サーシャが素敵すぎて」
ピアソラは鼻を押さえていたが、ぼたぼたと鼻血が零れ落ちていた。
ロビンが慌てて手拭いで顔を押さえ、ゴシゴシ磨く。そのせいでピアソラの顔は真っ赤になってしまい……サーシャが思わず吹き出すのだった。
◇◇◇◇◇◇
一方、エクリプスは。
ハイセの宿にて。ハイベルク王国での拠点として使っている宿の自室。
魔法により空間を拡張させ、豪華な調度品が数多く並んでいる。
現在、エクリプスは全裸で、鏡の前にいた。
「…………」
これから、サーシャと全力で戦う。
エクリプスはS級冒険者序列二位。
その実力は未知数……と、言われている。だが、はっきり言ってハイセ以外に負けるつもりはない。
「…………十八歳。女としてはまだ未熟ね。ハイセに愛してもらうには、まだまだ磨きをかけないと」
ちなみに、毎朝こうして裸になり鏡でスタイルをチェックしている。この時間はただの日課だった。
エクリプスは確認を終えると、着替え始める。
「サーシャ。S級冒険者序列四位。純粋な戦闘力ではおサルさんと同じ。でも……命を賭けた勝負となれば、おサルさんのが上ね」
おサルさんとはヒジリのことだ。
ヒジリは、戦うことを生き甲斐にしている。命を賭けた全力勝負を挑むことになれば、サーシャは恐らく負ける……なぜなら、サーシャにヒジリの命を奪う覚悟がない。自らの生きることに執着し、勝負で奪ったヒジリの命を受け止めるだけの覚悟はない。
逆に、ヒジリはサーシャを殺す覚悟はあるだろう。純粋な闘争では、ヒジリのが上……順位の上下はそこに出ているとエクリプスは思っていた。
だが、今のヒジリはわからない。女に目覚め、恋をした今のヒジリが、かつてのように闘争心剥き出しで戦いを挑むことなど、あるかどうか。
「まあ、どうでもいいわ」
エクリプスは、戦闘用の衣装に着替える。
エクリプスは『マジックマスター』……使う武器は魔法。剣や槍などは持たない。
衣装は、胸元を強調した儀礼服で、スカートにブーツ。そしてとんがり帽子。魔法を込めたマントを羽織ると、完全な『魔女』スタイルだ。
ここに杖でも持てば魔女なのだが。
「……久しぶりに派手な戦いになりそう。魔界でどんな敵が出るかわからないし……私も、久しぶりに全力を出しておこうかしら、ね」
エクリプスは、アイテムボックスから二冊の本を取り出した。
白い本、そして黒い本。豪華な装飾が施され、エクリプスしか読むことのできない魔法文字が刻まれた、エクリプスの『武器』である。
「ふふ。サーシャ……安心してね、殺しはしないから」
◇◇◇◇◇◇
ハイベルク王国郊外にある平原。
かつて、ヒジリとサーシャが戦った場所に、二台の馬車がやってきた。
一台目からサーシャ、二台目からエクリプスが降りて来る。
二人が向かい合うと、その間にガイストが割って立った。
「ではこれより、決闘を始める。立会い人はワシ、レイノルド、アポロンの三名……やれやれ、七大冒険者同士の決闘など本来は認めることはないが……今回は特例だ」
「ありがとうございます、ガイストさん」
「感謝するわ」
すると、S級冒険者にして『聖王』の能力を持つ教会の枢機卿、アポロンが割り込む。
「ンフフ。二人ともいい顔してるわねぇ~♪ 女の子同士もイイ!! 怪我してもキレーに治してあげるから、暴れていらっしゃいネ♪」
「そーいうこった。へへ、S級冒険者として決闘の立会い人とは、光栄なこった」
レイノルドがおどける。
かなり離れた場所には、チーム『セイクリッド』の面々、エアリア、ウル、なぜか現れたS級冒険者序列六位のシグムントがいた。
「わっはっは!! 凄まじい闘気を感じて来てみれば、なんとも面白そうな場に巡り合えた!!」
「うんうん、あたいもワクワクするぞ!!」
「……やれやれ」
シグムントは笑い、エアリアも隣で笑い、ウルが帽子を押さえ苦笑する。するとロビンがウルの背中をバシッと叩いた。
「お兄ちゃん、あたしの依頼、ちゃんとやってよね!!」
「へいへい。派手な戦いに刺激されて近づいて来る魔獣を始末する……だろ。可愛い妹の頼み、ちゃんと聞くから安心しな」
「うん。報酬に、今度デートしてあげるね」
「そりゃ光栄。ははは」
こうして、S級冒険者序列二位『聖典魔卿』エクリプス・ゾロアスターと、S級冒険者序列四位『銀の戦乙女』サーシャの決闘が始まろうとしていた。





